ババンババンバンバン!

女良 息子

01.ドンドンヴィレドンヴィレ

きっと、ぼくには殺人鬼の才能があるんだと思う。

なぜなら漫画や映画といったフィクションで死体が出てきても「ふーん」と余裕な態度のまま受け流せるからだ。

グロ表現で有名な某少年漫画も、ぼくにとっては幼稚園で読み聞かされる絵本のようなものだった。むしろ、そんなお子様向けの描写よりも、最終回になっても回収されずにほったらかしにされていた伏線のほうが気になったくらいである。

ゲームだって、CEROレーティングがZのものを平気でプレイできる。

知ってる? CERO Z。

18歳以上対象って意味ね。本来であれば僕の場合、あと4年経たないとプレイできないゲームだ。

そんな大人向けの、とりわけ戦争を題材にしたゲームで遊んでいると、コントローラーをワンプッシュするだけで画面内の人間がぐちゃぐちゃに吹き飛ぶことがあるのだけど、そんな、普通の人なら思わず目を逸らしてしまうくらい凄惨な演出を見ても、ぼくくらいになると、いっそスカッとした高揚を感じてしまうのである。

『ゲームは平日一時間、休日二時間』という家の決まり事さえなければ、ぼくはグロシーンに気分を害されることなく、四六時中CERO Z(大人向けって意味ね)のゲームに興じることができるだろう。

そもそも、ぼくは恐怖のみならず感情全般が薄い……いや、欠けているふしがある。

たとえば授業中に教師が言った冗談で教室が笑い声に包まれる。全国どこの中学校でも見られるであろう、ありふれた光景だ。だけどその時、ぼくの表情は変わらない。面白いと思わないから、というより、面白いと思う心がないからだ。クラスメイトが声を上げてげらげら笑う中、ぼくひとりだけ真顔。まるで地球に紛れ込んだ火星人みたいな異物感。そんな浮いた状況になる度に、ぼくは感情がないことを自覚し、悲しくなる。……あっ、いま「悲しくなる」って言ったけど、これは別に感情があることを意味していないからね。言葉のアヤ的なアレです。

……と、こんな風に長々と語っていると、まるで口先だけの思春期を拗らせた痛いヤツのように思われるかもしれないけど、そんなことはない。

友達グループでサイコパス診断をして盛り上がってるような、ダサい養殖モノとはワケが違う。

天然モノなぼくのヤバさはマジなんだぜ。

殺人鬼が持ち歩くものと言えば? そう、凶器。

たとえスマホや財布を忘れようと人殺しの道具だけは肌身離さず持ち歩くのが一流の殺人鬼、のハズだ。

ぼくはそのような考えに基づいて、駅前の雑貨屋でサバイバルナイフを買ったことがあった。14年分のお年玉を切り崩したのは財布に少なくない損害を与えたけども、自室でマイニューギアを開封した時は、そのあまりのかっこよさに思わず息を呑んだものである。

その後、部屋に備え付けの全身鏡を使って『どの構えで持つのが一番かっこいいか選手権』(参加者ぼく1名)を開催したのだが、めでたく優勝に輝いた『逆手持ち』にトロフィーを授与しようとしたタイミングで、ぼくから漫画を借りるために入室してきた妹にナイフを構えている姿をばっちり目撃されてしまうハプニングが発生。その後開催された家族会議の結果、ぼくはサバイバルナイフの完全放棄を余儀なくされた。

だから今は仕方なく、図工用のカッターナイフを代わりに携行することで我慢している。サバイバルナイフと比べると、貧相すぎる刃物だ。逆手で持ってもかっこよさより滑稽さが勝ってしまう。

……でもまあ、いいじゃないか。

大枚はたいて買ったサバイバルナイフと、半日も経たない内に別れさせられたのは、正直泣きそうになるくらいショックだったし、その後3日は引きずったけど、カッターナイフという日常に近い文房具を使うタイプの殺人鬼も『それっぽくて』嫌いじゃあない。

『ダークナイト』のジョーカーも、どこにでもある鉛筆で人を殺していたしね。




夜。

ぼくは塾からの帰り道を歩いていた。

制服のポッケにはカッターナイフを忍ばせてある。いま着ているのは物を仕舞いやすい厚手の冬服だけど、サイズが大きいサバイバルナイフでは、こうも上手く隠せないだろう。

夜の暗闇とイルミネーションの光が拮抗している街を歩きながら、周囲の通行人に目を向ける。彼らに凶器を持った殺人鬼に気付いている様子はなく、各々の日常を過ごしている。どころか間近に迫るクリスマスに浮かれているようにさえ見えた。

……ふふ。

ここに将来有望の殺人鬼がいますよー。

なんちゃって。

周りが知らないことを自分だけが知っていることに、ちょっと優越感。

口元が緩みそうになるのを感じながら、ぼくは非日常を謳歌していた。

さて。

これからどうしよう?

