人類の命運がかかった絶対告白高校の実情

雨ノ日玖作

第1話 絶対告白制度




「気持ちはうれしいけど、付き合えないわ。ごめんなさい」


 男子が肩を落として去っていく。

 列が僅かに縮まり黒髪の中肉中背。取り立てて特徴のない少年、砂野砂金さのさきんは前に一歩詰めた。


 砂金は先ほどから長蛇の列にその身を並べている。


 並びの先頭には折り畳み式のテーブルが設置され、少女が佇んでいる。

 何も握手会に来ているわけではない。


 国立霊仙学園の伝統である『絶対告白会』の最中なのだ。


 体育館の前方には幾人もの少女が座り、その子に恋心を抱く男子達が列を作って順番に告白していく。


 当然、全校女子を一度に並べることは出来ないのでクラス単位で女子を切り替える。


 関係のない生徒たちは体育館の隅に体育座りで待機。


 今は二年G組の女子に告白するターンだった。


 そして二年G組にはこの学園を代表するような美少女が存在する。


小豆川あずかわアイさん! 俺と付き合ってください!」

「ごめんねー。私、今好きな人いないからー」


 列が縮まる。


 小豆川あずかわアイ。

 クリーム色の不思議な髪色と、くりくりとした目が特徴的な美少女だ。

 短髪でスラリとした手足。茶目っ気たっぷりの瞳。

 活発な印象を与えるアイは案の定元気旺盛で、多くの男を虜にしていた。


「フフフ、砂野会長また並んでいる」

「これで何回目だっけ、振られるの?」

「二十? 二十一だっけ?」


 二年G組の女子に用のない外野の生徒達から囁きが聞こえ来る。

 そう、当然アイの列に並んでいる以上、砂金が恋心を抱いている相手も小豆川アイその人である。


 振られることすでに二十数余回。


 砂金はこう呼ばれるようになっていた。


「そろそろだぞ失恋会長の出番……!」

「生徒会長頑張ってーーッ!」


 何を隠そう砂金は生徒会長の役職を得ている。


 ただそれだけで――それ以外にもいくつかの要因があるのだが――砂金の告白はこの『絶対

告白会』の名物になっていた。


「……ッ!」


 遂に砂金の前から男子が消える。


 砂金が告白する番になった。


「お、来たね」


 目の前には憧れて止まない小豆川アイがいた。


 クリーム色の髪は体育館に差し込む陽光で淡く輝き、きめ細かい肌もまた淡く光を跳ね返していた。


 大きな瞳は今日も童心を忘れないと主張するかのようにキラキラ輝いていた。


 正直、お互い既に顔見知りも良い所だ。


 知った顔の登場にアイはパッと顔を綻ばせた。


 あぁ、なんて可愛いんだ。


 その表情はまるで夏の向日葵のように明るくて、見ている者の心を温かくする。


「さぁ、聞かせて?砂野君の私への気持ちを?」


 アイは手を組んでその上に顎を置き、砂金を上目遣い。

 慈愛を讃えて緩く微笑む姿はまるで聖母か天使のようだ。


「はぁ……」


 しかし、この天使は同時に悪魔に成り得る。

 砂金は観念したように溜息をつきながら言った。


「好きです。付き合ってください」


 顔を羞恥に赤く染め視線を床に投げかけ、今日も砂金は回答を待った。

 そんな砂金にアイは顔を綻ばせる。

 そしてしばらくしたのち、ゆっくりと唇が動いた。


「ごめん無理☆」


 会場が沸いた。


◆◆◆


 二〇五〇年。


 太平洋上に突如、巨大な生物が発生した。


 全長三〇〇メートル。


 暴風が吹き荒れる波面に立つ、光の巨人。


 視界を遮る暴風雨の中、強烈な光を発する巨人は、しばらくするとその巨大な一歩を踏み出

した。


 瞬間、高層ビルに匹敵する高波が幾つもの船を藻屑に変える。

 生まれる衝撃波のような暴風で、何百という戦闘機が墜落する。

 如何なる爆撃も通用せず、核攻撃すら無効。


 巨人はその緩慢な動きで、世界中に破壊をもたらした。


 ペンタゴン破壊。クレムリン炎上。北京消失。

 

