異世界レビューRADIO 第6回(オールエリアフリー)
「11月12日、土曜日。時刻は23時を回りました。お聴きの放送局はKITA-FMです。こんばんは、若松太市です。『異世界レビューRADIO』、今夜も23時30分まで中倉駅前第一門司ビル8階のKITA-FMラジオブースから生放送でお送りします」
俺はオープニングサウンドに合わせてマイクに言葉を吹き込む。アクリル板越しにいるゾンビの挙動から一切目を逸らさぬまま。
「10月半ばくらいから気温が落ち着いてきて、すっかり秋ですねー。皆さんにとって秋といえば何が浮かぶでしょうか?僕は旅行かな。隣町に名所があって、住宅街のど真ん中に温泉があるんですよ。今度行きたいなぁ。え、ゲストとロケで?温泉の管理人さんに訴訟起こされたらまずいんで止めておきましょうか!」
ディレクターのマッちゃんがイヤホン越しに『ゾンビさんにも後で聞いてみて』と促してくるので黙殺した。どうせ食欲の秋だろ。
「CMを挟んで今夜のゲストに登場いただきます。では、本日の異世界レビューRADIOもレッツゴー!」
ふうと息を吐き、ゾンビの抉れた頬を見る。次いで、所在の知れぬ左目の空洞や土気色の肌、ダークグリーンの薄い髪、麻布のヨレたシャツとオーソドックスな見た目だ。
何より、俺を見つめる右目がギラギラしていてヤバい。コイツはヤバい。ハーピーの奇声を浴びる空間に放り込まれた方がずっとマシだ。
プロデューサーの安部山さんには何度も変えてくれと懇願した。でも「この番組で一緒に売れまショ!」と強引にはぐらかされた。
CMが終わり、番組で起用するBGMと共に言葉を発する。
「23時からお送りしています『異世界レビューRADIO』、今夜のゲストはゾンビさんです!」
ゾンビがグルルと低く呻き、アクリル板に手のひらをベタリとつける。安部山さん!ラジオなんだから、せめて会話できる奴呼んでくれ!
「ゾンビといえばゲームや映画といったエンタテイメントでホラー要素の強い印象ですよね。僕も最初は『怖いし話通じるかな』と不安だったんですが、今は『怖いし話通じそうにないな!』と全力で震えています。リスナーの皆さん、『KITA-FM』でパンデミックが起きたらごめん。プロデューサーのせいだから!」
プロ意識で、辛うじて声の震えは堪えている。ゲストに気圧されては仕事にならない。
ゾンビの手のひらは大小様々な傷でいっぱいだった。長い爪に血腫や黒い肉片みたいなものがこびりついていて、ちょっと泣きそうになった。
台本に書いてある事前質問をゾンビにぶつけてみる。
「以前、魔王がゲストにこられたとき、ゾンビさんの8割はダルマン帝国軍で勤務されているとお聞きしました。残り2割の方は何をしているんでしょうか?」
「ウォォウゥ……」
分かるか畜生!こうなったら想像を膨らませて無理やり納得していくしかない。
「ウォー?ああ、戦争ですか!傭兵みたいな感じなんですね!ちなみにレーションは美味しいです?」
「ノォォゥゥン」
「え?あっ、分かった。脳ですね!倒した敵の脳みそを食べている、と!」
「ノォォォォオォ!」
「違うの⁉︎じゃあ……ペットフード?」
「ノォォォオオォォォォン!」
ゾンビは椅子の上に立ち上がり、両手でアクリル板を掴む。まさか倒して覆い被さってくる気じゃ、と身構えた。するとゾンビはアクリル板に噛みついた。
「ゾンビさん落ち着いて!気を悪くしたなら謝ります!」
「ムミィィイィイ」
「アクリル板だからね!味はしないよね!」
マッちゃんの声がイヤホン越しに届く。
『ゾンビの脳天チョップしたら大人しくなるらしいよ』
どこ情報だよそれ。でも、ゲームとか漫画とかもゾンビの急所って脳天だった気がする。一か八かだ。
「ゾンビさん落ち着いて!」
俺は手刀を掲げ、ゾンビの脳天に躊躇せず振り下ろした。ヌチャァ、という感触が手に伝わって反射的に「うわぁ」と呟いてしまう。
ゾンビは「ア、ガァァ」と低い声で呻いて動きを止めた。今がチャンスだ。
「さて、ゾンビさんも落ち着いたところで気を取り直して次の質問を……」
だが、アクシデントは止まらなかった。
硬直していたゾンビの首が、ぼとりと。俺の目の前に落ちた。眼下から俺を見つめるゾンビの左目は、ほぼゼロ距離で見てもやっぱり空洞だった。
「う、うぉうっと」
