異世界レビューRADIO 第7回(オールエリアフリー)

 今日は気合入れていこう。いや、いつも手を抜いてるわけじゃないんだけど。


 「11月19日、土曜日。時刻は23時を回りました。こんばんは、若松太市です。お聴きの放送局はKITA-FMです。『異世界レビューRADIO』、今夜も23時30分まで中倉駅前第一門司ビル8階のKITA-FMラジオブースから生放送でお送りします」


 プロデューサーの安部山さんとは何度も協議させてもらった。いい加減、人型の話ができるゲストを呼んでくれ、と。


 化物対応の特殊勤務手当を出してやろうかと脅したところ、安部山さんが折れた。そうして迎えた第7回のゲストは、人だった。


 「この番組、いろんな方がSNSで話題にしてくれて嬉しい限りなんですけど、キーワードが不穏なんですよね。第6回のゾンビさんは殺してませんからね!ていうか最初から死んでますから!気になる方は『異世界レビューRADIO』公式アカウントに写真をアップしているのでぜひ見て下さい」


 さて、と一区切りつけて台本を滑らかに読んでいく。


 「この番組では異世界からのゲストさんを毎回お迎えして、お悩みや抱負、異世界のトレンドや若松に挑戦してほしいことをお聞きします。早速、本日のゲストを紹介しましょう。宿屋の娘ことチハヤさんです!」


 アクリル板越しに座っている赤毛の三つ編みが特徴的な少女がマイクの前で口をパクパクさせる。


 「ここ、こんばんは!ドルーワスぺス城下町北区の宿屋で働いてます、チハヤです。よろしくお願いします!」


 「よろしくお願いします。最初はドキドキすると思いますけど、この番組で緊張するのは取り越し苦労なのでくつろいで下さいね」


 番組が始まる前に雑談を重ねて緊張を解したつもりだったが、多少は仕方ない。その辺はフォローしていこう。


 異世界人が相手とはいえ、今までのゲストが特殊過ぎたせいか、今の俺は仏さながらの寛容さで仕事できそうだった。


 「正直、今までのゲストさんが異世界色100%だったので、チハヤさんみたいな方としっかり会話できるのは安心しかないですね」


 「そ、そんな全然です!私も上手くお話しできるかどうか……」


 「上手く話す必要はないんです。この番組ね、もう6回くらいやってるんですけど会話が成立した回は1回くらいしかありませんから」


 俺は台本を捲り、マイクに声を拾わせる。


 「今回は事前アンケート形式で、我々からチハヤさんにいくつか質問させてもらっています。回答を聞くのは我々も初めてですが、準備はオッケーですか?」


 「はい……!しっかり読ませていただきました!」


 「ありがとうございます。ではCMの後にいろいろお聞きしたいと思います。それでは本日の異世界レビューRADIOもレッツゴー!」


 CMの間もチハヤさんはカチコチだった。俺は「不安なことでもありますか?」と努めて優しく声をかける。彼女は若干泣きそうな顔で告白した。


 「……私、事前アンケートの回答を書いた紙、宿屋に忘れてしまいました」


 ああ、何だ。そんなことか。俺は念のため準備していた事前アンケートの用紙をチハヤさんに渡す。彼女の顔がパァっと明るくなった。


 「ありがとうございます!迷惑かけてしまってごめんなさい!」


 「迷惑だなんてとんでもない。生放送中に何かあっても助けますから安心して下さい」


 良い娘だなあ。どうせ阿部山さんのことだから、こういうマトモなゲストは画にならないなんて言ってゲスト候補から弾いてたんだろうな。


 CMが終わる直前、チハヤさんは再び絶望的な顔でアンケート用紙を凝視していた。どうしたんだろう、と思ったが生放送に突入してしまう。


 「お送りしております『異世界レビューRADIO』。本日は宿屋の娘ことチハヤさんをお迎えしています。チハヤさんには事前アンケートに答えてもらっているので、1つずつお聞きしていきたいと思います」


 俺がチハヤさんに視線を移すと、彼女に首をブンブン振られた。え、何?


 「何だか目の前のチハヤさんが僕に向かって勢いよく首を振っているんですが……チハヤさん、どうしました?」


 「アンケート用紙の文字が読めません!」


 「おっと。実はチハヤさん、事前準備してくれていた回答用紙を異世界に忘れてきてしまったみたいなんです。大丈夫ですよ、チハヤさん。口頭で質問するので、3秒以内に答えてくれればラジオ的にオッケーですから」


 「さ、3秒⁉」


 「冗談です。思い出したことをポツポツ教えてくれたら十分ですよ。リラックスしていきましょう」


 チハヤさんが「冗談かぁ」と心底安心したように胸を撫で下ろしている。適度にからかいつつ、彼女のペースに合わせつつ、尺を気にしつつ進めていこう。


 「最初の質問、めっちゃ難しいから覚悟して下さいよ……」


 「ワカマツさんの顔が怖い!」


 「じゃあまずは、チハヤさんが働く宿の魅力を教えて下さい!」


 チハヤさんが目を丸くして固まる。俺がマイクに手を当ててから「チハヤさん、大丈夫?」と声をかけた。彼女はハッとなって恥ずかしそうに笑った。


 「全然難しくなくて安心しました……。えっと、宿の魅力ですか?そうですね、治安の良さだと思います。いろんな職業の方がこられますから、上下関係みたいなものもあって。でも、皆さん大人しく、安全に宿を利用してくれています」


 「へぇ。じゃあ治安の悪い宿もあるんですね」


 「大半は荒れてます。あ、悪いことをするわけじゃないんですよ?宿の中でバトルしたり、外で決闘して宿の壁に穴が開いたり、そんな感じです。でも、うちの宿の前でそんなことはありませんし、みんな静かに利用してくれるので助かってます」


 「高校の昼休みみたいだな……」


 「たまに宿の物品を盗む方もいますが、私の働く宿では一切なくなりました」


 「凄い治安の良さ!そういうところなら素人の僕なんかでも安心して泊まれそうです。では、次の質問!」


 台本を捲ってからチハヤをチラリと見る。彼女の表情も冒頭に比べればかなり解れてきた。良い傾向だ。


 「宿で働いていて、困っていることを教えて下さい!」


 「困ってること……従業員が少ないことでしょうか。宿泊してくれる方はいるんですけど、ずっと人手不足で」


 「本当にピンチなときはどうするんです?」


 「懇意にしてくれる旅人さんに手伝ってもらってます。みんな大人しく仕事してくれて、本当に助かってるんです!」


 「チハヤさんの人徳なんですかねぇ。周りの方に支えられて、大変なときも乗り越えているわけですね!」


 かなりスムーズに話せているんじゃないか?最初のアクシデントも良い着火剤になった気がする。


 「さらに質問したいんですが、チハヤさんは最初から宿屋で働いていたんですか?」


 チハヤはすっかりリラックスしており、笑顔で答えてくれた。


 「いえ、最初は旅人でした!」


 「へぇ、意外ですね。職業は何をしていたんです?魔法使いとか賢者とか?」


 衣裳がとても可愛らしく似合いそうだ、と思って口にした職業だが、空気が一変する。


 チハヤさんの口元が引きつり、「はい?」と低い声が漏れた。


 あ、まずい。やらかしたかもしれない。


 俺は声を若干高めて、全力の笑顔で応じる。


 「チハヤさんのイメージ的にその辺かなーって思っただけです。実際はどんな職業で?」


 「魔法戦士です。魔法使いや賢者といった後方支援の職業には関心ありませんので」


 「戦士!ギャップですね……ちなみに武器は何を使っていたんです?」


 「ムチですが何か」


 ヤバい、声が冷え切っている。何かのスイッチを踏んでしまったのか。ていうか魔法戦士でムチ使いって何か怖い!


 チハヤさんは陰のある笑みを浮かべる。


 「ちなみに称号はムチの女神でした」


 「それは何というか……痛そうですね」


 嫌な予感がしてきた。元魔法戦士でムチ使いのエキスパートだったチハヤさんが、宿屋に転職している。異世界の宿屋は基本的に荒れていて、盗難被害も少なくない。でも、彼女の働く宿屋でそんな様子はないという。


 「チハヤさんはどうして宿屋の娘に転職されたんですか?」


 「ドルマン帝国軍のドラゴンを討伐したタイミングで、宿屋の管理人に宿の用心棒を頼まれて。本当は面倒だったんですけど、報酬も弾んだので仕方なく」


 「で、宿周りの治安は安定した、と」


 「宿でバトルする連中はムチで痛めつけました。反撃してくる集団も全員、マジックパワー枯渇させて回復不能、戦闘不能にして追い出しました。宿の外で決闘する連中も全員、潰しました。ついでに全員の弱みを情報屋に漁らせて掴んだので、人手が足りないときに手伝わせています」


 「人手不足の理由はご存知です?」


 「知りませんよそんなの。今、宿で働いているのは実質私だけになりましたから」


 闇が深すぎる!みんな、チハヤさんを恐れて逃げちゃってるよ!


 宿屋の娘が孤高の支配者だと判明したところで、俺は明るい声で台本を読んだ。


 「宿屋の娘さんのリアルなお仕事生活をいろいろお聞きできたところで、本日の異世界レビューRADIOも終了の時間が近づいてきました。番組では引き続き、感想や若松に対する質問、呼んでほしいゲストの希望なんかを募っているので、投稿フォームやSNSからコメントいただけると嬉しいです!それじゃ、バイバイ!」


 番組が終了し、長い息を吐く。ほんわか回で終わると思っていたのに。俺が起爆スイッチを踏んでしまったばかりに、また暗黒回を作ってしまった。


 チハヤさんは立ち上がり、笑顔でお辞儀する。


 「今日はありがとうございました!とっても楽しかったです!」


 「ああ……俺もいろいろ実情が分かって忘れられない回になりました」


*****


 ゲストが異世界に帰った後のラジオブースで、俺はマッちゃんと缶コーヒーを飲んでいた。


 「最近の俺、ゲストに圧倒されまくってると思いません?」


 「ごめんけど、私たち最初から振り回されてるよ」


 違いねえな。俺たち、こんな感じで給料貰ってて良いのか。

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