136作品目

Rinora

01話

「おはよう、池羽君」

「おはよう」


 山下静葉しずはさん――彼女が自分の席の方に移動をしてからはぁと溜め息をついた、向こうからしたら普通のことをしているだけだが朝から心臓に悪い。

 ただ、人のことを好きになるというのもいいことばかりではないなと分かっていても捨てられないでいる。


「おはようございますっ」

「おはよう、はは、船木さんはいつでも元気でいいね」

「そりゃそうですよ、船木莉音りおんはいつでも元気なんです」


 毎日来てくれるのもあって落ち着かなくなった心臓を船木さんと話すことでなんとかするというのが常のことだった。

 利用するみたいで申し訳ないがそのタイミングで来るから仕方がない、嫌ならずらしてもらうしかなかった。


「好きな人と一緒に過ごさないんですか? いまは一人でいるみたいですけど」

「自分からは行けないよ」

「情けないですねぇ、そんなのじゃ違う男の子に取られてしまいますよ」


 たかが話すぐらいで心臓に負担をかけるぐらいなら取られてしまった方がマシなのかもしれないなんて弱気な考えになるときもある、が、結局いいところばかりを見て諦めきれていないのが現状だった。


「ちょっと廊下に行こう」

「え、私を人気のない廊下に連れて行ってどうするつもりですかっ?」

「はいはい、行こう」

「付き合ってくださいよ~」


 それに朝でも早い時間というわけではないから人気がないということはない、絶対に誰かは通るから不安になることはないだろう。


「前も聞いたと思うんですけどあの人のどこが好きなんですか?」

「髪が長いところとか、笑顔が可愛いところとか、誰かのために動けるところとか、声が可愛いところとかかな」


 ちなみに会話をしたことがないのに好きになったとかそういうことではない、ある程度は一緒に過ごしてその中で山下さんがいいなと思ったのだ。

 断じて変なことはしていない、だから仮にあの子の近くにイケメンなんかが現れても乱れずに済む。


「うわぁ……」

「船木さんは男の子のどういうところを好きになるの?」

「私だったらやっぱり優しくしてくれるところですかね」

「まあ、やっぱりそこが大きいよね」


 壁に背を預けてぼうっとしていると「こんなところでなにをしているの?」といきなり話しかけられて転びそうになった……。


「め、珍しいね、グループの子達と話さなくていいの?」

「お腹が空いちゃってこっそりこれを食べるために出てきたんだ、あの子達にはしーだよ?」

「あ、うん」


 な、なんでそれをいちいち僕に言うのか、こういうところがもう本当にね……。

 多分、側にいる彼女は分かったと思う、山下さんが去った後に「露骨でしたね」などと言われて笑われそうだ。


「おはよう」

「おはようございます」

「船木さんはやっぱり可愛いね」

「そうですか? ありがとうございます」


 彼女は誰が相手でもにこにこと笑みを浮かべて相手をすることができてすごいとしか言いようがなかった、つまり年下の子でもできていることを年上である僕にはできないから情けないという話になる。


「そんな船木さんにはコーラ味の飴を、池羽君にはソーダ味の飴をあげるよ」

「はは、駄菓子屋さんですか?」


 駄菓子屋さんが好きで誘われたことがあった、情けなくても断るような人間ではないから付いて行ったが沢山買っていて驚いたな。

 安いとはいっても個数が増えていけば普通のお菓子を買うぐらいにはお金がかかるから大胆だななんて感想を抱いたときのことをよく覚えている。


「私、大好きだから結構ストックしてあるんだよ、でも、一人で食べるよりも友達と食べられた方が嬉しいから貰ってくれるとありがたいな」

「ありがとうございます、それなら食べさせてもらいます」

「ありがとう」

「うん、あと私達は朝から食べちゃうやばーい仲間だからね、ふふふ」


 こういう茶目っ気があるところにも惹かれてついつい顔を見てしまう、で、毎回山下さんに「なにかついてる?」と聞かれてしまうまでがワンセット……って、十分やばいことをしていたよ……。