このまままっすぐ帰宅してもいいのだけど、素直にそうしたところでぼくがやることといえば、家の手伝いか宿題だけだ。日々の楽しみだったCERO Z(お子様にはさせられないって意味ね)ゲームも、先日の家庭内裁判の結果、サバイバルナイフとともに無期の没収コンフィスケイションが決定してしまったばかりである。

このまま我が家に戻っても、そこで待っているのは退屈な日常だけ。

もう少しだけ、非日常を楽しみたい。故に寄道を希望する。

そのような脳内会議の結論を受け、ぼくの進路は慣れ親しんだ大通りを外れ、近所の自然公園へと向かった。

結構な広さを誇るそこの敷地にはたくさんの木々が植えられており、広いぶん管理が大変なのか地面は雑草まみれだ。利用者なんて健康志向のランナーくらいだし、ここ最近の厳冬によってそれすら激減している。人気がなく、四六時中薄暗い自然公園の雰囲気は、まさに日本のシュヴァルツヴァルト。そんな場所のそばを、朝の登校時間に通るたびに「気味が悪いなあ」と思っていたのだけど、更なる非日常を求めている今のぼくにとって、そこはうってつけのスポットだった。

連日の寒波によって外皮をすっかり灰色に変えた木に迎えられながら、公園の入口を潜る。

途端、ひんやりとした冷気とジメッとした湿気が肌に触れた。それは世間一般では不快に分類される感覚なのかもしれないけれど、世間一般から外れている殺人鬼の卵ことぼくが抱いた感覚は、不快とは真逆のものだった。

いいね~。

いいよいいよ、この閑散とした雰囲気。

まるで世界の裏側に迷い込んだみたいだ。

いつも登下校で歩いている道からちょっとズレただけで、こんな場所に這入れるなんて。

やっべ……。ちょーテンション上がってきた。

いっそ鼻歌でも奏でそうな気分になりながら、ぼくはそのまま公園の奥へと進む。

このまま軽く探検し、気が済んだらいつもの帰り道に戻ろう──そんな風に考えて、奥へ奥へと進んでいく。

その時だった。

視線の先に誰かが俯せで倒れているのを発見したのは。


「……え?」


こんなところに人? 

しかも倒れてる? 

酔っ払いだろうか?

それとも心臓発作を起こしたとか? うーん、体格的には健康的な男性っぽいし、持病を抱えているってことはなさそうだけど……。


「……あのー」


試しに声をかけてみる。反応はなかった。

男は倒れたまま、ピクリとも動かない。


「も、もしもーし……? 大丈夫ですかー?」


少し不安になりながら、肩を揺するために手を伸ばす。


「触らない方がいいよ」


「ぴゃあっ!?」


ぼくは突然の声に驚いて、十五センチほど真上に飛び上がった。

倒れていた誰かが目を覚ましたのかと思ったけど、鼓膜を叩いたのは大人の男性の声ではない。若い女性の声だ。

ぐるりと首を回し、声の発生源に目を向ける。

木々の隙間の闇の奥。

そこには制服姿の女性が立っていた。

ぼくには制服の種類からどこの学校かを導き出せるほどの知識はないので、彼女がどこの生徒かは分からないけれど、少なくともぼくと同じ学校ではないことは確かだ。それと、この辺でよく見かける制服……のような気がする。

頭の後ろでまとめられた長い黒髪。スカートからすらりと伸びた白い脚。こちらに向けられている両目は輝くような目力があり、夜の暗がりの中にあっても目立っている。

学校指定の制服じゃなくて、ブランド物の服を着ていたらそのままモデルになれそうな顔とスタイルだ。

感情が欠けているぼくは、当然ながら性欲も欠けているので、異性に全然まったくこれっぽっち微塵たりとも興味がないのだけれど、一般的な思春期であるクラスメイトの男子達が見たら顔を真っ赤にしそうな美人さんである。

ぼく。倒れている誰かさん。そして謎の制服美女──今日の自然公園には人が犇めいていた。全然閑散としていない。


「えっと」予想外の闖入者への驚き半分、美じ……初対面の人と話す緊張半分でしどろもどろな舌が言葉を探す。「どうして触っちゃダメなんですか?」先ほど彼女が発した第一声に疑問を返した。「こんな寒い日に外で倒れっぱなしだと死んじゃいますし、救急車を呼ばないと」


「その心配はいらないよ。ソイツ、もう死んでるから」


「は?」


しんで……え、今なんて言った?

ぼくが言葉をうまく飲み込めないでいると、制服女子はこちらに近づいてきた。くしゃくしゃと革靴で雑草を踏み潰す音が鳴り響き、やがて彼女は男のそばに立つ。そしてそのまま足の爪先で男の脇腹を蹴り、ひっくり返した。

俯せだった体が仰向けになり、それまで隠れていた顔が露わになる。

口。半開きで舌をだらりとさらけ出している。

目。光が消えてスーパーの鮮魚コーナーでよく見かける感じに。

肌。赤み消失。

そして額。その中央には赤黒い穴がぽっかりと──


「ひっ」


うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!????????「きいいやああああああああああああああああああ!!」ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ「あああああああああああああああああああああああああああああ」ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ「うわあああああああああああああああああああ」あああああああああああああああ!?


