第9話 ピエロみたい
少し、
昔、幼馴染みがいた。
日本人には無い金色の髪、青色の瞳を持った女の子だった。
「よーちゃん」
そう呼ばれていた事を、今でも鮮明に覚えている。なのに、
「●●●」
彼女の名前が思い出せない。
何度も呼んだ、名前なのに。
あれだけ一緒に遊んだのに。
あれだけ近くで見てきたのに。
覚えて無いんだ。
いつだっただろうか。
『よーちゃん』と俺を呼んでくれた幼馴染みが、笑ってくれなくなった。
「お母さんが……」
彼女の母親は身体が弱く、幾度も入退院を繰り返していた。
「今度こそ、お母さんに会えなくなるかもしれない」
そう言って泣く彼女に、どうか笑って欲しいと。彼女が笑ってくれた言葉を必死に探し……
「ーーーーーーー」
何て言ったか覚えていない。でも、確かなのはしょうもない下ネタだったこと。
「きゃはは! どうしたの? よーちゃん」
彼女は笑ってくれた。
つられて、俺も笑った。
ピエロの如く、滑稽に踊り狂って、品の無い言葉を並べ立てる。それは彼女が笑ってくれたから。
この時の俺は、女の子の前でこういう事を言ってはいけないとキツく親に言われていた。普段とのギャップからか、余程おかしかったらしい。
「ありがとう」
そう言って笑う彼女に、俺は何と言ってやれただろう。
「私ね、よーちゃんの笑った顔好き」
彼女がくれた言葉に、俺は何と返しただろうか。
まぁ、少なくとも。
幼いながら、彼女の事を意識してたのは確かだ。
「帰ろ」
いつものように、彼女に手を引かれて帰った小学生のある日。
「あいつら、また一緒に居るぜ」
「仲良いなぁ~」
よくある小学生の男子特有のからかい。
ニヤニヤと笑う彼らの顔が嫌だった。
無視すれば良いのに、この時の俺はそれが煩わしくて。
「よーちゃん?」
彼女が引いてくれた手を振り払い、追い越すように走った。
「危ない!」
押された背中。
転び起きやがった時、大きな音がした。
「●●●!!!」
誰かが叫んでた。
車に跳ねられ、アスファルトに横たわった彼女。足が片方、変な方向に曲がってた。
「よぅ……ちゃん?」
意識はあった。
すぐ彼女を抱き起こした。
「●●●! ぁあ、なんで……いや、どうすれば!?!」
あぁ、もう五月蠅い。
「無いか出来る事は!? 足が、こんなに血が」
助けられないのか?
「救急車……早く来てくれよぉ」
こんな時に他人頼りか?
「やだぁ……死なないで」
お前のせいだ。
「ちがうぅ……ちがう」
お前のせいだ。
「違う!!!!」
無力で馬鹿な、お前のせいだ。
だから●●●は死んじゃうんだ。
お前は誰も救えない。
「…………違う」
子供の駄々みたいに繰り返す。
今なら分かる。あの五月蠅い声は、俺のモノだろう。
ここから記憶が飛んでて、上手く思い出せない。
この日の果てしない後悔が。
俺が病的なまでに、他人を救うことに固執するようになった理由。
彼女を救えなかった自分を否定するように、ただひたすらに誰かを助けた。それが『メサイアコンプレックス』と呼ばれるモノとも知らずに。
無意識のうちに誰かの救世主となることで、自己肯定感の低さ、罪悪感、劣等感、無価値観を払拭しようとする心理状態。
心を
目の前の全ての人を救おうとした。
感謝すら必要とせず、ただひたすらに。
偽りの笑みを貼り付けて、誰かを救おうと
高校生になって、この奇行はさらにエスカレートした。見かねたある人物によって止められるのだが、それはまた別のお話。
家族の不仲、DV、暴力事件、いじめ。
解決すべき問題は、たくさんあった。
人を傷つけたくない。
だが、力無き理想に何の意味があろうか。
この狂気的なまでの偽善は、ある方法で
*
時は戻って昼休み、場所は学校の校門前。
学び舎には似合わない、派手なシャツの男が二人。腕に入れられた
「すいません、お兄さんたち。後輩の
できる限り刺激しないよう、フレンドリーに話しかけながら近づく。
「誰だてめぇ、
黄色いシャツとした男がまくし立ててくる。
「
ヘラヘラと応じる
「警告はしましたからね?」
身体の力を抜き、構えるのは一瞬。借金取りたちの間に、一陣の風が吹き抜ける。
「は?」
音も、感触も置き去りにして。
「君たちのケツ穴は確定した」
男たちを指さしたその瞬間。
「ぁヒィィィィィ♥!!!」
「ぉほっ♥!!」
快感に悶えた男たちが崩れ落ち、失神する。
これは、非暴力と偽善の両立を成した俺の絶技。
一瞬で対象の肛門を開発(意味深)することができる。この型は、『すれ違い通信(意味深)』とでも名付けようか。
「快楽に溺れてな」
男たちに吐き捨てた。
*
校門前で大立ち回りをする馬鹿を、二人の少女が見つめていた。
「変わらないね」
窓の風に金髪をなびかせ、彼女は嬉しそうに言う。
「変えられねぇな」
黒髪のなびかせた少女は、悲しそうに言った。
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