「でもさ、船木さんはあの教室にも普通に入れるんだからあそこで話せばいいのに、廊下だと寂しいでしょ?」

「池羽先輩に無理やり連れ出されました」

「あー、後輩の女の子を廊下に連れて行ってなにをしようとしていたんだっ」

「た、ただ話そうと思っただけだよ……」


 た、質が悪い、基本的にこの二人は似ているから相手をするのが大変になる。


「はははっ、分かっているけどね、池羽君が酷いことをしたりする人じゃないって分かっているもん」


 分かっているということを二回も連続して言われると逆に分かられていないような気分になるのは好意を抱いてしまっているからだ。

 なんてことはないことでいちいち引っかかっていたらスタート地点にも立てやしない、残念ながらもう負けてしまっているような……。


「所謂草食系なんですよ」

「うーん、そういうのとはまた違った感じがするんだけどなぁ」

「でも、肉食系というわけでもないですよね?」

「そうだね、それは断言できるよ」


 断言された僕は虚しくなって逃げ……ることはせず、ただ黙って二人を見ていることにした。




「先輩先輩っ、パフェを食べに行きましょうよっ」

「パフェ? あ、ファミレスとかで食べられるのかな?」

「いえいえ、ちゃんと本格的なお店を知っていますからっ、暇なら可愛い後輩に付き合ってください」

「いいよ、じゃあ行こうか」


 甘い物に関しては僕も弱いから誘ってもらえるのはありがたかった、が、教室から出る前に異性と楽しそうに話している山下さんを見てうぐっとなった。


「いらっしゃいませー」


 空いていてよかった、待ち時間が発生すると表に出して駄目になるからそうだ。

 案内された席に座って少しだけぼうっとしていると「私はこれにします」と、一瞬過ぎて一気に意識を持っていかれた。


「私としてはこのノーマルなやつをおすすめします、それで交換をしましょう」

「それならご飯を頼もうかな、ちょっと船木さんにもあげるよ」

「な、なんだと……?」

「本当にちょっとだけどね、半分とかはケチだからあげられないよ」


 さっさと決めて注文を済ます、終わってからは目の前の彼女に意識を向けた。

 ファミレスなんだねとぶつけると「今回だけですけどね」とあくまで余裕な様子、でも、そのままじっと見ていたら「そ、そんな目で見ないでくださいよ」と。


「先輩、私を太らせてどうするつもりなんですか」

「船木さんは細いから大丈夫だよ」

「あのですね、太らないように努力をしているんですよ? なかなか大変なんですよ運動は」


 食べるために運動をするなんてことはしたことがないからどういう感じなのかは分からない、ただ、努力をできることがすごいと思う。

 こっちは努力という努力をできていないからそういうことになる。


「その努力を見せないのが格好いいね」

「い、いや、だって別に見せるようなものじゃないですからね、それに見られたくもありませんよ」


 料理が運ばれてきて結局やりやすいから半分は大丈夫なゾーンを作ったが、気になるから先に食べてもらうことにした。

「え、えっと……」と珍しく微妙な感じではあったがすぐに食べてくれたから冷めてしまっていた~なんてことにはならなかった。


「美味しい、なにより作らなくていいのが楽でいいよ」

「あの……」

「急がせちゃってごめん、お皿とかがあったらよかったんだけどああいう形で食べてもらうしかなかったからさ」

「いえ、そうではなくて……あ」


 でかいのかどうなのかが分かりづらいパフェが運ばれてきたから強制的に終わらせられたのはいいことだ、あのまま続けてもずっと同じことを話すだけで終わっていたから本当にそうなる。


「あーん」

「いいよ、これだけでも十分満足できたから」


 多く食べられる人が羨ましい、少食だと美味しいご飯を諦めなければならなくなるからそうだ。

 お鍋とかそういうときに悔しいことになる、とはいえ、食べられるように作業的に胃に食べ物を突っ込むというのはしたくないというわがままな自分もいるから多分一生克服することができない。


