第4話 長い一日

 学校から飛び出し先程の生徒が絡まれている場所へと向かった二人だったが、思いの外入り組んでいた道に翻弄され、迷ってしまっていた。上から見たことで方角はわかっているがすぐに行き止まりに突き当たってしまう。

 急がないといけないとわかっているが中々辿り着けない。


 「このままじゃ間に合わない。かと言って闇雲に行ってもどんどん離れていくだけだ。どうする……」


 焦りを抱えながらも表裏ひょうりは冷静に考える。このあたりの路地は見通しが悪い。そのため、目的地までへの道がはっきりとしない。一つ一つ見て行くのではあの生徒がガラの悪い奴らの餌食になってしまうだけだ。

 周囲をよく見て右か左かどちらから行くべきか表裏が悩んでいると、後ろからついて来ていた掬央きくおがスプーンを懐から取り出して力を込めるかのように唸り始めた。


 「はあああ!今だ!」


 そして掬央は叫んだのとは裏腹にそっとスプーンを持ち手を下にして立てるように置いた。当然上手く立つわけもなくぱたんと倒れてしまうが掬央は満足気にそれを見ていた。


 「よし俺たちは右に行くべきだ」


 「今の流れでどうしてそうなる!?」


 迷いもなく道を決めて進んでいく掬央に表裏が問いかける。そんな表裏の態度に掬央は仕方がないとでも言うようにやれやれと首を振った。呆れたような表情も相まって非常に腹立たしい動きであった。

 ここでいがみ合っても時間の無駄だとわかっている表裏は堪えながら話を聞いた。


 「見ればわかるだろ。これは進むべき道をスプーンが倒れる方向で占ったんだ。心配するな。俺は道に迷う度にこの方法で切り抜けてきた」


 「どこに安心できる要素があるんだよ。運任せじゃねえか」


 「舐めるなよ。この占いは的中率百パーセントと言ってもいい精度を誇る。そういうわけで、とにかく行くぞ!」


 掬央があまりにも自信満々に言うので表裏はひとまず掬央の言う通りにしてみることにした。

 選んだ道を駆けていく。少しの間進んでいくと周囲に変化が現れた。コンクリートだった地面が土になり、元々暗く感じたのがより薄暗くなった。さらに、じめじめとしたカビが生えているであろう空気がその場所の陰気さを助長していた。先には広い空間があって鬱蒼とした植物に飲み込まれた古びた館も見えた。

 明らかにハズレであった。

 表裏が掬央の方を見るも掬央は顔を逸らし目を合わせようとしない。時間がないことと、この場所の不気味さもあって二人はそそくさと来た道を引き返した。全くもって時間の無駄であった。


 「何が的中率百パーセントだ。二分の一も外してんじゃねえか!」


 「あの道がハズレだと知ることができたんだ。つまり、正解へと導いてくれたと言える。これは百発百中と言えるのでは……!」


 「言えるわけないだろ。信頼ゼロだ」


 そうやって戻って、違う道を進んだ二人であったが進んだ先にも分かれ道があり、足を止めていた。

 さっきのように違う道を選んでいたら時間がかかりすぎてしまう。しかし、正しい道がわかるわけでもない。ならばと思い表裏は掬央に言う。


 「このままじゃいつまで経っても辿り着けない。二人で手分けして探すぞ」


 「ああ、その方がいいな」


 表裏の提案に掬央も同意し、二人は別々に探すことになった。

 手当たり次第に走って探す表裏。二手に分かれたことで探すことができる範囲が倍になったので、それを活かそうと目につくところから向かっていく。

 すると、人の声が表裏の耳に届いた。その方向に向かっていくと、徐々にはっきりと聞き取れるようになった。その声は少し距離があっても聞こえるような穏やかではなさそうな怒鳴り声であった。

 屋上から見たときからあまり状況は変わってはいないようであった。絡まれた生徒は不良生徒の剣幕に怯えているが、暴力を振るわれたような形跡はなかった。

 表裏はひとまずほっと一息ついた。ここに来るまでに散々迷ってしまい、時間がかかったので間に合わなかったのではないのかと思っていたのだ。


 どうやって助けようかと改めて相手を陰から観察する。絡んでいるガラの悪い生徒は五人ほどで囲むように恫喝していた。そのため、連れ出して逃げることは難しく思えた。だからといって、正面からどうにかしようにも表裏自身も同様に囲まれてしまうことは明らかであった。

