私が気付いた日
--夜の自宅--
その日の夜、私はいつも通り自宅にて、1人でご飯を食べていた。
両親は仕事の都合で家に帰ることはほとんどなく、年に数回帰ってくればいい方だ。
小学校中学年くらいの頃までは、まだ私が幼かったこともあり、家に帰ってくる頻度はそこそこ多かった。でも、大抵の家事などは両親が雇った家政婦さんに任せきりだったし、私の面倒を見てくれたのも家政婦さんだった。
小学校高学年になったころ、両親に褒めてもらいたかった私は、家政婦さんのお手伝いをやり始め、料理や洗濯、掃除などが一通りできるようになった。しかし、両親は褒めてくれるどころか、さらに家に帰ってこなくなった。
この時から私は、両親からの愛を諦め、他者からの愛を求めないようになった。
そして中学生になった時、両親は家政婦さんとの契約を切った。それ以来私は、この家に1人で暮らしている。
夕食を食べ終わり、使った食器やコップなどを洗った後、お風呂に入る。
その後、期末テストが近いこともあり、テスト勉強をする。
テスト勉強を始めてからしばらく経ち、少し疲れたので顔を上げて時間を確認する。
「もう、こんな時間か」
時計は現在、22時15分頃を指しており、勉強を始めてから2時間ほど経過していた。
私は少し休憩することにし、今日の放課後、雪那から借りた漫画のことを思い出す。
「休憩のついでに、気分転換に読んでみようかな」
私はカバンの横に置いた紙袋を引き寄せ、中から漫画を取り出す。
「さて、どんな漫画なのかな?」
私は、手に持った漫画の表紙を見て、キャラのイラストが上手く、作画がとても綺麗だと感じた。
そして、次に漫画のタイトルに目を遣ると、『あなたは私の気持ちに気付かない』と書いてあり、どうやら恋愛漫画であると読み取れる。
まさか、愛を信じていない私が恋愛漫画を読むことになるとは、と少し自嘲気味に笑う。
「はぁ。雪那には悪いけど、適当に流し読みして返そう。感想きかれたら適当に話し合わせればいいかな」
誰もいない部屋で1人謝って、感想を聞かれた時の返答を考えながら、漫画の表紙を開く。
漫画の内容はやはり、タイトルを見て感じた通りの恋愛漫画だった。ただ、普通の恋愛漫画と違い、この漫画の恋愛は女の子同士の恋愛を描いたもので、所謂、『百合』と呼ばれるものらしい。
しかもこの漫画の主人公たちは幼馴染のようで、まるで私と麻璃亜のようだと少し既視感を覚えながら、私は漫画を読み始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
漫画に登場する主人公はとても明るく社交的で、友達も多く、クラス関係なく人気者だった。
ヒロインである幼馴染は程よく人付き合いをするタイプで、主人公以外とはある程度距離を置いて接していた。
しかし、本来の幼馴染は非常に愛が重く、束縛が激しい性格で、『ヤンデレ』と呼ばれる、かなり危ない思想を持った女の子であった。
本来の彼女の行動はどれも過激で、飲み物や食べ物に自身の血を混ぜたり髪を混ぜて主人公に摂取させる。
その飲み物は血を入れているためか、少し赤っぽいと表現されており、食べ物も髪の毛が入っているからか、噛みにくいようだ。
また、主人公の交友関係にもさりげなく口を出すことがあり、裏では主人公に好意を寄せる異性を脅し、慣れ慣れしく触れる同性にはバレない様に苛めを行うことで、精神的に追い詰めていた。
主人公は幼馴染のそんな想いと行動には気付かず、時には無自覚にイチャついたり、お泊り会や学園祭など平穏な学園生活を送っていた。
ヒロインである幼馴染も、気持ちは伝えられなくても、こうして2人でずっと一緒に居られれば幸せだと考えていたし、実際にそうなるのだと思っていた。
しかし、そんな平穏は突如として終わりを告げることになる。
それは、主人公が一つ年上の先輩に恋をしたと幼馴染に告げたからだ。
幼馴染は最初、何を言われたのか理解できなかった。ただ、ずっと一緒に居たはずの自分が、見たこともない乙女の顔をし、幸せそうに話す主人公を見て、幼馴染は理解した。”このままでは、彼女が奪われる” と。
そこからの幼馴染の行動は早かった。まず、学校で主人公の悪い噂を流すことで孤立させ、精神的に弱らせる。さらに、主人公が好きだと言っていた先輩が、主人公の噂を流した張本人だと嘘を教えた。
精神的に弱っていた主人公は、その話を信じてしまい、ずっと寄り添ってくれた幼馴染に依存するようになる。
主人公を自分だけのものにした幼馴染は、最後まで好きだという気持ちは伝えなかったが、ずっと一緒に居られる未来に微笑み、漫画は終わりを迎える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ。なんか思ってた恋愛漫画とは違ったな。確かに面白かったけど…」
私は漫画を読み終えた後、さっきまで読んでいた内容を改めて振り返っていた。
その理由は--
「なんか既視感があるんだよなぁ」
そう。漫画の内容には既視感があった。
それは主人公たちが幼馴染同士だからということだけではなく、少し赤っぽい飲み物や噛みにくい料理、頻繁に泊まりに来てずっと一緒に居ることなど、私と麻璃亜のこれまでと照らし合わせたとき、違和感を感じるどころか、最後のピースがはまった時のようにしっくりときた。
そして、最後の極めつけは今日の放課後のことである。
「名取君のあの表情。明らかに麻璃亜を見て恐怖を抱いていた…」
名取君と漫画の先輩を照らし合わせて考えたとき、嫉妬した麻璃亜が名取君を睨み、牽制したのなら、あの反応にも頷ける。
「次の泊りの時、確かめてみようかな」
もし仮に、麻璃亜が私に恋心を抱いており、漫画の幼馴染のようなヤンデレなのだとしたら、その時私は--
--泊りの日--
あの漫画を読んだ次の日から私は、麻璃亜の行動をさりげなく観察するようになった。
私が褒めたときの反応や異性の話をした時の反応、同性と触れ合った時の反応や異性に触れたときの反応。
意識して麻璃亜の反応を見るようになった結果、面白いくらいに反応が変わっていることが分かった。
私が褒めれば嬉しそうに微笑むし、異性の話をすれば顔は笑顔をだが、目が笑っていない。同性と触れ合えば羨ましそうな顔をするし、異性に触れれば相手を射殺すような視線を向けている。
(こんなに分かりやすいのに、これまで気付いてなかったのか。私って結構鈍感なのかな?)
と、麻璃亜を観察しながら一週間を過ごし、麻璃亜が泊まりに来る日になった。
ピーンポーンと家のインターホンが鳴った。
時計を見ると、約束した14時になったばかりで、相変わらず時間通りに来る麻璃亜には、さすがの一言である。
私は急いで玄関に向かい、ドアを開ける。
「いらっしゃい、麻璃亜」
「こんにちは、美琴ちゃん! 今日もよろしくね!」
「うん、よろしく。外暑いから、早く上がりな」
「ありがとう! 」
麻璃亜はいつも通り、両手にお泊りセットを詰めたカバンを両手で持ち、家に入る。
この後はいつも通り、私の部屋でゆっくり過ごす予定である。ゲームをしたり、漫画を読んだりなど、目的を持って何かをするわけではなく、気の向くまま麻璃亜と過ごすこの時間は、とても落ち着くし楽しいと感じる。
「あ、美琴ちゃんのお部屋に行く前に、持ってきたお料理を冷蔵庫に入れてきてもいい?」
「いいよ。いつも料理作ってきてくれてありがとう」
「大丈夫だよ! 今日も美琴ちゃんの好きな物たくさん作ってきたから、楽しみにしててね!」
そう言って麻璃亜は、慣れた足取りで冷蔵庫のあるキッチンへと向かっていった。
麻璃亜はいつも、私の家に泊まりに来るときは自分の家で作った料理を私の家に持ってきて、夜と朝に食べさせてくれる。
麻璃亜が作ってきてくれる料理はいつも美味しいし、前に作ってくれたお弁当のハンバーグと一緒で、噛み応えがある。
(料理を私の前で作ってくれないことや、あの料理の噛み応え、やっぱり麻璃亜って…)
「お待たせ、美琴ちゃん!…って、考え事なんかして、どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。それじゃあ、部屋に行こうか」
「うん!」
疑問に感じたことを聞くのは後にして、私は麻璃亜を連れ、自室へと向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければ新作を2つ投稿してますので、こちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327
『人気者の彼女を私に依存させる話』
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