第六章 にわか勇者、救い主になる

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「トアル。じっとしてろ。絶対にさからうな」

 カーネフに目をやったまま、ゼノは傍らのトアルに小声で指示した。

 返事の代わりに、つないだ手をぎゅっと握りしめられる。

 もしやトアルの正体がばれたのかと、冷や汗が出た。いや、子供を盾に脅すということは、自分のほうが標的なのか。クレシュとユァンはどうなった?

「どういうことだ、カーネフ。二人をどうした?」

「なに、魔法で遠くへ飛んでもらっただけさ。彼らは強そうだし、騒がれてもやっかいなんでね。たぶん、丸一日は戻ってこられないはずだ」

 見れば、部屋の隅に、短い杖を持った魔法使いらしき男が立っている。

「それにしても、ゼノ。おまえに子供がいるとは知らなかったよ。そっくりだな」

「母親が行方不明でね」

 ゼノは、声が震えそうになるのを抑えて言った。

「こないだ、ひきとったんだ」

「おまえもついに所帯持ちってわけか。まあ、俺にとっちゃ好都合ってもんだ」

 カーネフの合図で、男たちがゼノを拘束した。

 両手首に鉄環をはめられ、鎖で腰につながれる。カチリといやな音がして振り向くと、トアルの首にも鉄環がはめられていた。

「おい! 何を──」

「まあ落ち着け、ゼノ」

 カーネフが余裕たっぷりの声で言った。

「おまえの枷とその首輪は、魔法で連動している。無理に枷をはずそうとすれば、子供の首が絞まる仕掛けだ。おまえの妙な術を使っても、同じだぞ」

 ──やっぱり、こいつ……!

 あの力を知っていながら、いままで何食わぬ顔をしていたのだ。

 トアルがゼノの服をつかみ、ゼノにだけ聞こえる声で囁いた。

「こわいひと」

 ──そうか。ずっとつけまわしていたのは、こいつらだったのか。

 思い返してみると、いろいろ腑に落ちた。尾行されるようになったのは、偶然カーネフと出会ってからだ。いや、あれも偶然だったかどうか疑わしい。偶然を装って探りを入れてきていたのかもしれない。今回、町じゅうの宿で断られたのも、ここへ誘導するために裏で手を回していたというわけだ。

「何が目的だ」

 動揺を押し隠してそれだけ言うと、カーネフは何でもないことのように答えた。

「おまえの力を、高く買いたいという客がいてな」

「人身売買にまで手を広げたってわけか」

「売れるものは何でも取り扱ってるのさ。今回の商品がおまえというだけの話だ」

 ──下衆野郎め。

 この男がトアルの正体を知ったら、ばらばらに解体して売りさばきかねない。それどころか、監禁して少しずつ切り売りするかもしれない。

 ゼノはぞっとしてその想像を頭から振り払った。

「勝手なことを……。いいか、息子にはこれ以上指一本触れるな。この子に何かあれば、俺は一切協力しないからな。二人とも死ぬ覚悟で拒否してやる」

 自分一人だったら、途方に暮れて、ただ怯えているだけだったかもしれない。だがいまはトアルがいる。自分のせいで、無関係な彼まで巻き込んでしまったのだ。頼りにならない自分が、だれかを守ろうなどと考えるのはおこがましいが、助けるためにできるだけのことはする。最後まであがいてやる。怒りにも似た気持ちが、ゼノを支えていた。

「やっぱり自分の子はかわいいか。安心しろ、買い手にもちゃんと伝えてやろう。おまえには働いてもらわないといけないからな」

 幸いにもカーネフは、トアルをゼノの実子だと信じているようだ。

「さて、おしゃべりはここまでだ」

 近づいてきたカーネフの手には、口枷が握られていた。

「念のため、しばらく黙っていてもらうぞ」

 ゼノはおとなしく従った。

 口に栓をするように棒状の突起をくわえさせられ、革帯で後頭部に固定される。口腔を異物で圧迫されて、舌を動かすこともままならない。言葉を封じられた無力感と屈辱でくじけそうになったが、なんとかこらえた。

 ──しっかりしろ。考えるんだ。まだ時間はある。

 買い手の目的が何にせよ、それが達成されるまで身の安全は保障されるはずだ。

 実際のところ、この程度の口枷なら、無理をすればどうにか呪文を発動させることも不可能ではない……と思う。だが、自分の枷とトアルの首輪をつなぐ魔法の問題がある。そもそも本当かどうかも疑わしいが、はったりという可能性に賭けてトアルの命を危険にさらすわけにはいかない。それに、相手によほどの隙がないかぎり、体が自由になっても逃走は難しい。

 やはり確実なのは、目的地で拘束を解かれてからだろう。もしかしたら、いま以上に逃げ場のない状況かもしれないが、そのときはそのときだ。あたり一帯、無差別に解体すれば、トアルだけでも生還できるのではないか。

 ──そんなの試したこともないけどな。力いっぱいやったら、どれだけの範囲に効果があるんだろう?