 東京は三分の一が焼け野原になった。


 人類の文明の発展をあざ笑うかのように破壊をばら撒く巨人は、いつしか『神人』などと呼ばれるようになった。


 しかしその『神人』の歩みも止まった。


 科学の力も効かないのなら『霊的な力』でと大胆な手法で人類は戦法を切り替えたのだ。


 舞台となったのは日本のド田舎。


 霊能力者・修験者の聖地とされ、『神ノ山』と呼ばれていた霊山。


 そこで霊的な力を行使した大激闘が始まった。


 当時は世界的に見ても霊などのオカルトの存在は欠片も信じられていなかった。


 だがオカルトは確実に存在し、『神人』に『効いた』。


 最終的に霊能力者の男女が肉体を融合させ『神人』と同格の霊的な超生物に至る『合一』と呼ばれる霊術の奥義で『神人』を撃破。


 こうして世界は『神人災害』を終結させるに至り、それが国立霊仙学園の『絶対告白制度』を生み出すに繋がる。


「お帰り~砂金?」

「イタタタッタ!痛いよ何すんだよトウカ?」


 無事アイに振られて体育館の隅に座り込むといきなりトウカに腕の肉を抓られた。


ひいらぎトウカ』


 亜麻色の髪を持つ青い瞳をした西洋の血が混じる少女で、先ほどまでアイと同じ百人級の告

白列を形成させていた、小豆川アイと双璧を成す国立霊仙学園が誇る美少女だ。


 幼少期から整った顔立ちをしていて何度もTVで取り上げられておりその美貌は学園のみな

らず全国的に周知されている。そのレベルの美少女だ。


 超のつく美少女が砂金の横で眉を吊り上げていた。

 

 つつがなく絶対告白会は進行中。


 そろそろH組に切り替えの時期になっていた。


 そんな中、砂金の押し殺した悲鳴が響く。


 トウカはなぜか砂金がアイに告白したことに怒っているようだった。


 友人だ。隠すこともない。砂金は思ったことを口にした。


「なんで怒っているんだ?」

「ば、バカ! 怒っていないわよ! なななななんで私がアンタがアイに告白したことに腹を

立てなきゃならないのよ!?」

「いや、まあそうなんだけどな……」

 

 確かに、それはその通りなのだ。


 だからこそ、謎、なのだ。


 亜麻色の長い髪を振り乱し、顔を真っ赤にして戸惑う姿は、まるで砂金のことが好きなのが

バレかけて取り繕っているようにしか見えないのだが、のだ。


 なぜならこの『絶対告白会』、女子が告白されるターンが終わったら男子が告白されるターン

に入る。


 悲しいことに砂金の前に誰かが並んだことはない!


 一度もである!


 生徒会長をやれば多少なりとも好く女子がいるのではないかと、だが自分にはアイがいるから付き合えないな~、などと一時はどこか誇らしげに前髪をバサッと掻き揚げ悩んだわけだが、完全に取り越し苦労だったわけだ。


『絶対告白会』では嘘はつけない。


 恋心を抱いた人は漏れなく告白しないと最悪死ぬ。←マジで


 つまりトウカが砂金のことを好いている訳などない。


「だからこそ謎なんだが……」


 砂金は眉を八の字にし、赤くなった肌を擦る。


「あーこれはアレよ! アレアレ、毎度のことだけど私の『つがい』が笑いものになってなっさけないわねって事よ! 思わずアンタにも周りにも怒っちゃうアレよ!」


 目を瞑り指を立て顔の赤いトウカがウンウンと頷く。


「この私のつがいなのよ!?もっとシャンとして貰わないと困るわ!」


『つがい』


 この学園は男女でペアを組んで異能戦闘を行うことが往々にしてある。


 それらペアとなる男女をそのまま『ペア』と呼んだり『パートナー』『カップル』『つがい』などと呼んだりするのだ。

 