 そうやって表裏が頭を悩ませていると動きがあった。


 「俺たちは別に暴力を振るいたいってわけじゃないんだ。ただ一つ困ってるからよお、助けてくんねえかってこと」


 「助けるって……僕は何をすればいいんですか?」


 か細く震えた声で絡まれた生徒が尋ねる。少し離れた場所にいる表裏からでもその生徒が感じている恐怖が伝わってきた。

 その様子に気を良くしたのか不良はニタニタと笑いながら続ける。


 「生活してると色々お金って必要になるわけよ。けどさ、俺たちさ忙しいってわけよ。バイトする暇もないぐらい。だから少しお金を貸して欲しいなって声をかけたんだよ」


 どうして絡まれているのだろうと表裏は思っていたが、理由がわかった。ただの金目的、カツアゲであった。絡まれた生徒は完全にただのとばっちりであり、不幸な生徒であることもわかった。


 「お金を渡せば……許してくれるんですか?」


 「許すも何も俺たちは怒ってないって。ただ、お金を恵んでくれるのなら感謝はするかもな」


 身体をよりいっそう震わせた生徒は自身が抱き抱えていた鞄を漁って財布を取り出した。そして、正面に立つ不良に躊躇いながらも解放されるために渡そうとした。その表情は苦しさに堪えるようなひどく辛そうなものであった。


 不良の手に財布が渡る直前、表裏は不良たちの前へと身を投げた。

 表裏にはろくな考えも何もなかった。思わず飛び出してしまったのだ。

 人が来たことに気づいた不良たちは表裏に目を向けた。そして、同じ制服を着ていることから助けに来たのかと警戒する。しかし、表裏の他に誰もいないことを確認すると一転して威圧的に言った。


 「なんだなんだ、こっちは今取り込み中なんだ、どっか行ってろ」


 そして、もう興味が失せたと言わんばかりに怯えた生徒の方を向いた。

 不良たちに囲まれている怯えた生徒も誰かが来たことに気づき、表裏の方を見ていた。しかし、こちらもたった一人であるとわかった瞬間がっかりした様子を見せた。


 表裏が乱入したことによって中断されたお金の無心会は不良たちが取るに足らないと判断したことによって再開した。

 確かに、表裏は今は一人であるため多勢に無勢であるがここで見捨てることも表裏にはできなかった。

 表裏は不良たちに向かって堂々と歩く。

 それに気づいた不良たちは怪訝な様子であったが表裏が止まる気配がないのを見て嘲笑する。


 「おいおいなんですか、ヒーロー気取りってわけか。ヒーローなら俺たち五人の喧嘩を買ってくださ〜い」


 不良たちまであと数歩という場所まで来たところで表裏は立ち止まった。そして、強く眼前を見据え、怯えた生徒と目を合わせて力強く頷いた。

 一度大きく息を吸い、表裏は走り出して不良たちとの距離をつめ、叫んだ。


 「全力で買ってやろうじゃねえかあああ!」


 一番近くにいた不良に向かって表裏は思いっきり腕を振りかぶった。まさか、いきなり殴りかかってくるとは思わなかったようで不良は、目を瞑り、顔を腕で覆って衝撃に備えようとしていた。

 そこで表裏はとっておきの行動を実行した。

 ––––表裏は両手の上に紙の束を置いて見事な土下座を決めた。

 襲ってくるはずの痛みが一向に来なかったことを訝しんだようで不良が目を開け、前を見てきょろきょろとあたりを見回していた。そして、周囲の目線が下を向いているため、それを辿ったようで下を見て心底訳がわからないといった様子で声をあげた。


 「な、なんだお前。何がしたいんだよ」


 「見ての通りでございます。喧嘩を買ったのです。なので、暴力は無しでお願いします。どうかお許しを!」


 文字通り喧嘩を買ったのだという表裏に不良はあれだけ威勢よく啖呵を切っていたのにわけがわからないというように眉をひそめた。

 しかし、表裏が手に持ったものを見て不良は意識を切り替えたようだった。元々の獲物よりも多く手に入れることができると考えたのだろう。怯えた生徒を囲っていた他の不良たちも集まってきて、紙の束を表裏の手から奪い取った。

 不良たちが思わぬ形で手に入ったものに鼻息荒く集まっている間に、表裏は興味が失われたため解放された生徒の側にこっそりと近づく。緊張が解けたからか力が抜けたように腰を下ろして呆けていた。

 表裏が近づいてきたことに気づいた生徒が驚いたように身体を震わせると、大きな声で何かを言おうとしたので表裏は慌てて人差し指を立てて、静かにというジェスチャーをした。