 考えてみれば、鼬もどきの村で暴発したとき、被害があの程度で本当によかった。あの洞穴がもっと狭ければ、あるいは力がもっと強ければ、岩盤ごと崩れて全員生き埋めになっていたかもしれない──。

 ──うわああああ! それは勘弁! い、いや……その場合は、もう一回唱えれば……土砂もヒラいて、なんとか出られない……か……?

 いままで考えたこともなかったが、この力、使い方を間違えたらとんでもないことになりそうだ。

「歩け」

 背中を小突かれて、ゼノははっと我に返った。

 追い立てられるようにして裏口から外に出ると、すでに日は落ちて、あたりはすっかり暗くなっていた。用意されていた幌つきの荷馬車に乗せられ、速やかに出発する。

 トアルと引き離されなかったのは幸いだった。ゼノは床の中央に座らされ、トアルは当然のようにその隣に腰を下ろした。カーネフと魔法使いのほかに、腕の立ちそうな男が三人、見張りについている。幌の前後に垂れ幕がかけられているので、外の様子はまったく見えない。

 心強いのは、トアルが見た目どおりの幼児ではないことだ。人間の子供のようにぐずったり取り乱したりする心配はないし、防衛本能にすぐれ、学習能力も高く、おそらくゼノよりずっと賢い。何があってもうまく対応してくれると確信できる。いざ脱出というときになれば、すぐに察してついてきてくれるだろう。

 傍らの小さな温もりが、このうえなく心地よかった。しゃべることも動くこともできないところに、たまっていた疲れが重くのしかかってくる。不規則なようで単調な馬車の揺れに身を任せているうち、いつしか目蓋が落ちて──。

「おい、起きろ」

 肩を揺すられて、はっと気づいた。

「この状況で熟睡とは、図太いやつだな」

 カーネフが呆れた顔で言った。

「着いたぞ。さっさと降りろ」

 二人がかりで引き起こされ、荷物のように馬車から降ろされた。同様に抱えて降ろされたトアルが、すぐに駆け寄ってぴたりと張りつく。

 月明かりもろくに届かない、うっそうとした森の中だった。少しだけ開けた場所に、傾きかけた狩猟小屋が建っている。壁板の隙間から光が漏れているところを見ると、すでに先客がいるのだろう。

 そちらへ押されて歩き始めたが、体じゅうがこわばっていて足元がふらついた。ずっと開いたまま固定されている顎も痛い。眠っていたはずなのに、疲労感はかえって増している。最低最悪の気分だ。

 先導していたカーネフが扉を叩き、中に向かって声をかけた。

「お待たせしました。商品のお届けです」

 軋み音を立てて、扉がひとりでに開いたように見えた。

 平然と中に入っていったカーネフに続こうとしたゼノは、ぎょっとして立ちすくんだ。

 思ったよりも広い小屋の奥、赤々と燃える暖炉の向こうに、亡霊のような白い影が三つ、ぼうっと浮かんでいる。

 ゆったりした白装束に身を包み、頭部にも白い布を巻き付けた三人の人間だった。いや、本当に人間だろうか。背丈はいずれもゼノと同じほどだが、見えるのは目元だけ。顔立ちや体形がわからないので、性別も年齢も判別できない。何やら不気味だ。

 怖気づいたゼノの二の腕をつかみ、自分の前に引き出してカーネフが言った。

「こちらがご注文の、〈鍵の魔法使い〉──この世に開けられないものはないといわれている男です。噂にたがわぬ実力の持ち主ですので、必ずやご期待に応えられるでしょう」

 さらに、トアルを示して言う。

「こちらは、心ばかりのおまけですが、彼の子供です。この子を大切に扱えば、彼も協力を惜しみません」

 白装束の三人は無言でうなずいた。一人が大きな革袋を取り出し、近くにある台の上に置いた。じゃらりと聞きなれた金属音が響く。

 カーネフの仲間が二人進み出て、中身の金貨を数え始めた。

 ──あれが人一人……いや、二人の値段か。

 ゼノは暗鬱な気持ちで思った。

 たしかに、一味全員で分配しても充分に高額ではあるが、これで人の命がやりとりされると考えると、納得しがたいものがある。かつては運よく逃げられたが、結局自分は売られる運命なのか……と、別の感懐もあった。

「確かに、頂戴しました」

 数え終わった男たちが報告すると、こんどはカーネフが台の上に鍵束を置いた。

「枷の鍵です。これ以外の方法ではずそうとすると、子供の首が絞まる仕掛けになっていますので、ご注意を。それと──この男はおそらく、言霊使いの類です。必要なとき以外は、口をふさいでおくことをお勧めします」

 去り際にカーネフは、悪びれた様子もなくゼノの肩を叩いて言った。

「じゃあな、ゼノ。しっかり働けよ」


 売り手一行が出ていってしまうと、小屋の中は静まり返った。

 白装束の三人はじっと黙したままで、暖炉の炎のはぜる音だけがいやに大きく聞こえる。

 何の指示もされず、こちらから話しかけることもできず、ただ待っているのが苦痛になりはじめたころ、ようやく三人が動きだした。

 一人が出入口へ向かうと、先んじて扉がひとりでに開いた。やはり先ほども目の錯覚ではなかったようだ。残った二人が、行けというように手を動かした。ゼノが背を向けると小屋の中の明かりが消えた。これまたひとりでに暖炉の火が落ちたのだ。

 ──何者だ、こいつら……魔法使い?

