5-7

 元の進路に戻るため、最寄りの宿場町で一泊していくことになった。

 道々ゼノは、鳥女にさらわれてからの出来事や、闇の王子から聞いた話を伝えた。

「魔王と女神が恋仲とは、その王子とやらも、たいがい夢想家よのう」

「ユァンの一族には、そういう言い伝えはないのか?」

「ない。そもそも、太陽の女神の神話も、人族のうわさ話で耳にした程度じゃからのう」

「えっ、そうなのか? じゃあ、鍵を守っていたのはなんで?」

「印ある神に渡すためじゃ」

「……えーと、じゃあ、ユァンの一族にとって、神ってどんな存在?」

「〈異能の来訪者〉」

 ユァンはおごそかな口調で言った。

「無理に人族の言葉にすれば、そんな感じかのう」

「来訪者……」

 なるほど。それなら、ユァンがゼノのことを神と呼ぶのも納得できる。

「ってことは、天地を創造したり、人の運命を左右したり……そういうのとは違うんだ」

「そういう神もいるかもしれんが、そんなものと意思疎通できるとも思えん。つまり、いないも同然じゃ」

 理解できずに戸惑っていると、いつもの憐れむような目を向けられた。

「一方的にこちらを操るような存在に、個人のちっぽけな祈りが通じると思うか? そんなもの、ただそこにいるだけじゃ。天変地異と少しも変わらん」

「な、なるほど……」

 理解できたとはいえないが、言いたいことはなんとなくわかったような気がする。

「〈異能の来訪者〉は、我々の理の外にあるが、まれに訪れて何かしらの影響をもたらす。いってみれば、空気の入れ替えのようなものじゃな」

 ──つまり俺の存在は、まさしくユァンの気分転換ってことか。

 そこだけはものすごく納得できた。

「クレシュは? 勇者の道案内をしてるってことは、神殿側の神話を信じてる口か?」

 ゼノが話を振ると、クレシュはつまらなそうな顔で答えた。

「んー、あたしは興味ないなー。道案内は、一族の仕事だからしてるだけだしー。封印が失敗したらどうなるとか、実際のところはよくわかんないよねー。もしかしたらさー……結果とか関係なくて、この旅をくりかえすこと自体が目的なのかも……って、思うことはあるかなー」

 何も考えていないようでいて、クレシュはときどき奥の深い発言をする。

「旅をくりかえすことが目的──」

 口に出してみて、あながち間違いではないのかもしれないと、ゼノは唸った。オリヴィオは魔力増大の危険性について語っていたが、バルデルトとの会話を聞いた感じでは、以前から二種類の神話を知っていたと思われる。彼は、神話では語られていない何かに気づき、そのために動いているのではないだろうか。

「…………」

 考えているうちに眠くなってきた。

「疲れた……ふかふかの布団で、ぐっすり眠りたい」

「そうだねー。今日はちょっと奮発して、いい部屋とろうかー」

 ところが、町に着いてみると、あいている宿がなかった。

「申し訳ございません。あいにく満室でございまして」

「いや、今日はもういっぱいなんですよー」

「すみませんねえ。次回はぜひ」

 とくに賑わっているようにも見えないが、小さな町なので、間が悪いとこういうこともあるのだろう。諦めて野宿にするかと考え始めたころ、とある宿で別の宿を紹介してくれた。

「甥っ子が始めたばかりの宿があるんです。まだ改装中の部分もあるので、万全とはいきませんが、部屋ならあいていると思いますよ」

 教えてもらった宿を訪ねると、路地裏に面した目立たない立地で、いかにも客の入りが少なそうだ。これなら部屋もあるだろうと、期待して玄関に足を踏み入れたとたん、ゼノ以外の三人に緊張が走った。

 背後で扉が音を立てて閉まり、クレシュとユァンが光の柱に包まれたかと思うと、声を上げる間もなく消えた。

 気配もなく現れた男たちが、ゼノとトアルを取り囲み、退路をふさぐ。

「やあ、ゼノ」

 栗色の髪と口ひげの男が、いつぞやのように階段からこちらを見下ろしていた。

「カーネフ!?」

 故買屋のカーネフだった。カーネフはにやりと笑って言った。

「動くなよ。妙なまねをすれば、子供が怪我をするぞ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る