第八章 にわか勇者、大人になる

8-1

「なーんか、変なことになってるよねー」

 勇者一行と別れ、雪の入ってこない広い岩屋で野営の準備をしながら、クレシュが眉間にしわを寄せて言った。

「太陽の女神とやらは、人を見る目がないのう……いや、我が神は別として」

「俺はオリヴィオと神殿のじじいにはめられただけで、女神に指名されたわけじゃないぞ。夢のお告げって、そんな簡単に信じられるものなのか?」

「さてのう。あやつらが、とくに信心深いか、騙されやすいか、あるいは両方か。三人ともそろって同じ夢を見たなら、信じてもおかしくないかもしれん。──それよりも、そんな夢を見せた意図のほうが問題じゃ」

「百年も魔王封印に成功してないから、別動隊を用意したとか?」

「それにしては人選がお粗末すぎる。むしろ、こちらを邪魔しようという目論見では?」

「バルデルトみたいな?」

「ううむ。それにしても、やっぱり人選がのう……」

「気になるのは、お告げの内容なんだよねー」

 クレシュが言う。

「鍵のありかは、あたしの一族しか知らないはず。なのに場所が一致してるってことはー、お告げが本物か、もっとたちの悪い裏があるかー」

「たちの悪い裏?」

「一族のだれかが、関わってるとかー?」

「なるほど」

 信心深くないゼノには、その説のほうが納得できる。

「なんにしても、わからないのはその目的だよなあ」

「つぎの町で、村に連絡をとってみるよー」


 村からの返信は早かった。

「勇者様を村にお招きするってさー」

 広げた小さな巻物に目を通して、クレシュが言った。

 彼女の連絡手段がどういうものなのか、いまだにゼノは知らない。あちこちに密使でもいるのか、あるいは魔法の鳥でも飛ばしているのか。気づけばいつのまにか書簡を手にしている。

「ほほう、クレシュの生まれ故郷か」

 興味津々のユァンが、うきうきと言った。

「わしも連れていってもらえるのじゃろうな?」

「うん、もちろんー」

「そうか、そうか。楽しみじゃのう」

 ゼノは尻込みした。

「クレシュの村って、たしか……弱いやつはすぐ死んじゃうとかいう、すごいところだったような……」

「数日なら大丈夫だよー。みんなで守るしー」

「…………」

 さらりと返されて、なおさら不安が募る。それにもう一つ懸念があった。

 クレシュの村は、すなわち鍵の監視と勇者の案内を代々務めている一族の村だ。勇者として招かれるということは、それなりに期待もされているだろうし、好奇の目で見られたり、品定めされたりもするだろう。そんなところにのこのこ出かけていくのは、魔物の巣窟に踏み込むのとはまた別の恐ろしさがある。

「俺……厳密には勇者じゃないし……」

「ちゃんと勇者の仕事してるよー。おにーさんにしかできないって、あの無能魔法使いも言ってたじゃんー」

「無能……?」

 一瞬、あの勇者三人組のことかと首をひねったが、すぐにオリヴィオのことだと気がついた。鼬村の呪いの塚攻略に失敗したせいで、クレシュのなかではオリヴィオは無能認定されているらしい。希代の大魔法使いも形無しだ。

「神は、妙なところで臆病じゃのう」

 さっそく荷物をまとめながら、ユァンが言った。

「闇の王子たちも平気なのに、人族ふぜいに何をびくついておる」

「いや、全然平気じゃない! バルデルトは怖いから! それに人族だって、たいていは俺より強いだろ!?」

「わしらがついておれば、人族程度どうということはない」

 カーネフたちに一杯食わされたことは、忘れているか棚に上げているようだ。

「そうかもしれないけど、そういう問題とも違うんだよ。なんか、目立ったり注目されたりするのが、どうもその……」

「何をいまさら。もう充分すぎるほど目立っておるわ」

「……え?」

「考えてもみよ。神自身の見た目が凡庸としても、だれもが振り返る麗しいクレシュに、愛くるしいトアル、そしていかにも百戦錬磨のわしが、四六時中行動を共にしておるのじゃ。これでは人目につかないほうが無理というもの」

「…………!!」

 うかつだった。というより、これまでその事実に思い至らなかった自分の愚かさに愕然とした。クレシュが目立つことは当初からわかっていたが、それによって同行者の自分も注目されることにまでは、まったく頭が回っていなかったのだ。

 ──そうか……俺……どんなふうに思われていたんだろう……。

 間違っても、恋人同士や夫婦には見えない。まったく似ていないので、血縁者と思われることもまずない。従者らしくもないし、雇い主などもってのほか。旅慣れた様子のクレシュとユァンの間では、明らかに浮いている。どういう一行なのかと、行く先々で好奇の視線にさらされていただろうことは想像に難くない。

 トアルの参加は、逆に救いだった。少なくとも、子供の父親という役柄は得られたということだ。

 ──これじゃ、カーネフが楽に追跡できたのも当然だよな。

 知らないうちに裸で外を歩いていたような恥ずかしい気持ちになり、赤面していると、トアルがすり寄ってきて膝の上に座りこんだ。小さな温もりのおかげで、すうっと気が楽になる。

 トアルは、敵の気配だけでなく、ゼノの気分にも敏感だった。不安なときや、沈んでいるときなど、黙って近づいてきて体に触れる。触れ合いのもたらす効果なのか、擬態竜のなにがしかの力によるものなのか、トアルに触れられると、ゼノは決まって穏やかな気持ちになった。

「クレシュのおうち?」

「ああ、そうだよ」

「ぼくもいく?」

「ああ、行くときはいっしょだ」

「行くときは、じゃなくて、行くんだよー」

 クレシュが口を挟んだ。

「決定なのか……」

「だって、情報が漏れた原因も調べないとだしー」

「うう……」

 かくして一行は、クレシュの郷里へと進路を変えた。


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