 外に出ると、先に出た一人の体が、燐光のような青白い光に包まれていた。暗い森の中、その周囲だけがぼんやり明るくなり、かろうじて足元の様子が識別できる。あとの二人に変化がないところをみると、灯火代わりということだろうか。

 光る人物が先頭に立ち、ゼノとトアルはそれについていくよう身振りで指示された。さらにその後ろを、残った白装束の二人が続く。

 ──歩きか……。

 ゼノはげんなりした。旅暮らしで慣れてきたとはいえ、それほど得意ではないところに、両手は使えず、口もふさがれて息苦しい。歩くこと自体が苦行もしくは拷問だ。

 目的地が近いことを祈ったが、それどころか、道はしだいに上り坂になり、足場に石が増えて険しくなっていく。ふらつくと、背後から白装束の一人に支えられた。トアルはといえば、ゼノにしがみつくふりをしながら、自力でしっかり歩いている。

 ──え?

 何気なく周囲に目をやったゼノは、恐ろしいことに気づいた。

 ──ふ、増えてる!?

 白装束の人数が増えていた。背後にいた二人が、いつのまにか六人になっている。

 分裂でもしたのかと思うような光景に、鳥肌が立った。気配も感じなかった。自分が歩くことに精一杯で、足音の変化にも気づいていなかったのだ。

 注意して観察すると、森の奥から三々五々、白装束の者たちが集まってきているのだとわかった。

 木々の間に白い影がゆらりと浮かび、音もなく近づいて、無言のまま一行に加わる。

 不気味このうえない。

 人の形はしているが、動きだけ見ていると、亡霊の類ではないかと思えてくる。

 ただ、ときおりゼノを支える手には実体があり、温かく、近づけばかすかな息遣いも感じられる。少なくとも血肉を備えた生き物であることは確かだ。

 白装束は増えつづけ、いつしか一行は長大な行列となって進んでいた。

 薄気味悪い闖入者に恐れをなしたか、森の動物たちはじっと息を潜めているようだ。梟の鳴き声一つ聞こえない。運悪く道を横断しようとした狐は、向きを変えて脱兎のごとく逃げだした。

 ところがそんななか、こちらに挑もうとする者が現れた。

 行く手の暗がりに、一つ、二つ……赤い炎のようなものが揺らめいている。少し近づくと、巨大な魔物の目だとわかった。豹に似た姿をしているが、全身を装甲のような皮膚に覆われ、熊の数倍も大きい。

 魔物ははるか高みから一行を見下ろし、今日の晩餐を見つけたとでもいわんばかりに、おもむろに舌なめずりした。杭のような牙の間から、酸性の涎がしたたり落ちて地面を焼く。

 白装束の人々は、いささかも動じなかった。

 先頭の一人が片手を上げると、それを合図に、全員の体から毒々しい緑の光が立ちのぼった。その光が先頭の手に集まり、揺らめきながら槍のような形をとる。

 槍が投げられた瞬間、前方の魔物の姿は消えていた。

 何が起こったのかわからず、ゼノはぽかんとその場に立ち尽くした。

 促されてふたたび歩きはじめ、魔物がいたと思われる場所に到達すると、地面に灰のようなものでできた小山があるのが見えた。

 ──これって……。

 先ほどの、巨大な魔物の成れの果て──。

 ──ひーっ!

 あの光の槍が、音もなく、一瞬にして魔物を粉砕したのだ。

 状況を理解した瞬間、恐怖で膝が笑いはじめた。

 同時に、絶望に打ちのめされた。

 ──無理だ。こんな連中から、どうやったら逃げられる?

