第6話 王宮の森

「パロ王国に観光に来られる方はみんなこのホテルに泊まるんです。私も先生方をホテルまでお送りするようパロの王様から依頼されました」

運転手が私たちの荷物を降ろすのを手伝いながら教えてくれました。

私たちがいる場所は森の中と言ってもいいくらい木々に囲まれていました。ホテルの周辺だけがひらけていて、太陽の光が降り注いでいましたが、ホテルは森にうまく溶け込んでいました。ホテルといってもこの建物は3階までしかありません。建築材として木がふんだんに使われており、壁に使われた漆喰しっくいの白だけが、周囲の森とホテルとを区別していました。


私たちはホテルの中に入りました。屋内は主に自然の光だけで照らされていたので、一瞬薄暗い気がしましたが、適度に効いた空調と相俟あいまってかえって心地よく感じました。

入り口から入って斜め奥にカウンターがありました。カウンターには受付の人がいました。念のために言うと、受付の人は人間です。

これが鳥だったら面白いのにと思った私は、

「ホテルの人たちは鳥ではないんですね」

と思わず言ってしまいました。

受付の人はハハハと笑って、

「ええ、私たちはオーブタウンから通いで来ている者です。1週間だけここで働いて次の人と交代します。大体1ヶ月ごとに来ていますね」

「へぇー、そうなんですね」

「はい、ここで働くにはその方がいいんです。このホテルは人間と鳥が共同で建てたものです。なので利益の半分はオーブ共和国に、残り半分はパロ王国に帰属きぞくします」

と受付の人は裏の事情まで教えてくれました。

「けど鳥たちはあまりお金に興味がないようです。パロ側の利益は銀行口座にほったらかしにされているんじゃないですかね」


ホテルのチェックインを済ませると、私たちは部屋に案内されました。部屋は3階にありましたので、一応最上階ということになります。

「こちらが当ホテル唯一のスイートルームでございます」

私たちを案内してくれたボーイが言いました。

「スイート!?」

私はびっくりしました。

部屋に入ると、入り口から奥のリビングまで一目で見渡すことができました。リビングの先は全面がフランス窓におおわれ、広いバルコニーと繫がっていました。床まで届く窓で区切られていたので、外の光が差し込んできます。カーテンは全て開かれていて、その先のしっとりと濡れた森の様子をハッキリと見ることができました。

濃い緑の木々の中に、ところどころ赤や黄色の花を咲かせている木もあります。パロは一年を通じて気温が高い国です。冬の無い国で、木々はどういうタイミングで花を咲かせるのだろうと、ふと思いました。


リビングだけでも今まで私が泊まったことのある部屋の何倍もの広さがありました。

私はソファーに荷物を置くと、ベッドルームやバスルームを見にいきました。まずベッドルームがいくつもあることに衝撃しょうげきを受けました。そしてベッドには、ベッドカバー全体に花びらを置いて作った模様もようが描かれていました。ベッドルームごとに違う花、違う模様です。私は全部写真に撮りました。そしてリビングに戻ってさっき撮り忘れていた写真を撮りました。

その後、あらためてバスルームを見にいきました。バスルームも二つあり、一つは外の景色が見えるようになっていました。バスルームの内にも外にも、至るところに南国の花が生けられていました。


私は興奮のうちにリビングに戻りました。

「先生、凄い部屋ですね!」

先生はもうリビングの片隅にあった机の上に自分の荷物を開け始めていました。

そのとき、バサッバサッという羽音はおとが聞こえてきました。外から聞こえてくるようです。

窓の外に目をやると、一羽のペリカンが、丁度バルコニーに降り立ったところでした。

先生はすぐに窓を開け、そのペリカンを部屋に招き入れました。間違いなく先日先生の病院を訪れたバロン・ペリカーノ卿です。


「ペリカーノ卿、ご無事でしたか?」

先生が口を開きました。

「おかげさまで」

「どうせここで会えるのなら、一緒のフライトで来てもよかったですね」

ペリカーノ卿は首を左右に振りました。

「王様にいち早くジョン先生のお越しをお知らせしたかったのです。それに先生にいただいたこの眼鏡のおかげで、一度も道に迷うことなくパロに帰ってくることができました」

ペリカーノ卿は満足げに、眼鏡のかかった自分の顔を上下させました。

「先生、間もなく日暮れの時間になります。パロ王国における歓迎晩餐会かんげいばんさんかいは、日暮れから始まります。参りましょう。ご案内致します」


私たちはホテルを出て、ペリカーノ卿の後をついて行きました。

ペリカーノ卿は森の中へ続く小径こみちを進んでいきました。

「この道は空を飛ばない鳥たちが作ったものです。なので先生方には歩きにくいでしょうが、ご容赦ようしゃください」

森の中に入ると、暑く湿った空気が体にまとわりついてきました。

あちらこちらから鳥の鳴く声が聞こえます。

「この森は王宮の森と言うんですよね?」

と先生が尋ねました。

「さようです。王の在所ざいしょがございますから」

「さぞかし王宮は立派な建物なんでしょうね」

ペリカーノ卿は首を傾げました。そしてフッフッと笑いながら答えました。

「森そのままの姿が王宮ですよ。ですから今皆さんがおいでのところも王宮です」

私は周囲を見回しました。いくつもの木々が重なり合った普通の森です。思っていた王宮のイメージとは違いました。

「人間たちは建物を建てた後、その中に木を植えたり草花を育てたりしています。なんでわざわざそんなめんどくさいことをするんでしょうね。建物を建てなければ、もっと多くの木々や花々とともに過ごせるというのに」


ペリカーノ卿は小径の途中で止まりました。

「この先は普通の観光客には分からない道となっております」

そう言うとペリカーノ卿は、とても道とは思えないような木々の間の空間にを進めていきました。私たちもそれに続きました。

この森自体ゆるやかな登り傾斜になっていましたが、そこから先はさらに傾斜がきつくなり、先生も私もいつしかハァハァと荒い息をするようになりました。

「もう少しです。頑張ってください。さあこちらです」

そこは木々の生えていない開けた空間になっていました。ジムのプールくらいの広さはありそうです。

そこに木製の大きな長方形のテーブルがしつらえてありました。ただこんなにも大きなテーブルなのに、椅子は2脚しかありません。すぐに気づきました。椅子が必要なのは先生と私だけです。

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