 「いいんですか?あんな大金を僕なんかのために……」


 表裏の意図を汲み取り、生徒は小さな声で言った。そこには、解放された安堵と自分のせいでという申し訳なさが含まれていた。

 そんな生徒の表情を見た表裏は首を小さく横に振り、後悔など微塵も感じさせない様子で言う。


 「良いよ気にしなくて。悪いのはあいつらなんだし」


 せっかく助けたのに暗い顔のままでは意味がないというように表裏は笑顔を見せて生徒を元気づけた。

 そして、不良たちの方をもう一度チラリと見ると再び表裏は言う。


 「よし、あいつらが夢中になっているうちに早く逃げるぞ」


 表裏は腰が抜けて座り込んでいた生徒に手を伸ばし、立ち上がらせてそのまま一緒にこっそり走り出した。

 いきなりのことであったので足がもつれて表裏に引っ張られる形になった生徒であったが、なんとか体勢を持ち直して表裏の後を追う。


 「急に走り出してどうしたの?僕たちはもうあの人たちの眼中にないみたいだし……」


 少し息を乱しながら生徒は表裏に問う。不良たちは自分達にもう興味がないし、急ぐ必要はないのではないのかと生徒は困惑した様子を見せる。それに、急に走り出したりしたら余計に目をつけられてしまうのではないのかとも危惧も含まれているようだった。


 「まだ終わってないぞ。あいつらもすぐに気づくだろうし」


 「気づくって一体何に?」


 表裏の言ったことに対して生徒がその真意を問う。そして、表裏がそれに答えようとした瞬間、距離を取った二人からでも十分に聞こえるような不良たちの怒号が聞こえた。


 「騙しやがったなあのガキっ!!どこに行きやがった!許さねぇ!」


 先ほどの比ではないほどの剣幕で怒りを露わにしている不良たちを見て生徒は怯えてしまう。何があったのだろうと表裏の方を見ると、表裏はニヤニヤと悪どい笑みを浮かべながら再び走る準備をしながら言った。


 「お、気づかれたな。急いで逃げるぞ!」


 「ま、まって!何をしたの?あんなに怒るなんて」


 「何ってそりゃ騙しただけだ」


 「騙すって……いつ。あっ、もしかして、あの紙の束はお金じゃなくて……」


 「一学生があんな大金持ってるわけないだろ。それっぽい紙だよ。まあ、そもそも持ってたとしてもあんな奴らに素直に渡すわけないけどな!」


 表裏の言葉を聞いた後、生徒は不良たちの方を見た。不良たちは完全に頭に血が登っているようで他の何も目に入っていないような勢いで二人に向かってきていた。

 表裏だけではなく自身にも怒りの矛先が向けられていることを悟った生徒は思わず震え上がってしまう。

 そんな足が竦んで動くことができない生徒に向かって表裏は再び手を伸ばした。


 「ほら行くぞ!」


 「う、うんっ!」


 そして、それを生徒がしっかりと掴み、二人同時に駆け出した。


 「待て!このやろう!てめえら俺たちを舐めやがって!」


 「うるせえ!お前らみたいな奴らにはそれくらいがお似合いだ!」


 不良たちが二人の後ろから飛ばしてくる罵倒に表裏が言い返しながら二人は細く入り組んだ路地を進んでいく。

 しかし、いかつい見た目通りに不良たちも中々に足が速く完全に撒くことができずにいた。さらに、この路地には行き止まりも多くあり、進む道を間違えてしまうとあっという間に追い詰められてしまう。

 そのため、道を慎重に選びながら進む必要があるので、その時間もかかってしまっていた。


 そして、徐々に距離を詰められてしまい焦りが募っていく中、表裏は走っている最中に目についたもの–––積み上げられた箱など–––を片っ端から道を塞ぐように倒していった。

 これで、少しは距離を稼ぐことができると二人が思っていると不良たちのいる二人の背後から轟音が聞こえてきた。

 二人が思わず後ろを振り返るとそこにあったはずの障害物がなく、バラバラに破壊されていた。


 「こんなもんで俺たちから逃げれると思ったのかよお。俺たちの不自然アンナチュラルにかかればこんなの障害にもならねえよ」


 不良のその口ぶりから彼らが不自然アンナチュラルを使ったのだと理解した表裏は舌を鳴らす。障害物があっても関係ないと言わんばかりの不良たちの様子に表裏はより状況が悪くなったと感じたのだ。


