王さまとしか

つーお.tzt

王さまとしか

 山々が盛んに緑に染まる頃のことでございます。

 その国の王さまは、大層狩りが好きでしたので、その日もお供の家来を連れて、深い深い山へと入っていきました。

 数刻ほど経つと、王さまは家来とはぐれてしまいました。

 深い山のことです。帰り道はすっかり分かりません。

「まったく、けしからんことだ。」と王さまはぷりぷりと怒りました。

 そうして、あても無く幾ばくか歩くと、水面がまるで宝石のようにきらきらと輝くみずうみへと辿り着いたのです。

「ほんとうに美しいみずうみだ。どれ、ここでひとつ休むことにしよう。なあに、太陽はまだ天の真ん中にあるのだ」と王さまはいい、みずうみの水を一口飲むと、ごろりと横になりました。

 王さまがうつらうつらといい気分でおりますと、ふいに茂みから一頭の立派なしかが、ゆっくりと出てきました。

 王さまはおどろきましたが、すぐに、しかに帰り道を教えてもらおうと考えました。

「しかよ、しかよ。この私に街に帰れる道を教えておくれ」と、王さまはいいました。

 しかは、その長石のような目で王さまをまっすぐに見すえると、

「王さま、わたくしは半月ほど前、つがいを亡くしております。王さま、あなたにころされたのです」といいました。

 王さまは、それを聞いて、半月ほど前にした狩りのことを思い出しました。

「王さま、わたくしはあなたが憎うございます。しかし、おきてに従い、命までは取らないでおいてあげましょう。」と、しかはいいました。

「そうか、それはありがたい。ほんとうにすまないことをした」と、王さまはいいました。

「みずうみの水をお飲みになりましたもの。許して差し上げましょう。」としかはいい、霧が晴れるようにふっと、王さまの目の前から消えてしまいました。

 王さまは体を起こすと、今のことを夢だと思いました。そうして、みずうみの水をもう一口飲もうと水面をのぞきこみ、大変おどろきました。

 そこには、一頭の立派なしかが映っていたのでした。

 緑の峰がかんかんと燃えるような季節のできごとでありました。

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