「後悔しても知りませんからね? 私、五分以上過ぎた場合の文句は聞きませんからね」

「狙わないよ」


 食べ終えたら目のやり場に困って結局外を見ておくことになった。

 色々な人が歩いていて見ていて飽きないが、向こうからも見えてしまうわけだからときどき目が合いそうになって気まずかった。


「なっ」

「な、なんですか?」

「あ、いや、なんでもないよ」


 山下さんだけではなかったものの、複数の男の子といたから気になっただけだ。

 二人きりではなくてよかった、そんなところを見てしまったら……。


「ああ、そういうことですか」

「さて、船木さんも食べ終わったみたいだからお会計を済ませて帰ろう」


 ドリンクバーなんかを頼んだ場合にはそこからこの席が見えてしまうから早く帰ってしまった方がいい……ではなく、食べ終えたのであれば帰るべきだ。

 長くいても特にメリットはないし、仮にいられても迷惑をかけてしまうわけだから間違いなくそうした方がいい。


「山下先輩達が入ってきましたよ?」

「うっ、お、お金を渡すからお会計をお願いしてもいいかな?」

「まあ、別にいいですけどねー」


 さささーっと出て、


「あれ、池羽君だ」


 出て、


「本当だ」


 ……一発で山下さんに見つかったということならともかくとして、その友達に見つかってしまったのがなんだかなぁという感じだった。

 なんかすっきりしない、見つかった時点でそうはなれないのだとしてもまだ山下さんであってくれればなんて考えてしまう。


「先輩、もう払いましたよ」

「か、帰ろうか」

「えぇ、船木さんに任せちゃったの?」

「こ、今回だけだよ、それじゃあ……」


 ファミレスからそう離れていない場所で終わった! と小さく叫んだ。


「別にいまのぐらいで変わったりしませんよ」

「女の子ならねっ、でも、僕の場合は違うからっ」

「落ち着いてください」


 彼女の言う通りだ、行動をする度に無様なところを晒していることになるのだから気をつけなければならない。


「きょ、今日はありがとう、楽しかったよ」

「はい、それではこれで」


 途中からは何故か彼女からも冷たさが感じられて駄目だった……。





「見つけたっ、見つけたよ池羽君っ」

「よかったね」


 頼まれて動いていたが役に立てなかった役立たずは帰ることにする。

 急いで帰っても特に意味はないものの、なにもできていないのに残っているよりはいいだろうと判断してのことだ。

 もちろん挨拶はしてから出たから山下さんからしたらいきなり消えたというわけではない、流石にそんなに迷惑をかけるようなやり方を選んだりはしなかった。


「はぁ、上手くいかないなぁ、せっかく頼んでくれたのに見つけたのは結局本人だったしさぁ」


 探していた場所がアホだった、三十分ぐらいは余裕があったのに気づけないなんてどうかしている。


「嫌がらずに動いてもらえたことが嬉しいと思いますけどね」

「僕だったらそうだけど、山下さんが同じように思っているとはちょっとね……」

「マイナス思考先輩ですねぇ」


 というかいたのか、今日は朝も来ていなかったから放課後もさっさと帰ったと片付けていたのだが――って、見られていたということか、なんか凄く恥ずかしい。


「ちょっと付いてきてください、いい景色でも見て普段通りに戻ってください」

「それもいいかもね、少なくとも家で一人でいるよりは船木さんと一緒にいられた方がいいよ」


 ここか、彼女がやたらと気に入っている場所で聞いてもいないのに教えてくれた場所だった。

 そこまで高い場所というわけではないから体力がいるわけではないし、すぐに帰ることができるのもいい。


「丁度帰ろうとしたときに解散の流れになったので助かりましたよ」

「全部見られていたわけじゃなくてよかったよ、見られていたら泣いていたよ」

「先輩は泣かないじゃないですか、私なんてもう三回ぐらいは泣いているところを見られましたけどね」


 一回目は小学校の卒業式、二回目は中学校の卒業式、三回目は……いつだろう。


「よしよし、先輩はちゃんとできていましたよ」

「はは、最後だけしか見られていないのに分かるの?」

「分かりますよ、頼まれて先輩がどうするのかなんて分からないわけがないじゃないですか」

「それぐらい一緒にいるってことか」

「そうですよ、まあ、女の子が困っているときばかりに動くのはどうかと思いますけどね」


 残念ながら山下さんのためか彼女のためにしか動けたことがない、聖人というわけではないから体力を消費したくなくて席に張り付いてしまっている。

 だから山下さんの友達の男の子がちゃんと動けているところを見るとその度に敗北感が、でも、変に動いても云々と考えて大人しくしているしかないのが常のことだった。


「わっ」

「ありがとう、船木さんのおかげで元気になったよ」


 彼女の存在がありがたい、僕も相手が欲しい言葉を吐けるような、相手がしてもらいたいと思っていることをできるような人間になりたかった。

 結構な期間は一緒にいるわけだから彼女に対してはできる可能性がある、一人で空回るわけにはいかないからここぞというときになにかをしてあげたいところだ。


「だからって手を掴むのはどうかと……」

「優しい子の優しい手に触れたかったんだ」

「うわぁ、なんか……うん、気持ち悪いです」


 少し残念だったのは特になにも感じなかったことだ、それだけ勝手に内側で差を作ってしまっているということだから褒められたことではない。


「帰ろうか、家まで送るよ」

「お願いします」


 家まで送って家に向かって歩き出したところで「待ったっ」と山下さんが目の前に現れた。


「山下さんの家はあっちでしょ? なんでこんなところに……」

「池羽君がすぐに帰ったりするからだよ、はい、これを渡したくて待っていたの」


 船木さんと過ごしていなければここを通ることはなかったわけで、分かられてしまっていて複雑だった。

 ただ、連絡先を交換しているわけではないから仕方がないという見方もできる、それに高確率で家まで送っているわけだから彼女のやり方が一番いいと思う。


「駄菓子か、中々駄菓子屋さんには行かないからありがたいよ」

「手伝ってくれてありがとう、嬉しかったよ」

「うん、見つかってよかった、本当は僕が見つけたかったけどね」


 いいところを見せたかった、でも、なんらかの形でカウントされていて最初から無理だったのだろうと考えている。

 あくまで友達として見ていて、友達が困っているからという理由で動いていたのであれば変わっていた。


「はは、そっか」

「うん、あ、じゃあこれで」

「うん、また明日ね」


 今度こそ家に向かって一人で歩いて、家に着いたらすぐにご飯作りを開始した。

 仮にお金が沢山あったのだとしたら毎日ように自炊をせずに外食の力に頼っていたことだろうな、一人なら尚更そういうことになる。


「もしもし? うん、いまご飯を作って食べているところだよ、え? いやいや、誘えるわけがないでしょ家になんか」


 急に電話をかけてきては意味不明――いや、無茶なことを言ってくるから困ってしまう、誰だってそんなことができるのであればこうして苦労はしていないよねという話だ。


「ああもう切るから、僕なら元気だから心配しないでよ、じゃあね」


 いやまだ船木さんなら分かるが山下さんを家に誘えなどと言うから本当に困る。

 まあ、離れているのと息子とその相手がどうなのかなんて全て把握しているわけではないから仕方がないか、こういうことが話せるぐらい仲がいいということをよく捉えておけばいい。


「はい――あ、もしかしてお父さんに頼まれたの?」

「そうだよ、まあ親としては普通だろ」


 この人は父の後輩の亮介りょうすけさんだ、優しいのか優しくないのかがよく分からない人だと言える。

 でも、父に言われて大人しく言うことを聞いているということは父に対しては分かりやすいのかなと、いきなり床で寝転んでいる彼を見てそう内で呟いた。


「おい友、誘えるわけがないでしょは弱気な発言過ぎるだろ」

「だって女の子をだよ? 僕しかいないこんな狭い家に誘えないでしょ」

「なら俺がいてやろうか?」


 いや優しいか、ただそんなことになったらその瞬間に完全に敗北が決まるからできないよ。


「そうしたら多分亮介さんに食いつくよ、女の子なんてイケメンを見たらあっさりと影響を受けちゃうんだから」

「それは偏見だろ、友みたいな人間を好きになる子だっているだろ」

「そうだったらいまさっきみたいな弱気な発言はしないよ……」


 この話は終わりにして彼のためのご飯を作ることにした。

 会話相手になってくれるからこれぐらいのことは当然だ、それにちゃんと食べてくれるうえに「美味いぞ」と言ってもらえるからそれを期待してのことでもあったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る