可愛かった幼馴染みの妹がとんでもないメスガキに育っていたので分からせる。

プロローグ サイカイ

 高校三年の春。

 桜の季節に、その報せはやってきた。


「ハル、今お隣さんで新しい家建ったでしょ」


 リビングのソファで寝ころんでいた俺に、突如としておふくろは言った。


「あぁ、あの立派な家?」

「あの家、井上さんの家なんだって」

「井上……?」


 おふくろの言葉に俺は身を起こす。

 その名前は、俺がよく知るものだった。


 井上兄妹。

 俺の幼馴染みで、家族絡みの付き合いだった仲だ。


 兄の尚弥は俺の一つ下。

 妹の水樹は四つ下。


 尚弥は俺と親友同然の仲だったし、水樹は俺のことをよく慕っていた。


 ――私、将来ハルにぃのお嫁さんになる。

 ――おー! 水樹なら大歓迎だ!

 ――本当!? 約束だよ?

 ――俺は嘘つかねぇよ。


 あれはいつくらいだったか。

 そんな微笑ましいやり取りをしていたのを覚えている。


「ほら、あそこのお父さん転勤族だったでしょう。ずっと地方を転々としてたみたいだけど、ようやく腰を据えることになったんだって。もうすぐ引っ越してくるそうよ」


「じゃあ尚弥と水樹も?」

「引っ越してくるんじゃないかしら」


 二人とも俺が小学六年の頃に親の都合で引っ越したから、会うのは六年ぶりか。


「じゃあ引っ越してきたら、挨拶でもしてやるか!」


 あいつらもきっとずいぶん変わっただろうな。

 そう思って楽しみにしていた。


 していた、のに。



「えっ? じゃあまだ童貞なのぉ? もう高校三年生なのにぃ? 何やってたの? ザコじゃーん。ザコ、ザァーコ」



 どうしてこうなっちまったんだ。


 久しぶりの再会。

 六年ぶりに会う幼馴染みの妹に、かつての面影はなかった。


 ◯


 隣の家の引越しが終わったのを見計らって、俺はすぐさま挨拶へ向かった。


 普通こう言うのは引っ越してきた側がやるもんなんだろうけど、そんなもん関係ない。

 家族同然の友達との再会なんだ。

 礼儀なんて気にすんな。


 そう思って俺はインターホンを鳴らしたんだ。


「ハルにぃ! 久しぶり!」


 久しぶりに見た幼馴染みの姿は、俺がイメージした通りだった。

 人の良さそうな黒髪の好青年。

 俺が知る六年前と何ら変わらない、幼馴染みの尚弥の姿がそこにあった。


 俺は久しぶりに見た弟分の姿に思わず嬉しくなり、熱い抱擁を交わした。


「尚弥ぁ! 元気にしてたか! でっかくなったなぁ!」


「親戚のおじさんみたいなこと言わないでよ。ハルにぃこそ、ゴツくなってない?」


「こう見えてもバスケ部のキャプテンだ! インターハイ出て強ぇぞ!」


「すごいや、さすがハルにぃだね」


 まるで六年の時間の間隔なんてなかったかのように、他愛もない話題が飛び交う。

 裏表のない、素直で優しいやつ。

 俺が知る尚弥そのままだった。


「水樹はどうした? もう中学生だよな?」


「中二だよ。恥ずかしがってるのかな? おーい、水樹! ハルにぃが来たよ!」



 そしてそいつは。


「あれぇ? ハルにぃ?」


 俺の前に姿を見せたんだ。



「ひさしぶりー。どこのゴリラさんかと思っちゃったぁ」



 黒髪で、髪の毛を後ろで束ねた長い髪の少女。

 細身だが、デニムスカートからのぞいた足はムッチリしていて肉付きが良い。

 イタズラっぽい釣り上がった瞳、猫のような唇。


 俺の知らない女子中学生がそこにいた。


 突然姿を見せたその少女に、俺は呆然とする。

 誰だこいつ。

 それが、第一印象。


 って言うか俺は、バカにされたのか?

 あまりに身に覚えのない暴言を唐突にされ、理解が追い付かない。


「ぜぇーん、ぜぇん変わってないんだね、ハルにぃは」


「あぁ?」


 思わず眉間にしわが寄る。


「おい、尚弥。この小生意気な奴はいとこか何かか?」


「嫌だなぁ、ハルにぃ。水樹だよ。井上水樹」


「はっ……? 水樹? コレが?」


「人をコレ呼ばわりしないでくださぁい」


 信じられない気持ちでいっぱいになる。


 あの素直だった水樹が、こんなクソ生意気なガキになったって言うのか?