絶叫を理性で食い止めた。脈拍が爆発的な速度で脳に届き、意識を持って行かれそうになる。気絶しちゃダメだ気絶しちゃダメだ気絶しちゃダメだ。
マッちゃんが悲痛な声で俺に呼びかける。
『白目剥かないで!とにかく喋って!』
おいふざけんなこっちはゾンビにトドメ刺しちゃって気が狂いそうなんだよ、と声を張り上げそうになって必死に我慢する。
ふう、と息を吐いた俺は喉に仕事のオーダーを出した。
「ウ、ウウウゥ」
さっきのゾンビっぽいだろうか。だが評価など構っていられない。俺はゾンビ役と若松太市役の並行作業を始めた。
「おやおやゾンビさん、落ち着いたみたいで安心しました!でもアクリル板を食べるのはもう勘弁して下さいね」
「オォォオッケ」
「今回初めてゾンビさんにお会いしたんですけど、やっぱり迫力が段違いですよ。リスナーの皆さん、想像してみて下さい。アクリル板越しに腹を空かせたマジモンのゾンビが荒い息を吐きながら僕と向き合ってるんです。なんかね、自分の命は間違いなく宿ってるんだっていう気持ちになります。ひとまず後で記念写真撮っても良いです?」
「お、オッケケケ」
「ありがとうございます!もちろんアクリル板越しで!」
もはや茶番だった。
自分で投げた質問に自分で答え、自分のリアクションを自分で回収する。リスナーの皆さんには申し訳ない気持ちでいっぱいになった。日曜の23時という微妙な時間を割いてくれているのに、ヤラセ100%にしてしまってホントごめん。なんか俺、ゾンビ殺しちゃったみたい。
「……というわけで、第6回の『異世界レビューRADIO』はいかがだったでしょうか?みんなもゾンビさんが気になるだろうから、後でツイッターに記念写真アップします。ぜひ見てほしいな!それじゃ、バイバイ!」
*****
俺とマッちゃんは、ラジオブースに立ち込める腐臭とゾンビの亡骸を前に鼻を摘まんでいた。マッちゃんはジト目で俺を見る。
「まさか残骸とツーショットするわけじゃないよね?」
「もちろん再生させますよ!頭を首の上に置いてアロンアルファつけておけばバレませんって」
「ツイッターのコメント見た?一部の人に若干バレてるよ」
マジかよ。急いで公式ツイッターのタグを検索すると、先ほどの生放送を聴いてくれたリスナーのコメントが引っかかる。『途中からゾンビの声変わった?』『なんか急に聞き分け良くなっててワロタ』などの感想がチラホラ見えた。
俺はテーブルに転がったゾンビの頭を睨みつける。
「尚更、画像アップしなきゃじゃないですか。このままだと第6回が『暗黒回』って呼ばれかねないっすよ」
「若松くんには非常に申し訳ないんだけど、この番組は全て暗黒回だよ」
それもそうだな。今さらだったわ。
とりあえず、局内の別室から空気洗浄機を2台拝借した。俺とマッちゃんはビニール手袋を装備してゾンビのメイキング作業を始める。首元にありったけのアロンアルファをつけて頭をはめたら、意外といけた。こいつ、前世はプラモデルだった説。
俺たちは一刻も早くゾンビから離れたかった。ゾンビに無理やりピースさせて、笑顔の俺と合わせて写真を撮ってもらう。マッちゃんは「はいはい今アップするね」と光の速さで公式アカウントに写真を投稿した。
ようやく終わった。いったいこの番組は、どこを目指しているんだ。きっと答えは企画したプロデューサーの安部山さんだって知らないんだろう。
マッちゃんがゾンビを見つめながらポツリと呟いた。
「くたばったゾンビって異世界に帰れるのかな」
そんなの、現実に生きる俺が知るわけないんだよなぁ。
俺はマッちゃんの死んだ魚みたいな目を覗き込む。
「ゲームとか漫画とかで、くたばったゾンビって勝手に形を失くして消滅しません?そいつも自然回帰を求めてるんじゃないです?」
マッちゃんは「それだ」と指を鳴らして粗大ごみ用のゴミ袋を取りに行った。ゲストを屠るラジオって何だよ。完全に裏稼業じゃん。
ツイッターでは案の定、第6回の何気ない違和感や不自然さを指摘され、『ベスト不穏回』として盛り上がった。仕事としては成功に近いけど、何だかなあという心地で溜め息を吐く。
社員通用口を出たところで警察に職務質問なんて勘弁してくれよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます