第2話 元夫の言い分
働いて働いて働いて働いて、まだ木曜の帰り道だ。
飲み屋の換気扇からあったかい、いい匂いがするんだよ。おでんかな。寄っていきてえ。
でも、あと明日一日働くし。もしかしたら土曜も。
昔は土曜にいつも会社や学校があったらしい。昼までだけど。
どういうことだ。半端だろ。
サラリーマンが気楽な稼業でスーダラしてた頃のことか。それ気楽なのか。
ジジイの社長がよくそんな昔話をグダグダ言う。そんなの聞いてもなんの役にも立たねえんだよ。
今だって休みなんかろくにない会社はあるな。黒い。
俺は一応休める。給料は安いけど。仕方ねえか、俺なんかそんなもんだ。
俺は何もできない。俺にはなんの個性もない。いくらでも代わりのいるような俺なんか、誰も気にしない。
でもそんなもんだ。みんなそうだろ。
特別な才能なんて、たいていの奴は持ってないんだからさ。
だから女には優しくするんだ。
ちやほやしてやれば女は喜ぶ。俺を特別に思う。俺を他の奴とは違う人として扱う。
その方がいいに決まってるじゃねえか。俺だって少しは何かあるんだって思いたいじゃねえか。
だけど子どもができると女は変わる。俺より子どもになる。腹にいる時からそうなる。
なんだよ、俺が一番特別じゃなかったのかよ。つまんねえな。
だから他の女をひっかけたら、離婚だとか言われた。子どもが生まれたのに別れさせられた。別にいいけど。俺のこと嫌いな女と暮らす趣味はねえよ。
子どもはさあ、俺によこせよ。娘だぞ。俺だけが一番の女に育てたら楽しいな。
クズって言われた。そうなのか。知らね。やってらんねえなあ。
新しく付き合った女とは、結婚してない。前の離婚の手続きとか面倒だったから。結婚しなきゃ、別れるのも簡単だろ。
なのにまた、妊娠したって言われた。結婚しなきゃ、とか言ってくる。からだが辛い、とか言って甘えられる。
前の嫁に面会してそんな話したら、すげえ冷たい顔をされた。殺されるかと思った。怖くて逃げた。
なんだよ女ってさあ。
また俺をクズってののしるのかよ。
クズで悪いか。クズってなんだ。
普通に生きてただけじゃないか。クズだから殺すってのか。
死ぬのなんか、嫌だよ。生きてるのがいいのかっていうと、わからないけどさ。
どんなバカでもクズでも悪い奴でも、みんな生きてるだろ。ホームレスだって生きてるだろ。道端で寝てるの見ると、死んでんのかと思うけど。野垂れ死ぬってこういうことかって少しビビるけど。
な。誰だって、野垂れ死ぬまでは生きてるじゃねえか。ていうか野垂れ死ぬまで、死ねないだけか。
華々しく死ぬなんて、そんな勇気ねえよ。だからズルズル生きるんだ。生きてるんだから、生きるんだ。
これでもさ、金を稼ぐ時にはヘイコラしてんだぜ。丁寧語だって使えるんだ。だからそうじゃない場所じゃ好きにさせろよ。
帰ったらまた、ダルいだの気持ち悪いだの言ってくるのかな。ウゼ。
あーあ、やっぱり飲んで帰るかなあ。
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