7-2
数日後、充分な休養をとった一行は、前回の宿場町を避け、大きく迂回する経路を選んで出発した。
カーネフの根回しのせいで、ゼノたちは顔を覚えられているだろうし、最終的にあの宿へ向かったと知っている者もいる。関係者どころか、殺戮の犯人だと思われている可能性が大きい。近づかないのがいちばんだ。
ちなみに、カーネフたちの遺体をそのままにしておくのも後味が悪く、別人に化けたユァンにこっそり通報してもらっていた。
「そろそろ町だよー」
先頭を歩いていたクレシュが、いつもの気の抜けた口調で言う。
「ここでしっかり休んで、買い物もしていくからねー」
しっかり休むということは、この先困難な道行きが待っているということだ。うんざりする一方で、少し期待してしまう自分もいる。もちろん、困難そのものが好きなわけではない。困難を越える過程での珍しい体験、そして越えた先に見える新しい景色や達成感──ほかでは味わえない刺激に、すっかり病みつきになっている。
今回は順調に宿が確保でき、一階の食堂兼酒場で夕食をとることにした。
トアルもいっしょに、四人で隅の方のテーブル席につく。少し高めの宿だけあって、献立も豊富だ。大皿料理をいくつか頼んで、銘々好きなものに手を伸ばす。
骨付き肉にかぶりついていたゼノは、ふいに飛び込んできた「勇者」という単語に、思わず耳をそばだてた。
「──この町に、勇者が逗留しているらしいぞ」
「勇者って?」
「魔王討伐のために旅をしているんだと。魔王城を探しているとかなんとか──」
クレシュとユァンも手をとめ、三人で顔を見合わせた。
自分たちのことではない──はずだ。この町には着いたばかりだし、勇者のことも鍵集めのことも、限られた者しか知らない。そんなことを喧伝する必要もないし、むしろ不都合というものだ。
「……俺以外にも、勇者がいるのか?」
「さー……〈連環の勇者〉は、一度に一人のはずだけどー」
「別の魔王と別の勇者とか?」
「聞いたことないねー」
「わしも知らんのう」
三人は首をかしげ、さらに聞き耳を立てた。
「──有力な情報には謝礼とか」
「情報って、その……魔王城の?」
「たぶんな」
「そんなの、だれが知ってるんだよ」
「そういえば、どこかの宿に偉い人が泊まってるって、その勇者のことか」
「道具屋のばあさんが、祝福をもらって持病が治ったとか言ってたな」
「祝福って……その勇者は神官か何かなのかい?」
「知らねえよ。ばあさんからそう聞いただけだし──」
当人たちも詳しい話は知らないらしく、しばらく聞き続けてもそれ以上の情報は得られなかった。
「わしの出番じゃな」
ユァンがきらりと目を輝かせて言った。
「明日、偵察に行ってこよう」
翌朝、宿を出ると、ユァンは偵察へ、ほか三人は買い物へと、別行動をとった。
といっても、緊急時にはすぐ集合できるよう、対策はしてある。ユァンの呪術でトアルとユァンをつなぎ、相手のいる場所へ双方向に瞬間移動できるようにしたのだ。
「こんな方法があるなら、たいへんなところではユァンが先に行って、俺をひっぱってくれればよかったんじゃないのか?」
ゼノが不平まじりに聞くと、ユァンはすげなく答えた。
「何を言うか。これには多大な生命力を使うのじゃ。それに、神はもっと体を鍛えんといかん」
「ええー」
思わず抗議の声を上げたが、ごもっともなのでそれ以上言い返せない。それだけたいへんな秘術を使ってもらったとすれば、むしろ感謝しなければなるまい。
「さー、買い物行くよー」
ユァンが路地へと曲がって見えなくなると、クレシュが号令をかけた。
衣料品店に入り、綿入れや毛皮製の冬物衣料を人数分そろえる。油を塗って防水加工した外套や、毛皮の長靴とかんじき、歩行用の杖まで用意する。
「こんなに暖かいのに、冬物?」
外の日差しは強く、暑いぐらいだ。ゼノが率直な疑問を口にすると、クレシュはにやりとして言った。
「山を越えると、すごーく寒くなるんだよー」
「す、すごーく……?」
クレシュが強調するということは、そうとう寒いに違いない。考えてみれば、ここでこんな衣料が売られている時点で、この先必要になるということを意味している。雪山など経験したこともないゼノには、完全に未知の領域だ。
食料品店で保存食を購入し、外へ出たところへ、ユァンが戻ってきた。
「見つけたが、なんとも不可解じゃ」
ユァンは珍しく歯切れの悪い言い方をした。
「剣士と魔法使いと神官の三人連れじゃったが……似て非なる者というべきか……」
噂話をたどって彼らの逗留先を突き止めたユァンは、宿の食堂でこっそり観察してみたという。三人は、いかにも勇者一行らしく見えた。騎士のような物腰の若い男と、長い杖を持った壮年の男に、神官服を着た豊満な女。神官は、列をなした希望者に、〈祝福〉と称する癒しの魔法をかけていた。
周囲の話を総合すると、彼らは太陽の女神に選ばれて勇者となり、魔王を討伐するために旅をしているらしい。魔王城へ至るには、四つの鍵を集めなければならない。その一つがこの近くにあると聞き、ここまでやってきたということだった。
「どこかで聞いたような話だな……」
「だねー」
「鍵を探してるって、俺たちと同じ鍵?」
「さあー?」
クレシュは緊張感のない様子で言った。
「だとしても、二つはあたしたちが回収したしー、あとの二つも、だれかに取られたって話は聞いてないよー」
「同じものだったりしたら、少々面倒じゃな」
ユァンの意見はもう少し慎重だった。
「鉢合わせしないうちに、急いで回収したほうがいいかもしれん」
結局クレシュもそれに賛同し、準備が整いしだいすぐ出発することになった。
荷物をまとめ、まだ日が高いうちに町を出る。
街道をそれ、山道に入ると、いつもより重い荷物のせいでゼノはすぐに息が上がり、遅れをとりはじめた。本当に寒くなるのだろうかと疑いながら、汗だくになって歩いていくうち、いつのまにか景色が変わっていることに、ふと気づいた。
足元を邪魔していた下生えがなくなり、青々と茂っていた木々の葉が、赤や黄に変色している。心なしか気温も下がり、汗で濡れた肌着が冷たい。
思わずくしゃみをすると、それを合図にしたようにクレシュが言った。
「そろそろ、野宿できる場所を探そうかー。山越えの前に着替えも必要だしねー」
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