 用済みになれば、ゼノやトアルも同様に始末されるかもしれない。生かされたとしても、逃げようとしたとたんに終わりだ。こんなことなら、売られる前に賭けに出ておくべきだった……と、いまさら思っても遅すぎる。

 ──すまない、トアル。

 けなげに寄り添っている息子に、心の中で詫びた。

 ──生還の努力はするが、望み薄だ。

 震えているゼノには頓着せず、行列は何事もなかったように進みつづける。よろめいたり遅れたりすれば手をさしのべるが、だれも口を開かず、いらだった素振りを見せることも、手荒なまねをすることもない。強者の余裕というよりも、徹底的な無関心。それがかえって恐ろしい。

 ──蟻の行列。

 のろのろと歩きながら、ゼノはふと思った。

 そうだ、これはまるで蟻の行列だ。目的地に向かって黙々と歩きつづける虫の群れ。進路上に障害物があっても速度を変えることなく、列が乱れてもすぐまた元のように歩きだす。さしずめ自分たちは、巣に運ばれていく餌といったところか。

 ──あの布の下に、虫の顔があっても驚かないな。……いや、驚くけど。

 疲労のあまり妄想に逃避しはじめたころ、森がとぎれ、小さな集落が姿を現した。

 集落というより、大規模な野営地というべきだろうか。何もない空き地に、簡素な小屋が点在している。井戸はあるが、畑のようなものはなく、家畜もいない。生活の気配がまるで感じられなかった。

「おしっこ」

 空き地に足を踏み入れたところで、トアルが周囲の白装束に訴えた。

 ゼノはどきりとしたが、一人がうなずいて手招きした。

「おとうさんも」

 白装束はふたたびうなずいた。

 警戒された様子もなく、離れた場所にある小屋へと案内される。

 トアルのあとを歩きながら、ゼノは安堵の吐息を漏らした。じつをいえば、しばらく前からもよおしてきていたのだ。もしかしたら、トアルはそれに気づいて、あえてここで声を上げてくれたのかもしれない。本当に助かった。

 不自由な手でなんとか用を足し、すっきりすると、こんどは別の小屋に誘導された。

 窓もないただの四角い箱のような部屋だが、床板の埃は払われ、清潔な寝具が用意されていた。

 それで充分だ。

 ゼノはそこに倒れこみ、気を失うように眠りに落ちた。


「おとうさん、おきて」

 肩を揺すられて目を覚ますと、食べ物のいい匂いが鼻孔をくすぐった。

 白装束が二人、料理を運び入れているところだった。焼きたての肉に、生野菜、根菜の煮物、パンとスープ、果物まである。ここでこんな食事にありつけるとは、思ってもみなかった。

 ──まともな食事……いや、それ以上だ。

 買われた奴隷にしては破格の待遇といえるだろう。これからする仕事の手付け、あるいは機嫌取りや激励のような意味合いがあるのかもしれない。あれほどの力を持つ者たちが他者の手を借りようというのだから、容易な仕事でないことは確実だ。

 食事の支度が整うと、白装束たちはゼノの口枷だけはずして外へ出ていった。

 ようやく口を解放されて、ゼノは久しぶりの自由な呼吸を堪能した。こわばった顎を恐る恐る動かし、なんとか閉じて人心地ついたところに、トアルがスープの椀をさしだしてくれた。

「ありがとうな、トアル」

 一口すすって礼を言うと、トアルはにっこり笑った。

 思わず涙腺が緩み、ゼノは慌てて顔をそらした。

 トアルがかわいいやら、自分が情けないやら、いろいろな感情がいちどに噴き出して、号泣しそうな気持ちになる。

 両手を拘束されているゼノのため、さらにトアルは肉を口まで運んでくれた。

「ありがとう……だけど、先におまえが食べてくれ。俺はあとでいい」

「じゃあ、かわりばんこ」

 そう言って、自分が少し食べると、ゼノに少し運び──と、かいがいしく世話を焼いてくれる。結局ゼノは、ぼろぼろ涙をこぼしながら料理を味わうことになった。

 すべて平らげたころ、見計らったように白装束の二人が戻り、ふたたびゼノに口枷をはめて、食器を下げていった。

 トアルに誘われて寝床へ移動する。ゼノが横になると、トアルはいつもと同じように、ゼノの胸元に頭を押しつけて丸くなった。信頼と安心に満ちた一連の動きに、ゼノは安らぐと同時に胸が痛んだ。

 ──ごめんよ。俺を親にしてしまうなんて、おまえも運がなかったよな。

 巻き込んでしまったことがつらい。だがその一方で、この幼い息子の存在が、大きな慰めとなっている。自分勝手な思いだが、いま、ここに、トアルがいてくれることがとてもありがたい。

 穏やかな寝息を聞きながら、ゼノは不幸な幸せをかみしめた。


 翌朝も充分な食事が与えられ、まもなく一行は拠点を後にした。

 深夜にも合流が続いていたらしく、白装束の数は昨夜の倍ほどにも増えていた。ここまでくると、彼らが何者なのか、むしろ知るのが怖い気もしてくる。

 ──とにかく、こいつらの望みをかなえよう。

 生き延びられる可能性があるとすれば、言われるとおりにして温情に期待するのが最善だと思われた。得体の知れない集団ではあるが、直接的な害意は感じられない。トアルが怖がっていないことも、その印象の正しさを裏付けている。