 砂金は多くの男に羨まれつつも、このトウカのつがいを仰せつかっていた。


 確かに砂金もトウカが不当に笑われれば嫌な気持ちになる。


 トウカはつまり砂金のことを大事に思っているから、怒ってくれているというわけだ。


「あぁ、そういう事だったのか。スマン気づかなかった」

「そういうことよ全く。人の気持ちをよく考えなさい?」


 頬を剥れさせるトウカは砂金に視線をくれることなく「フンッ」と鼻を鳴らしていた


 今だ不満が収まらないようだ。


 砂金がトウカを宥めようと口を開けかけたが、それはかなわなかった。


「はぁ~トウカお疲れ~。砂野君もお疲れ~」

「うおっ……!」


 クリーム色の髪をした少女。

 小豆川アイが二人の横に腰を下ろしたのだ。


 そう、幸か不幸か分からないのだがアイとトウカは仲が良い。


 両者とも百人近い異性に告白されるため馬が合うようなのだ。


 たった今振られたばかりの少女が現れ砂金は身を固くする。


 アイは緊張する砂金を構うことなく大きく伸びをしていた。


「毎度のことだけどダース単位で告白受けるしんどいわねー」

「それ、たった今自分が振った男の前で言う事かしら」


 グテッと脱力し壁に背をもたせるアイに思わずトウカは睥睨した。


「……」


 当然、ダースの一部分だった砂金の立場はない。


「ホラ、砂金もショック受けているわよ」

「ハッ! 砂野君ゴメン! 私ったらつい思ったことを……!」


 先の発言は砂金のことまで気が回らず素で出てしまったらしい。


 つまりは掛け値のない本音。


 砂金の全校中から笑いものにされながらもした愛の告白は、アイにとってはただ身に降りかかる火の粉。サッと払うのも煩わしいような、取るに足らないものだったということだ。


(おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)


 自然体で繰り出される切れ味鋭い追撃に砂金の瞳から光が消える。


「素って、より酷いわよアイ……」

「えっ嘘!? あ、でも確かに。ゴメン砂野く、ってめっちゃ落ち込んでる!」

「や、落ち込んでないから……」

「落ち込んでいるわよ砂野君! ガックシって感じじゃない!? そんなに私に振られたこと

がショックだったの?」

「そ……、そりゃぁもう」

「うわぁ……」


 二人の会話に溜まらずトウカが眉を顰める。


「い、今のは全面的に私が悪かったわ……。どう? 今日一緒にラーメンでも食べ行く?こういう時はガァーッとヤケクソで食べなくちゃ! 私めっちゃ励ますわよ?」


 それは振られた後、友人とかにされる奴である。


 断じて当の振られた相手にされることではない。


 泣きっ面に蜂というのはまさにこのことで、死体蹴りという表現では足らない。


 死体を袋叩きにする勢いのアイの猛攻に砂金は周りから見ても明らかなほど大きく肩を落とした。


「さ、砂金大丈夫!? ちょっとアイ、アンタ無神経にも程があんでしょ! ワザとでしょ!」

「わ、ワザとじゃないわよ!? 私そんな酷い女じゃないわ!」

「余計酷いわ!」


 身を崩れさせる砂金をすかさずトウカが抱きかかえる。


 トウカは気落ちする砂金を見て気炎を巻いてアイに食って掛かるが、それが今度はアイにスイッチを入れた。アイは目を眇めた。


「じゃぁその酷い女から有難い忠告よ? トウカ? 私が砂野君を『振っているうちに』さっさと勝負を決めたほうが良いんじゃないの? 人の心は移り替わるものなのよ?」

「あ、アンタが砂金のことを好きになることなんて万に一つもないでしょ!?」

「グッ……それはそうだけど……ッ」

(それはそうなのかよ……)


 突如始まった意味不明の口論。


 砂金を庇っていたトウカから後ろから切り付けられ、アイからも特大のパンチを受けた砂金。

 砂金の目の前が今日も真っ暗になった。


「全くあいつらは……」


 二人が『告白会』を他所に口論を繰り広げ、一人が死んだような目をする。


 そんな三人を教師である黒川ヒトミは複雑な面持ちで眺めていた。


 ヒトミはその豊かな胸を押し上げるように腕を組み溜息をついた。


 体育館の天井には彼女の『一芸スキル』である十畳分ほどはある巨大な仏面が浮いていた。



 能力名を『御前ノ懲罰ごぜんのちょうばつ』。


 今日も金色の仏像が無感動に生徒たちを見下ろしていた。


 仏の前では誰も彼もが嘘をつけない。


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