夜行図書館(入館)

 最近、シゴトが好調だ。千鳥真墨は噄途市のターミナル駅・中倉駅前のペデストリアンデッキで、今月の成果を脳内計算した。


 月初めに密輸組織の依頼で、市内有数の資産家から300万円相当の価値を持つトランジスタラジオをくすねた。中旬には知人の頼みで魔法少女のステッキを探した。結局見つけられなかったが、手数料として知人に20万円吹っかけたところ上手くいった。


 「生活費を差し引いても十分に借金返済に充てられるじゃんか。いよいよオレにも運が向いてきたっつーわけか!」


 千鳥は行き交う通行人を眺めた。23時前の駅前はまだまだ喧噪に溢れている。


 正面のベンチで、男たちが女の子集団にナンパしていた。自然な足取りで男たちに近づくと、その直前でわざとフラついてスキンヘッド男にぶつかる。


 「いてっ。あ、すみません」


 スキンヘッド男が眉間に皺を寄せ、千鳥を見下ろす。


 「あ?何してんのあんた」


 「す、すみません。ちょっとふらついてしまって」


 ヘコヘコする千鳥の肩を、スキンヘッド男が軽く突き飛ばす。痩身の千鳥は「うわっ」と後ずさり、尻餅をついた。スキンヘッド男が「失せろ」と手のひらで追い払う仕草をする。千鳥は起き上がり、何度も頭を下げながらその場を後にした。


 階段を降りる最中、スキンヘッド男の財布を握りしめてほくそ笑む。


 「尻ポケットに財布なんか入れている方が馬鹿なわけじゃんか」


 近頃、千鳥にシゴトがよく回ってくるようになった。同業者の中では知名度も実績も性格も冴えないが、結果さえ出せば次に繋がる。


 千鳥は自分の強みを、『相手にするまでもない』と他人に思わせる見た目のひ弱さと、それを活かした演技力だと考えていた。加えて、気配のなさもシゴトに役立っている。


 就職しても人間関係が上手くいかず、すぐに退職してしまった。親には「仕事を続けている」と嘘を吐いて短期バイトで食い繋いだが、ついに生活が困窮した。


 一攫千金と称してパチンコやスロットに夢を見たのがトドメだった。借金で首が回らなくなった千鳥は、ヤクザの子飼いとしてシゴト人生活を続けている。


 駅から伸びる大通りを歩く。後ろからスキンヘッド男が追いかけてくる様子もない。影の薄さがコンプレックスだったが、自分の生きる術として役立つなら結果オーライだ。


 右手の小路に入り、駅前アーケード街をくねくねと練り歩いて閑静な住宅街に出る。すると、道沿いの公園内に駐車する特殊車両を見つけた。


 「移動図書館?懐かしいじゃんか」


 トラックを改造した大型車両の両脇がテントのように開き、本棚になっている。バンの真横にレジャーシートが敷かれ、そこにも本が積まれていた。


 移動図書館といえば、図書館から離れた地域の住民のために、日中の公園を移動しているイメージがある。市が23時に移動図書館のコースを設定しているとは知らなかった。


 あるいは、民間の移動図書館なのかもしれない。そういうものが条例で認められるかどうかは知らないが、千鳥は舌なめずりする。


 「民間なら、マニアックな本とかレアな本とかも置いてあるんじゃないんか?」


 何冊か回収して売り飛ばしたところで気づきはしない。千鳥は公園に足を踏み入れる。


 大型車両の両脇に暖色系のライトが点いており、本棚を照らしていた。物色目的で眺めていたが、そのラインナップに思わず唸ってしまう。


 「オレ好みの本がけっこう多いじゃんか」


 学生時代は推理小説やSF小説を好んでいた。今は慢性的な生活苦で書籍など全く手に取れない。本の背を指の腹で撫でながら目でタイトルを追っていると、後ろから肩を叩かれた。


 「おぉん!おっおっ、ふぅう」


 変な声が漏れて、思わず口元を抑える。他人に感知される機会があまりないので、肩を叩かれることに慣れていない。


 振り返って、今度は「ぬわぁぁん!」と気色の悪い悲鳴を上げてしまった。


 目の前にいたのは、フクロウの被り物をしたスーツ姿の男だった。被り物にしては、かなり精巧で本物ではないかと千鳥は目を凝らす。長身で、体つきも大柄だ。


 フクロウの被り物をした男が、くぐもった声と共にお辞儀する。


 「驚かせてしまい、申し訳ございません。これは被り物ですのでご安心下さい。夜行図書館を担当している烏丸と申します。本館は23時30分までの運行となっておりますので、ご了承下さい」


 「は、はあ」


 フクロウの被り物のことを聞いて良いのか分からず、千鳥は本棚に視線を戻す。少なくとも、市の職員ではないことだけは分かった。


 先程から眺めている限り、絶版になっていたり貴重な作家の小説だったりするものは見当たらない。だが、千鳥の好みを凝縮したようなレパートリーに思わず読書欲を駆り立てられる。


 千鳥は余所行きの自分を表面にまとい、烏丸に声をかけた。


 「すみません、本の貸し出しは有料でしょうか?」


 「いえ。無料で貸し出しております。期間は2週間でございます」


 言葉に合わせて嘴がときどき開閉する。低音で深めのダンディボイスだ。


 閉館まで5分のところで、借りることを決めた。SF小説を2冊手に取り、トランクから車内に入る。両脇は本棚なので、運転席のカウンターまでは一本道だ。


 烏丸はバーコードリーダーを本のそれに当てながら言葉を発する。


 「本はお好きでございますか」


 「ええ、まあ。最近はめっきり読まなくなりましたが。自分の趣味に合うラインナップで、選ぶのに悩みました」


 「気に入っていただけて何よりです。読了されたか、途中で返却されたい場合は23時にこの公園へお越し下さい。いつでもお待ちしておりますので」


 見た目は強烈だが、紳士的な態度だった。千鳥は2冊を受け取り、会釈して外に出る。


 シゴトを始めた反動から、挙動不審が今までよりも増した上に吐き癖がついた。いつか精神的に慣れると考えていた千鳥だが、一向に改善する気配がない。


 読書は心のパロメーターだ。読書意欲の有無で自分の気分を客観視できる。


 読書を通して、自分の調子を意識する習慣がつけられれば、ストレスの軽減に繋がるかもしれない。


 公園の外に出て、何となく振り返る。夜行図書館は一瞬で跡形もなく消え去っていた。


  千鳥は2冊の小説を強めに掴み、形として残っていることを確かめた。


*****


 夜行図書館で借りた2冊は、4日で読み終えた。千鳥は現アルバイト先である豊中大学の学生食堂スタッフ控室で、SF小説をそっと閉じた。フルタイムではないので、時間だけは有り余っている。


 今のところ、シゴトは入っていない。依頼はブローカーからメールで送られてくる。


 ブローカーは依頼内容の難易度とシゴト人の練度、地理的要素などを考慮して依頼先を選ぶので、実働側としてはあまり期待していない。


 「今日辺り、公園に行ってみようじゃんか」


 17時に退勤し、帰宅途中に中倉駅前のペデストリアンデッキでチャラいサラリーマンの財布を回収し、アパートに帰る。


 アラームを設定してから煎餅布団に寝転がっていると、一瞬で眠りにつけた。


 けたたましい音で強制的に意識を掘り起こされ、iPhoneのホーム画面を見る。23時ちょうどだった。


 千鳥は着の身着のまま、小説だけ持って公園へ走った。肩で息をしながら、中央に停まる夜行図書館を見て安堵する。


 返却ついでに何冊か借りることにした。先日、次に借りたい候補を何冊か見つけていた。


 だが、ラインナップを見て首を傾げる。


 今日は青春小説や純文学小説のタイトルで埋め尽くされている。


 確かに、アルバイト先で大学生を見ていて『青春ものも読みたいな』と考えていたので、千鳥は弾んだ気持ちで3冊ほど見繕った。


 トランクから上がり、カウンターに行くと烏丸がお辞儀した。


 「こんばんは。返却と貸し出しでございますね」


 「はい。今日はSF小説じゃないんですね。ちょうど読みたい本があったので嬉しいですけど」


 「ええ。もしかするとそんな気分ではないかと思いまして」


 「凄い、エスパーみたいだ」


 千鳥が目を丸くすると、烏丸もフクロウの目をくりくりさせた。


 3回目以降も、烏丸は千鳥の読みたいジャンルをピンポイントで当てて、本棚に並べてきた。千鳥は30分間で頭をフル回転させ、本を選び出す。その時間が心地よかった。


 6回目の貸し出しで、千鳥は烏丸に質問した。


 「かなりの蔵書数ですが、本当に無料で大丈夫ですか?趣味でされているんですよね?」


 「趣味3割、生活のために7割といったところでしょうか。妻と息子がおりまして、食わせてやらねばなりませんので」


 「夜行図書館は利益を生み出しているんですか?」


 「ええ、もちろんです。家族を養うための大切な仕事でございます」


 烏丸は本物と見紛うほどのフクロウ面で首を傾げてみせた。首元も毛で覆われており、人肌は全く見えない。両手は常に白手をつけているが、ちゃんと5本指だ。


 二言三言会話して、公園を出る。SFから始まり、青春・純文学、ミステリー、警察小説、群像劇、エッセイときた。


 明日はシゴトをしに行く。7回目の訪問はいつになるか分からないが、利用者として役に立てているなら嬉しい限りだ。近頃、読書という趣味のおかげで嘔吐する時間を消すことができている。


 いよいよ後戻りできないクズの人生らしくなってきたな、と千鳥は思わず苦笑した。

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