 ──俺の手に負える仕事だといいが。

 前日よりさらに険しい山道を、喘ぎ喘ぎ登っていくと、いきなり目の前が開けた。

 見渡すかぎりの荒れ地──。

 大昔に山火事か噴火でもあったのだろうか、草一本生えていない裸の土地が、はるか頂上まで続いている。ほとんどが根本で折れ、立ち枯れて炭か石のようになった木々。朽ちかけて散らばる、何のものともわからない白骨。その間を強い風が吹き抜けて、悲鳴に似た陰鬱な音を響かせる。あらゆるものが死に絶えた亡者の世界。

 その中を進む白装束の群れは、あまりにもここになじんで見えた。あるいはここは、彼らの故郷なのかもしれない。頂上に近づくにつれ、彼らの間に、小さな興奮ともいうべき空気が生まれ、さざ波のように広がりはじめる。

 むき出しの頂上に、大きな岩がそびえ立っていた。

 ゼノははじめ、彫刻か何かだと思った。

 岩の平たい面に、手足を広げた人のような形がぼんやり見える。絵よりも立体的な──浮き彫り──いや、もっと精緻で生々しい──。

 ──っ!

 その正体を把握したとたん、ゼノはこみあげた吐き気を慌ててこらえた。

 遺骸。

 むごたらしく岩に磔にされた、人型の遺骸だった。

 四肢を広げた格好で、手のひらと足の甲に、錆びた金属の杭のようなものを打ちつけられている。長い年月を経ているらしく、乾ききって石化しており、打ち込まれた杭や背後の岩と融合してしまっているようだ。さらにその胸の中央には、どうしてそんなことになったものか、とがった槍のような大岩が突き刺さり、背後の岩の裏まで貫通していた。

 そして遺骸の両脇には、巨大な翼の残骸らしきものが、襤褸切れのようになって垂れ下がっている。

 ──人じゃない……これは……魔物?

 声にならないざわめきとともに、白装束たちがいっせいにその場に跪いた。

 一様に首を垂れ、祈りを捧げているようだ。

 ──こいつらの、神なのか?

 傍らの一人が立ち上がり、ゼノを遺骸の前まで導いて、口枷をはずした。

 顎を動かしてほぐしながら、ゼノはしかたなく遺骸の様子を観察した。石化しているとはいえ、杭や岩に比べれば、本体のほうが明らかに脆そうだ。へたに触れば粉々になりかねない。

「これを……この遺体を、下ろすのか……?」

 なかば独り言のようにつぶやくと、案内した白装束が重々しくうなずいた。

 ──失敗したら、やっぱり殺される……よな。

 生きている体から異物を取り除くのは比較的容易だが、ぼろぼろの遺体を壊さないようにとなると勝手が違う。こんなふうに境界があいまいだと、手で触れても、はたしてはずすべきものを区別できるのか。自分の力の仕組みもよくわかっていないので、いまひとつ自信がない。

 だが、やるしかない。

「両手も自由にしてくれ。手をあてて集中しないと、遺体のほうがばらばらになってしまう」

 白装束はあっさり承諾し、ゼノの拘束を解いたばかりか、トアルの首輪まではずしてくれた。もっとも、これだけ多くの白装束に囲まれていては、逃げることなど不可能だ。楽にしてやるから仕事に専念しろということだろう。

 ゼノはしゃがんでトアルを抱きしめ、自分の気持ちを落ち着かせた。

 深呼吸をして立ち上がり、遺体の様子を子細に眺めて、どこから手をつけたらいいか検討する。

 ──まずは無難に、足からだな。

 すぐ近くで手元が確認しやすいし、杭が抜けて支えがなくなっても、全身が落ちることはない。

 左足を貫く杭だけに触れ、思い切って唱えた。

『ヒラケ』

 指先にあたる感触が頼りなく揺らいだかと思うと、杭は塵となって崩れ落ちた。風に吹き飛ばされ、たちまち散り散りに消えてしまう。足は背面の岩に癒着しているようで、いささかも動かなかった。杭の抜けた穴だけが、黒々と口を開けている。

 ──よ、よかった……うまくいった……。

 杭がそのままの形で抜けたら、あるいは足のほうが崩れていたかもしれない。幸いなことに、歳月によって杭も風化していたようだ。

 ゼノが安堵の吐息を漏らすのと同時に、白装束たちの間からも、どよめきのような息が漏れた。傍らに立っていた白装束が、ゼノの前で跪いた。どこかで見たような光景だ。

 初めて会ったときのユァンの様子を思い出し、こんな状況だというのに顔が緩みそうになった。おかげで気持ちもほぐれ、右足を解放するときには、もう少し大胆になっていた。

『ヒラケ』

 右足も成功した。

 問題はここからだ。全身が岩に貼りついているように見えるが、さすがに斜め上に伸ばされた腕は、杭がなくなったとたん落ちてくる可能性もある。

「手の杭をはずしたら、落ちるかもしれない。支えがほしい」

 数名が進み出て、跪いたまま両手をさしのべた。彼らの手から立ちのぼった白い光が、遺骸の全身を包み、炎のように揺れる。魔法の力で保定したということなのだろう。いい方法だ。損傷の心配がないし、作業の邪魔にもならない。

 ──あ。

 もう一つの問題に気づいた。磔にされた位置が高いため、ゼノが背伸びしても遺骸の手まで届かない。

 と、ゼノの体も白い光に包まれ、ふわりと浮き上がった。

 見れば、別の一団が、ゼノに向かって手を伸ばしている。不思議な感覚だが、踏み台よりずっと安定していて、宙に浮いたまま動くことに不安を覚えない。

 ──すごい。なんて便利な力なんだ。

 感動しながら遺骸の左手を解放すると、そのままひとりでに体が右手の前に移動した。すぐにそちらの杭も処理して、残すところ、胴体を穿つ巨大な岩のみとなる。

 ──さて。

 この岩をヒラいたら、どうなるのか。岩が動いて引き抜かれるのか、杭のようにこのまま分解されるのか。

 ──まあ、やってみればわかるな。

 ほんの少し前には死ぬほど緊張していたのに、四度の成功ですっかり気が楽になっていた。魔法による保持もしっかりしているし、もはや遺骸が崩れるとは思えない。

『ヒラケ』

 唱えた瞬間、晴れた空に雷鳴が轟いた。

 ──ええっ!?

 まさか、何かまずいことをしたか……と、ゼノは青ざめて立ち尽くした。

 たちまち空が掻き曇り、あたりは夜のように暗くなった。まばゆい稲妻が闇を切り裂き、迅雷が地震のように一帯を揺らす。

 地上に降ろされたゼノは、トアルに駆け寄ってかばうように抱きしめた。トアルもゼノにしがみつき、目を丸くして空を見上げた。

 どす黒い雲が上空で渦をなし、稲妻が幾筋も雨のように走った。光と音の騒乱がしだいに激しくなり、雲の渦の中心から、ひときわ強く太い雷光が放たれたかと思うと、岩もろとも遺骸に直撃した。

 ──……!!!

 その場にいる全員が息を詰めた。

 だが、遺骸も岩も、破壊されてはいなかった。

 きしむような不快な音が聞こえ、遺骸を縫いつけた岩の槍が細かく震えだした。

 じょじょに、じわじわと、岩が遺骸から抜けはじめる。

 あまりにも現実離れした光景だった。

 荒れ狂う嵐の山頂。突き立った岩に磔になった遺骸から、目に見えない何者かの手によって、岩の槍がゆっくり引き抜かれていく。

 神秘的というより、むしろ禍々しい。

 いったい何が起こっているのか、自分は何をヒラいたのか──思考が麻痺して、身動き一つできない。

 槍はとうとう完全に遺骸から離れた。

 その瞬間、まるで霧のように、岩の槍も、背後にあった岩の壁も掻き消えた。

 石化した遺骸だけが、圧倒的な存在感をもって宙に浮かんでいる。

 雷鳴が遠ざかり、こんどは激しい雨が降りはじめた。

 遺骸が動いたように見えてぎくりとしたが、見間違いではなかった。

 ひからびていた体が、雨に濡れて変化しつつあった。乾いた海綿が水を吸って膨らむように、肉が厚みを増し、皮膚に張りと弾力が生まれて、遺骸はゆっくり元の姿を取り戻そうとしていた。

 黒かった肌は白くなり、まばらだった髪は生えそろって銀色に輝いた。しおれていた翼は白い羽毛で覆われ、力強く優雅に広がった。

 雨がやみ、空がふたたび明るさを取り戻すと、そこには翼を生やした美しい女の姿があった。整った清楚な顔。すらりとしていながら起伏にとんだ肢体。手足の爪は赤子のそれのように真新しく、足の裏は一度も地面を踏んだことがないように瑞々しい。

 手の指がぴくりと動いたのを皮切りに、胸が静かに上下しはじめ、柔らかな唇が吐息を漏らした。

 やがて、銀色の睫毛に縁どられた目蓋がゆっくり開き、異質な銀色の目が現れた。

 その目の焦点が合うと同時に、全身から白い光が溢れ出し、四方に広げられていた手足が優美に閉じられる。

 光を陽炎のようにまとったまま、白い大きな翼をはためかせ、女は粛然と地に降り立った──。

 ふと見れば、白装束たちは一人残らず、倒れるように平伏している。

「人の子よ」

 厳かな声が響いた。

「よくぞ、このおぞましい呪いを解いてくれました。感謝します」

 だれも何も反応しない。しばらくしてようやくゼノは、自分が話しかけられているのだと気づいた。

「私は、月の神リテル様に仕える者──〈不死の月〉アルテーシュ。魔王の軍勢に敗れ、この地に永遠に囚われるという辱めを受けたのです。あなたのおかげで、今日、こうしてふたたび、自由の身になることができました」

「魔王……魔王って、ドム・ナ・パラージャ……?」

 思わずゼノがつぶやくと、アルテーシュと名乗った女はうなずいた。

「そうです。あなたは、あれを知っているのですか?」

「いや、話に聞いただけで……」

 衝撃が強すぎて、ゼノは呆けたまま答えた。

 理解が追いつかない。

 ──じゃあ、こいつは、本当に神の仲間? 魔王ドム・ナ・パラージャとの戦いに負けたって、つまり、その時代に生きていたってこと? 魔王の物語は、神話じゃなくて、本当にあった歴史……???

 聞かなければと思ったが、頭が真っ白で、何を聞きたいのかもわからなかった。

「申し訳ないが、人の子よ」

 ゼノが自分を取り戻すより先に、アルテーシュがふたたび口を開いた。

「私は蘇ったばかりで、まだ混乱し、疲れています。早急に休まなければなりません。この礼は、後日改めてさせてもらうとして……いま何か、この場で役に立てることはありますか?」

「あ、それなら」

 ゼノは渡りに船と飛びついた。

「この子と俺を、無事に帰してください。えーと……場所はわからないので、この山のふもとか、道があるところにでも──」

「わかりました。その願い、かなえましょう」

 そうアルテーシュが言った瞬間、ゼノはトアルとともに森の中に立っていた。

「──ふもと……。うん、まあ、平地ではあるよな」

 うっそうと茂る木々を見渡して、ゼノは溜め息をついた。


 歩いても歩いても森は終わらず、朦朧としたままゼノは惰性で足を動かしつづけた。

 先ほどのにわか雨でずぶ濡れになった衣服や髪が乾きはじめても、まだ先が見えない。それでも、正しい方向へ進んでいると確信できるのは、トアルのおかげだ。

「どっちへ行ったら早く森から出られるか、わかるか?」

 出発前、試しに聞いてみると、トアルは迷うことなく指さした。

「あっち」

 かくして数時間、ゼノはトアルとともに黙々と歩いている。

 ──とりあえず、歩けるだけ進むとして。いろいろどうしたものか。

 荷物は、カーネフに捕まったときになくしてしまった。水も食料もないが、昨夜も今朝も充分食べているので、しばらくはもつだろう。馬車で運ばれている間に寝てしまったが、途中で起こされなかったことからしても、それほど長距離を移動したわけではないと考えられる。大丈夫、死ぬ前に森から出られるはずだ。

 ──クレシュもユァンも、いまごろ探しているだろうな。

 どこへ飛ばされたにしても、二人のことだ、平気な顔で戻ってくるに違いない。合流するには、最後にいっしょだった宿場町へ行くのが最善だと思われるが、問題は自分たちがそこにたどり着けるかどうか……。

 ──うーん、町の名前も覚えてないしなあ。

 などと、とりとめなく考えていると、どこからか鳥のはばたく音が聞こえてきた。

 飛んできた一羽の烏が、近くの木の枝にとまって口を開いた。

「やっと見つけたわ、このヘンタイ勇者」

 忘れようにも忘れられない、鳥女ガレアの声だ。

「うわ、おまえ!? どうしてここに!?」

「ありがたいと思いなさい! バルデルト様に言われて、わざわざ探しに来てやったのよ!」

 よもや、彼女の罵声をうれしく思う日が来るとは思わなかった。

「あんた、ひどく臭うわよ! 何日体洗ってないのよ! しかもこってり光の魔力にまみれて! どうりで見つからないはずだわ!」

 言われてゼノは衣服の胸元を嗅いでみた。確かに汗臭い。隣でトアルも、自分の体を懸命に嗅いでいる。

「と、とにかく……来てくれてありがとう。本当に助かった」

 素直に礼を言うと、烏は意表を突かれたように首をのけぞらせた。

「……ふ、ふん! 礼ならバルデルト様に言うことね!」

「探してくれてたってことは、俺の仲間たちもいっしょなのか?」

「仲間? ああ、あのアバズレとケダモノのことね。いっしょじゃないけど、そろそろ、最後に行った宿に着くころじゃない?」

 予想どおり、クレシュとユァンも、罠のはられていたあの宿を目指しているらしい。

「そうか、それならよかった。……えーと、迷惑ついでに、その宿まで道案内してもらえると、さらにありがたいんだけど──」

「まったく、あんた本当にそれでも勇者なの? 甲斐性がないにもほどがあるわ。──安心なさい、バルデルト様がじきじきに送ってくださるそうよ」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ゼノの足元の影が水面のように揺れ、そこからバルデルトの頭がぬうっと生えた。

「ぎゃあ!!」

「うおおお!!」

 二人は同時に悲鳴を上げた。

 ゼノは純粋に驚いただけだったが、バルデルトは苦しそうに顔を歪めている。

「な、なんだ、その光は……」

 バルデルトはずるずると全身を抜き出すと、よろめいて手近の木の幹にもたれかかった。

「そなた……余を殺すつもりか……」

「え……?」

「ヘンタイ勇者、その光の魔力をなんとかしなさい! バルデルト様のお体に障るわ!」

「なんとかって……えーと」

 先ほども言われたが、光の魔力とは? 思い当たることといえば、白装束たちに魔法をかけられたせいか、あるいはアルテーシュとやらの近くにいたせいか。いずれにしても、ゼノ自身は何も感じないし、どうしたらいいのかさっぱりわからない。

「よい……余がなんとかする」

 バルデルトが呻き、ゼノの体を払うように長い袖を一閃させた。

「まあ! さすがですわ、バルデルト様」

 烏のガレアが感銘したように称賛したが、ゼノにはやはり、何がどうなったのかわからなかった。

「ともかく、これで連れていける」

 調子を取り戻した闇の王子が、両手を伸ばしてゼノとトアルの肩に触れた。

 その瞬間、三人の足場が柔らかく溶け、底なし沼のように沈みはじめる。

「ぎゃあああ! 待って! 何を──」

 泥のような闇に飲み込まれ、ゼノは最後まで言うことができなかった。

 ──まずい……息が、できな……。

 だが、窒息の恐怖にもがいたつぎの瞬間には、別の影から飛び出して床の上に倒れていた。

「……はあ……はあ……び、びっくりした……」

 顔を上げると、バルデルトとトアルが平然と立っている。

 ゼノは恥ずかしくなってそそくさと立ち上がり、周囲に目をやった。見覚えがあると思ったのも当然、カーネフの一味に取り囲まれていた、あの部屋だ。

 ──直行かよ。

 オリヴィオといい、アルテーシュといい、バルデルトといい……こうも簡単に移動させられると、自分の足で旅をする必要があるのかどうか、疑問に思えてくる。とくにオリヴィオの場合、鍵が取り出せないだけなら、自分を連れて各地をまわってくれればすむのではないだろうか。それとも、〈勇者〉は自分の足で歩かなければならない決まりでもあるとか……?

 浮かんだ小さな疑念をこねくりまわしていると、頭上でかすかな物音がした。

 ──カーネフ? いや、クレシュたち?

 トアルを見たが、警戒している様子はない。

 ──じゃあ、敵はいないな。

 安心して階段を上りはじめると、トアルとバルデルトもついてきた。

 細長い廊下の片側に、等間隔に扉が並んでいるが、突き当たりの扉だけ中途半端に開いている。

 ──あそこか。

 そこまで歩いて扉に手をかけたとたん、中からものすごい勢いで抱きつかれ、唇を重ねられた。

 と思ったら、もっとすごい勢いで突き飛ばされ、気づいたときには大の字に倒れていた。

「おにーさん、くさーい」

 鼻をつまみながら言ったクレシュの言葉が、胸のど真ん中に突き刺さる。

 ──ひどい……。

 心折れながら、ゼノははっと気づいて自分の唇に手をやった。

 ──いまのって……? え……?

 無事を喜んで、つい衝動的に行動しただけなのか。それとももう少し、違う意味がこめられていたのだろうか。

 だが、それについて深く考えるより先に、ゼノの鼻は不穏な異臭を捉えていた。

 錆びた鉄のような──生臭い匂い。

 それに混じって、排泄物のような悪臭もする。

 体を起こして部屋の中を見たゼノは、文字どおり絶句した。

 室内は血の海だった。

 気を失わなかったのは、ひとえに、そんな余裕もないほど衝撃が大きかったためだ。

 ある者は椅子に座ったまま、ある者はテーブルに突っ伏し、ある者は床に倒れ──全部で十人ほどの男たちが、一様に首を掻き切られて絶命している。

「わしらではないぞ」

 奥にいたおやじ姿のユァンが、憮然として言った。

「着いたときには、すでにこうなっておった」

 ユァンが、テーブルに伏せていた男の髪をつかんで持ち上げる。

「……っ!」

 ゼノは吐きそうになって手で口を押さえた。

 カーネフだった。

 濁った目を見開き、血まみれの顔に呆けたような表情を浮かべている。きっと、あっという間の出来事で、自分が死ぬこともわかっていなかったのだろう。

 テーブルの上には、金貨の入った袋が手つかずのまま置かれている。

 ──いったいだれが? 何のために?

 すぐに、白装束の不気味な姿が脳裏に浮かんだ。

 取り引きのあとで、口封じのためにやったのだろうか。それともまさか、自分たちの神を救った者への礼として、その敵を排除したということは──。

 ゼノはぶるっと身震いした。

 ──まさかな……いや、まさか……。

 もちろん自分だって、カーネフへの報復を考えなかったわけではない。だが、こんな結末は──。

 口封じでも警告でもなんでもいい。どうか、自分に対する報酬以外の理由であってほしい。

 カーネフの死に顔から目をそらせないまま、ゼノはそれだけを強く願った。

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