 不自然アンナチュラルを使うことに躊躇がない不良たちの追跡が段々派手なものなっていく中、妨害はあまり効果がないと悟った二人は懸命に走る。

 とりあえず、学校の方に向かえばどうにかなると二人は思い、建物の隙間からたまに見える大きな校舎を目指して進む。

 しかし、そのように正しい道を考える余裕もなくなってしまった二人がそう上手く辿り着けるわけもなく、行き止まりへと差し掛かってしまった。


 そこは周囲を他の建物に囲まれていて、遮蔽物も

何もない場所であった。

 そのため、二人は隠れることも出来なかった。そして、そのまま不良たちと相対することになってしまった。

 不良たちが近づいてくるのに合わせて二人もじりじりと後ずさるが、行き場がなく背中に壁がついてしまう。


 「おいおい、もう逃げなくていいのかよ?鬼ごっこはもう終わりか〜」


 不良たちがへらへらと二人を嘲笑する。表裏は一度唇を噛んで周囲を見た。そして、大きく息を吸って、自身が持つ鞄の中に手を突っ込んだ。そうして、財布を取り出すと不良たちに差し出した。


 「それだよ、それ。最初からそうしてれば俺たちだってこんな苦労せずに済んだのになあ」


 諦めたように項垂れた表裏の手から財布を奪った不良は上機嫌でそう言った。


 「これに免じて許してやるよ」


 その言葉に生徒がほっと息を吐く。もうこれで終わったのだと思い、生徒は肩の力を抜いたが、不良がさらに続けた言葉で状況がまた変わる。


 「何て言うとでも思ったのか!!許すわけねぇだろ!俺の能力を食らって立つことができたら許してやるよ!」


 そう言ってすぐそばにいる表裏に悪辣な表情を向けた。その光景を見た生徒の頭にさっき道を塞いでいたものを吹き飛ばした不良の姿が浮かんだようで顔色を変えた。そんなものを受けてしまえばひとたまりもないと声をあげた。


 「危ない!避けて!」


 生徒が叫んだがそれも無駄に終わり、避ける暇もなく不良の腕は表裏の頭上へと振り下ろされた。

 それによって起こった轟音と砂埃に思わず目を瞑ってしまった生徒だったが、顔を青ざめさせながらも表裏の様子を確かめようと目を開いた。

 少しして、衝撃で舞った砂埃が収まり、どうなったのかよく見えるようになった。そこには、腕を振り下ろした状態で愕然としたように固まっている不良と、直撃どころか怪我一つない様子の表裏が立っていた。


 「まさか、あの状態から避けたの……!?」


 そんな、生徒の信じられないといった声が聞こえたのか表裏は余裕綽々といったように生徒の方を見ると勝ち誇るように口角を上げた。


 「お前、何をした!この距離で避けるなんて……それがお前の不自然アンナチュラルか!?」


 「避ける?何を言ってるんだ。俺は避けてなんかいないさ。お前が勝手に外しただけだろ。ほら、もう一回狙ってみろ」


 不良の言葉にそう返答した表裏はゆっくりと不良の右手側に近づいた。そして、足を止めるともう一度攻撃してみろと挑発し始めた。

 そんな表裏の行動に不良は当然頭に血が上ったようで再び力強く腕を振り抜いた。

 しかし、不良の攻撃は表裏に当たるどころか不良自身の左手側へと向かっていった。一度だけでなく二度までも至近距離で外してしまった。それを引き起こしたであろう表裏の得体の知れない不自然アンナチュラルに警戒したようで不良は後ずさった。それを追うように一歩距離を詰める表裏。

 その間も不良は表裏に向かって攻撃を仕掛けるが全く当たらない。


 「お、お前一体何をした。こ、こんな距離で当たらねえなんてあり得ねえ!」


 「さあな、お前がただ箸を持つ手がどちらなのか忘れただけじゃないのか」


 「そんなわけあるか!お前が何かしたんだろ!」


 不良の攻撃が全く当たらないまま表裏は進む。そして、思いっきり腕を振りかぶって不良を殴りつけようとした。

 当然、拳が眼前に迫った不良は防ごうと動く。しかし、どういうわけか見当違いな箇所を守った。

 不良の上げた左腕は全く表裏の拳に当たることなく顔面に直撃したのだ。

 殴られた衝撃で宙に浮いている中、不良はハッとした顔をした。表裏が何をしたのかようやく悟ったようだった。不良が倒れ込みながら腕を緩く上げる。そして、左右にゆっくりと腕を振った。


 「て……てめえ、俺は……右手で……防いだ……つもりだった」


 「そう言う割には素直に当たってくれたなあ」


 「くそっ……。それが……てめぇの不自然アンナチュラルなん……だろ」


 パチパチと手を叩く。優位に立った確信を持ち、ニヤニヤと笑う。

 そして、告げる。不良は気絶してしまったため聞こえていないにも関わらず、お構いなしに。


 「その通りだ。お前の右と左を裏返した。お前が右を使おうとすると左が動く。だから、狙いがずれて当たらない」


 そう言って表裏は気絶した不良から目を離して残りの不良たちを見た。先ほどまでニヤニヤと表裏と不良の一人とのやり取り見ていた余裕は既にないようで全員が先ほどの笑みもなく構えていた。


