ヒューマノイド《異端児の追憶》

園山 ルベン

2003年3月22日 15時11分

 とても静かな午後だ。

 あの子たちは幼稚園の体験入園で、まだ帰ってきていない。


 パソコンで論文を書き終え、あとは印刷すればいいところまで来た。

 あの部長がメールやテキストファイルでは受け取ってくれないから、手で書類を持っていかなければいけない。面倒だ。


 印刷機の紙を補充していた頃、玄関のベルがなった。


 さっきまで座りっぱなしで、身体が軋む。でも放っておくわけにいかないだろう。何回もベルを鳴らしているのだから。


 玄関に降りて、扉を開けると同僚がいた。あと、髪を一部脱色している男がいる。


「遅いぞ、アルバーンAlbarn

優士ゆうしか。珍しいな。最近顔を見ないと思っていたが」

「不定期的にしか研究所に来ないお前には言われたくなかった」


 なんだ、この貶し合いは。


「それより、後ろの男は誰だ?」


 優士は振り向いて、彼の肩を持つ。


「彼はグァルディーニGuardini。僕の、新しい同僚というところかな」

「はじめまして」


 同僚? やけに肉体労働者という見てくれだが。

 彼が手を差し伸べるので、一応は握手に応じるが、その手の握り方が強いのなんの。


「なんだ優士、お前、研究所辞めるのか?」

「いや、当面は副業さ。それで、折り入って話がある。中に入ってもいいか?」


 普通、俺が「中に入れ」と言うところだとは思うが、あいにく研究者というのはコミュニケーションが苦手なところがある。少しの失礼は見逃しとかないと、話が進まない。


 リビングにまで2人を入れてやると、優士は座ることもなく話を切り出した。


「実は、今新しいビジネスを始めているんだ。内容は、お前が昔論文にしていた、GeM-Huジェミューの開発と生産だよ」


 は? GeM-Huの生産?

 遺伝子組み換えヒューマノイドの話を盛り返したのか。


「お前、どういうビジョンを掲げている? まさか人体実験でもするつもりか? 子どもたちが産まれるとして、誰が産むんだよ」

「いやいや、iアイマトリクスを使う」

「あの人工子宮か」


 あれは出生率が悪すぎるし、産まれてくる子どもたちにとってもよくない。


「まさか、研究はもう始まっているのか?」

「そこなんだよ。受精卵を作るだけで、大金が飛んでいく。だから、お前に来てもらいたいんだ」


 話が見えてきた。

 この鈴谷すずや優士という男は、GeM-Huの研究に手を出したが行き詰まり、誰かスポンサーに手を切られそうになっている訳だな。

 だが、答えなんか決まっている。


「断る。だいたい、もうGeM-Huに手はつけないって決めたんだよ」

「今更か?」


 優士の「今更」という言葉に、つい怒鳴りたくなった。

 なぜ足を洗ったかを、こいつは理解していない。


「お前にはわからんだろうが、あれは不自然で生命に対して失礼な行為だ。だからもう関わりたくない」


 優士に対して声を荒らげないよう、落ち着こうと努力して話していた。だがその後ろで、グァルディーニが妙なものを懐から取り出していた。


「おい、その拳銃はなんだ?」

「スミソンというやつさ。パイソンのバレルにコンバット・マグナムのフレームを組み合わせた、特注品さ」


 誰が拳銃の種類なんか聞いた。馬鹿か。


「早くそれをしまえ。優士、もしかして俺を脅すつもりか?」


 優士は馬鹿にしたような顔で、グァルディーニの後ろに下がる。つまり、何がなんでも俺が研究チームに加わって欲しいのだろう。


「あのなあ、俺を殺したら意味がないんじゃないか? 俺という人材が欲しいんだろ?」

「それくらい、考えないと思うか? 天才さん」


 銃を向けるグァルディーニの奥で、優士が携帯電話を取り出す。


「今、家族はどこにいると思う?」


 そう告げた優士は、どこかに電話をかけようとする。


「おい、そういうのは最後まで取っとくんだよ!」

「いや、早めに決着をつけたい」


 グァルディーニの静止を聞かず、優士は電話のダイヤルを押す。


「ダンたちが、人質ということか?」

「さすが、勘がいいな」


 嫌な予感はいつも当たる。

 優士が、腐っているということも分かった。


 人の価値が分からない奴には、こうすることが一番効果的だろうと、思いつく。


「電話はしなくていい。答えが出た」


 俺は拳銃の銃身を掴み、銃口を俺の額に当てる。

 グァルディーニは、暴発を避けるためだろう、指を引き金の後ろに入れた。


「何をやっている!!」


 今更優士の言うことなど、知ったこっちゃない。


「おら、何をビビってる? さっさと引き金を引けよ」


 ダンや、特にいぶきには悪いが、彼女たちを守れるなら、死んでやる!


 優士が何とかしようとして近づいてくるのに、グァルディーニがものすごい剣幕で怒鳴りつける。


「近づくな!! 暴発すればこいつの頭がなくなるぞ!」


 なくなっちまえばいいさ。こんな死神なんか、死ねばいいのさ。


「おい腰抜け、てめえがまいた種だ、どうするつもりだ?」


 目に見えて狼狽する優士は、出る答えも的外れだ。


「分かった、お前の家族に手は出さない、だから——」


 阿呆。これから優士が何か俺に交渉する度に家族が危険な目に会うなら、俺はもう腹を決めた。


「もう交渉に乗るつもりもない。グァルディーニ、引き金を引けよ。お前が引かねえなら——」


 俺は空いている手でグァルディーニの手を取り、親指を引き金にかけた。そして、目一杯押す。


「お前、死にたいのか!?」

「ああ、こうなるなら最初から死んでおけばよかったさ」


 優士が、真っ青な顔で俺たちを見つめているが、多分、心配しているのは——。


「こっちのほうがいいか?」


 銃身を握っていた手を離し、その銃口を咥えた。

 脳幹を撃ち抜かれて、生きていられるはずがない。

 もちろん経験者はいないだろうが、銃口を脳幹に向けるように頭を動かす。

 グァルディーニが空いていた右手で俺の額を押して、無理やりに銃を抜こうとする。

 対して俺は、両手で目一杯引き金を押している。グァルディーニの手が熱を帯びているが分かる。


 こういう、大事な時に余計なことを考えるのが俺の悪い癖だ。

 昔の俺なら、家族を失うことに、ここまで必死に抵抗しただろうか。慣れっこだったじゃないか。

 だが、やはり——。



 グァルディーニは何を思ったのか、さっきまで額を押していた手を退けた。

 そして、「ちょっと待て」と一言告げ、指を引き金の後ろから抜いた。


「悪かったな、邪魔して。行ってこい」


 引き金は思ったより軽かった。

 そして、衝撃とともに、俺の意識は消え失せた。

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