 尚弥や俺を慕った、あの素直だった妹分が。


 ガラガラと脳裏に浮かんでいた、かつての水樹像が崩れていく。


「そんなことも覚えてないなんて、ハルにぃは脳もザコなんだぁ?」


 息をするように人を小馬鹿にした発言が飛び出てくる。

 静かにしていたら可愛らしい女の子にも見えるが――


「ぜーんぜんダメだね、ハルにぃは」


 もはや会って数分で、俺の脳内は殺意に満たされていた。


「おい、水樹。お前いくら幼馴染って言っても、何言っても良いって訳じゃ……」


 感情的に凄みそうになって、ふと思いとどまる。


 何ムキになってんだ俺は。

 相手は中二の女子じゃねぇか。

 脅すのは簡単だが、そんなことをして上下関係を築いても仕方がない。


 それに、せっかくの再会を台無しにしたくない。


 苛立ちが過ぎて頭を押さえる。

 何だってんだ一体。

 俺が何かしたって言うのか?


「おい、尚弥……水樹はいつもこんな感じなのか?」


「あ、うん。でも、こんなにはしゃいでるのは珍しいよ。水樹もハルにぃに会えて嬉しいんじゃないかな?」


「俺にはちっともはしゃいでるように見えないんだが……?」


 尚弥の目にはこれがじゃれ合いに見えるらしい。

 どういう目してんだ。

 俺が頭を抱えていると、なおも水樹は話しかけてくる。


「ねぇ、ハルにぃ、彼女出来た?」


「あぁ? 関係ねーだろ、いまそんなの」


「良いからさぁ、教えてよ」


 しつこいな。

 でもまぁ、こいつなりのスキンシップなのかもしれない。

 そうだ、思春期真っ盛りなんだし、人見知りもするだろう。


 もしかしたら水樹なりに、久しぶりに会った緊張を隠すためにこんなキャラを演じているのかもしれないじゃないか。

 ここは一つ、話に乗ってやろう。


「別にいねーよ」


 するとウププッ、と水樹が可笑しそうに口元に手を当てた。


「えっ? じゃあまだ童貞なのぉ? もう高校三年生なのにぃ? 何やってたの? ザコじゃーん。ザァコ、ザァーコ」


 その瞬間。

 自分の中の何かがブチリと音を立てた。


「お、まえ、なぁ!」


「ハルにぃ! 鬼が出てる! ハルにぃ!」


「止めんな尚弥ぁ……!」


 ずいと迫ると水樹が一歩後退する。

 一歩前進、一歩後退、また一歩前進、一歩後退。

 やがて水樹は壁に追い込まれた。


「あ、はははぁ……こんなの冗談じゃん……そんなので怒るなんて、やっぱモテないんだぁ」


「この状況下でもその口答え出来る度胸は認めてやるよぉ!」


 ガシリと肩を掴むと「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。

 そこでようやく我に返った。


 目の前で、小動物のように目を瞑り、小さく震える水樹がいる。

 その姿を見て、腕に入っていた力が抜けていくのが分かった。

 強がってはいても、こいつはこんなにか弱い女の子じゃないか。


「なぁ、水樹」


 俺はそっと語り掛ける。

 水樹は、うっすらと目を開けて、こちらを見た。


「俺、お前と尚弥に会うの楽しみにしてたんだぜ?」


 そう言って、俺はそっと水樹を抱きしめた。

 久しぶりに再会した、大切な家族を抱きしめるかのように。


「だからさ、仲良くしてくれよ。こんな熊みてぇにごつくなったかもしんないけどよ、中身は昔となんも変わってねぇよ。お前らの頼れる兄貴分だ」


「ハルにぃ……」


 俺の腕の中、ちょうど胸元に、水樹の顔がある。

 水樹はそっと顔を上げて、俺の方を見た。


「そんな風にカッコつけちゃって、女の子に触りたかったんでしょ?」


「……」


 俺は静かに天を仰ぐと。

 腕にぐっと力を込めた。


「あ、あのハルにぃ? ちょーっと締め付けが強くない?? 痛いんだけどぉ?」


「尚弥ぁ、俺ぁ決めたよ……」


 腕を締め付ける。

 骨がきしむ感触がする。


「ちょちょちょっとハルにぃ!? 痛い! いたたたいたいたい!」


「こいつの性根を俺が叩きなおして……」


 更に全身の筋肉をたぎらせる。

 そう、まるで丸太をつぶす時のように。


「痛たたたたた! 体! 体がメキメキ言ってるよぉ!」


「まっとうな人間に矯正してやるってなぁ!」


「ハルにぃ! 壊れる! 体壊れるからぁ!」


「あのー、ハルにぃ? その辺にしといてあげて。それ以上やると、水樹死んじゃうから……」


 こうして俺は、幼馴染みたちとの六年ぶりの再会を果たした。

 そして固く決意した。

 このクソ生意気なガキを、俺が分からせてやるのだと。

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