 「お前がどんな能力を持ってようがその前にボコボコにしてやる!」


 そんな不良たちに対しても表裏は臆すことなくへらへらと言い放つ。


 「どうやって触れようかって考えてたんだけど、財布を見せただけであっさり近づいてくれるとは。やっぱり目の前しか見えないような単純なやつは扱いやすくていいなあ!ほらほら、財布はここにあるぞ、おいでおいで」


 表裏は財布を再び取り出し、不良たちに見せつけるように振った。


 「ぶっ殺す!」


 表裏の言葉をきっかけに不良たちが一斉に表裏へと殺到する。仮に触れられたとしても数の力でどうにかしようとでも言うような力技だ。

 しかし、不良たちが表裏まである程度近づいた途端、地面が柔らかくなって沈んでしまった。


 「馬鹿め!誰が正面から迎え撃つか!不自然アンナチュラルを使わせないだと?もう使ってんだよ!」


 勝ちを確信した表裏は不良たちを煽る。そして、怒りに満ちた不良たちの顔を見て追い回された溜飲が下がった表裏は後ろを振り返った。

 地面にぺたりと座り込んで目を白黒させている生徒に表裏は声をかけた。


 「これで、一安心だ。とりあえず帰ろうぜ」


 そう声をかけたが反応はなく、表裏の後ろを生徒は見ていた。釣られて表裏も背後を見ると下半身のほとんどが沈んでしまった不良たちがそれでも抜け出そうともがいている様子が目に入った。

 意味がないと高を括っていた表裏であったが、少しずつ不良たちの身体が上がってきていることに気がつき、慌てて生徒を連れて走って逃げ出した。


 一直線の通路であるため不良たちの横を通る必要があり、反撃を警戒しながら渡った二人だったが、何事もなく通りすぎることができたためほっと一息ついた。

 そんな油断しきっている二人には不良たちの不自然アンナチュラルのことが頭になかった。

 不良の一人がなんとか腕を出して二人に向ける。

 そして、能力を使用した。それは空を切り一直線に二人のもとへと向かう。直前に気づいた表裏だったがそれも掌を前に出すのでは間に合わず、生徒を庇おうと前に出た。

 衝撃に堪えようと目を閉じていた表裏だったがいつまで経っても痛みが襲ってこないことに気づいた。


 「あ、あれ?どうなってんだ?」


 「こっちのセリフだ。あちこち走り回りやがって。ぎりぎりじゃないか」


 「掬央か!助かった!」


 「おう、感謝しろ」


 表裏たちよりもさらに向こうから聞こえた声を見ると、額から汗を流しながら膝に片手をつき、スプーンを手に持っていつでも投げられるようにしている掬央きくおがいた。

 掬央が投げたスプーンによって不良の攻撃が進むことを拒んだのだ。

 掬央に助けられた表裏は肝心な時にいない役立たずと思っていたことを心の中で謝罪した。そして、こう言った。


 「お前なら助けてくれると信じてたぜ!」


 ひどい変わり身の早さである。


 掬央によって不良たちの動きを制限して、表裏たちはようやく逃げ果せたのだった。

 学園へと着いたときにはもう日が沈みかけていて、三人とも疲れ果てていた。

 そして、それぞれの帰路につこうと別れようとした時、俯いたままほとんど話していなかった生徒が話し始めた。


 「あ、あの!今日は本当にすみませんでした。無関係なのに巻き込んでしまって……」


 「いいよ、別に。お前が悪いんじゃないし。あそこにいたのだって偶然だしな」


 「表裏のその通りだ。怪我もなかったし気にするな」


 「で、でもっ」


 「そのネクタイの色新入生だろ。同じ新入生のよしみだ。助け合っていこうぜ」


 表裏が最後にそう言うと生徒は感激したように身を震わせた。


 「本当にありがとうございました!感謝してもしきれません!」


 「だから、気にすんなって。それよりさ、まだ俺たち互いの名前も知らないし自己紹介でもしようぜ。俺の名前は浦原表裏うらはらひょうり。で、こいつが……」


 「長井掬央ながいきくおだ。よろしくな」


 「僕は真中想太まなかそうたっていいます。これからよろしくお願いします!」


 「ああ、よろしくな!」


 そうして、表裏たちは長い長い入学初日を終えたのだった。

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