「驚きすぎでしょ。今時の若い子って、アニメやゲームで死体に見慣れてるんじゃなかったっけ?」


「ひっ、いぇっ、ひぃ……人が、人が死んで……ひぃいいいいいいいい!!」


「これで『触らない方がいい』って言った理由は分かったでしょ? あんましベタベタ触って指紋が残ったら、困るのは君だもんね。それにホラ、人の体って死んだ瞬間から雑菌がめちゃくちゃ繁殖するらしいじゃん? そんなばっちいのに触って病気になるのも嫌だよねー」


「あばばばばばばばばばばばばばばばばば!!」


「うるさい」


頭を殴られた。

その程度のショックで、初めてナマで死体を見たショックが消えるはずがないのに、ぼくの悲鳴は止まった。

というか息が止まった。驚きで。

なぜなら、ぼくの頭に打撃を与えたのは、彼女の拳ではなく、そこに握られていたピストルのグリップだったからだ。

え? ピストル? 本物? じゃあぼくの足元に転がっている死体に開けられた、弾痕っぽい傷って──


「あちゃ。これ見たら流石にわかっちゃうか」


彼女は悪戯がバレた子供のような顔になると、ピストルを懐に仕舞った。


「というわけで私はすぐにここからオサラバしないといけないのです。警察は勿論、アイツらに見つかったらマズいからねー」


「『アイツら』?」


「こいつの仲間の半グレ」彼女は地面に転がっている死体の頭を爪先で小突いた。「だから君も、さっさと逃げた方がいいよ」


制服女子はそう言って身を翻し、スタスタと歩いていく。

そんな彼女の後ろ姿を見ながら、ぼくは呆然としていた。

時間が経ち、先程まで情報の洪水で熱暴走を起こしていた頭が、冬の寒気で徐々に冷やされる。脳から家出していた理性が、ようやく帰ってきた。

足元に目を向ける。死体はさっきと変わらない位置にあった。名前も知らない男の虚な目と視線が合い、悲鳴のアンコールライブを上演しそうになったけど、腹に力を込めてぐっと我慢する。


「…………」


この時になってぼくは、自分が殺人現場に出くわしてしまったことを、ようやく理解した。

帰り道からちょっと外れた先で出会った制服女子は、爆発するかのように非日常を浴びせ、そして嵐のように去っていこうとしているのである。

このまま彼女がいなくなり、ぼくもこのまま誰にも見つからずに公園を出て、帰路につけば、慣れ親しんだ平穏な日常が、何事もなかったかのように出迎えてくれることだろう。

そこまで理解して、ふと思う。

「なんだかそれって、すごく勿体無くないか?」と。


「あ、あのっ! ちょっと待ってください!」


咄嗟に引き留めてしまった。

その時、制服女子の姿は夜の闇の向こう側にほとんど消えかけていたけれど、かろうじて声は届いたらしい。彼女はポニーテールを靡かせながら振り向いた。

取られたリアクションはそれだけであり、返事の言葉はない。わずかに傾げた小首と、両目から放たれる宝石のような輝きだけが「なに?」と疑問の意思を示していた。


「え、えっと……」


「とにかく彼女を引き止めたい」という思いだけが先行していただけで次に何を言うべきかさっぱり考えていなかったぼくは、言葉に詰まってしまう。

ぼくはここで何を言えばいい?

ぼくという人間から、どんな言葉を吐き出せば、彼女は立ち止まってくれるだろうか。

どうしたらぼくに興味を持ってくれるのだろう?

そもそもぼくってなんだ?

ぼくを形作るものって、何?

黒川直人。

男。

七月三十日生まれ。

十四歳。

しし座。

右利き。

A型。

公立中の二年生。

帰宅部。

清美委員。

……ダメだ。なんて面白くないプロフィール。これじゃ興味を持ってもらえない。「自分のことを将来有望の殺人鬼だと思っているんです」はどうだ? ……いやいや。本物の殺人鬼相手にそんなこと言ってどうする。プロの作家に「自分も小説家を目指しているんですよね、まだ書いたことないけど」と言うくらい恥ずかしいことじゃないか? 

うーん、他に何があるだろう。

柿が好き。

蛇が好き。

陸上競技を観戦するのが好き。

異能バトル系の漫画が好き。

得意科目は数学で、苦手科目は体育。

趣味はゲームだったけど、最近はもっぱら読書。

好きな作家は久生十蘭(名前がかっこいいから)。

家族構成は父、母、ぼく、妹。

そして──


「ぼくの」


頭に浮かんだ言葉が反射的に口から出る。


「ぼくの、家が銭湯をやっているんですけど、よければ入っていきませんか?」


我ながら「それはないだろ」となる、前後の流れをまるっきり無視したディスコミュニケーション全開の発言だった。

だが仕方ない。

ぼくという人間のプロフィールにおいて、他人の興味を惹けそうな項目はそれくらいしかなかったのだから。

それに。

殺人鬼になろうとしているような若造に、コミュニケーション能力なんて期待すべきではない。

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