ぼっち王子と快諾姫

誰がためのこんにゃく

第1話 始まり

 夕刻、春の名に相応しい暖かい風を全身に受けながら少年は考えていた。······鬼と化した教師からどう逃げ切るかを。




 少年が寝ていたのは、草原でもなければ公園のベンチでもない。屋上である。それも、高校の。     




 少年の名は、龍谷有という。黒髪に165センチ程の身長という平均のような容姿をしていた。目を除いて。




 その見た者を悉く威圧する鋭い眼光から周りからは嫌厭され、話しかける者はほとんど居なかった。しかし、有はそのことを不満に思ったことはない。むしろ、誰にも話しかけられない方が楽とさえ考えていた。




 もちろん、昼飯も一人だ。教室で食べても別に良いのだが、屋上で食べる心地良さを知って以来雨の日以外はここで食べるようにしていた。


 


 その日もいつも通り屋上で食べていたのだが食事の後、春の陽気も手伝いうっかり寝てしまったのだ。そしてこれまたうっかり夕方まで睡眠の沼から抜け出せず、今に至るというわけである。


 


 さて、どうしよう。幸いほとんどの教師は俺がヤンキーだと思っているからサボりだと勘違いしてくれるだろうし、というか勘違いでもないんだが。まあ、だから多少成績に影響があるかもしれないが捜し回られるなんて事にはならないだろう。だが、ヤツだけは違う。担任の沼木蒼。優等生だろうがヤンキーだろうが別け隔てなく接する。教師の鏡と奴も言われて居る。しかし、それはつまり優等生だろうがヤンキーだろうが関係なく褒めるし、叱りもするということだ。まあ、それくらいなら問題は無いのだが。問題はアイツの叱り方だ。女にも関わらずアイツはプロレスの大ファンで、自身もプロレス経験者である。サボりなんてバレた日にはジャーマンスープレックスの餌食となるだろう。それを避ける為には、絶対にヤツに見つからずに帰る必要がある。


 


 有が熟考していると、屋上に入る扉の前から話し声が聞こえてきた。屋上のある7階には部室もなければ授業で使う教室も無い。だから滅多に人が来ないのだが、話し声は少なくとも3人はあるようだった。




「いよいよだな。明後日やるのか」


「俺、楽しみ過ぎて最近全然ねれねえよ〜。あ~~~~!今考えても楽しみ過ぎる〜〜〜!」


「お前らは良い気なもんだよな~。全部オレに押し付けやがってよ〜」


「ヘヘっ!だからお前に一番長くヤラせようって話になっただろ〜」


「まあ、そうだけどよ〜」


「心配するな。相手はあの快諾姫だ。どんな相手からの告白だろうが即了承する」


「そうだぜ!そうしたら~〜〜は〜〜〜!楽しみだわ〜〜〜へへへへへへへへっ!」


「おいおい〜、気が早過ぎだろうがよ〜〜〜。ハハハハハハハハハハハハっ!」


「分かっているだろうが、OKされたらその足で俺の家に連れて来い」


「分かってるっつーの。そこから3日コースってことだろ!ハハハハハハハハっ!」




 やがて話は具体的な計画の内容へと移り変わっていく。




 どうやら、明日の放課後あのごみカス共の中で1番見た目がチャラそうな奴が告白をしOKをもらいどうにかして家に連れ込み・・・・・・といった計画らしい。




 どうして告白が成功すると確信しているのか、どうして家に連れ込めると確信しているのか疑問に思ったがどうやらあのごみクズ共のターゲットは通称快諾姫と呼ばれていて告白をすれば必ずOKし彼氏の言うことも絶対にきくらしい。




 快諾姫。そんな女の子がいるとは、危うすぎる。告白に関してはともかく、彼氏のいうことを全部きくのは不味過ぎる。せめて剣呑なお願いくらいは断るべきだろう。




 計画の確認が終わり満足したらしく一頻りゲス会話をした後、屋上から離れ階段を下に降りていく音が聞こえてくる。




 手にしたスマホという名の録音器を見ながら、これからどうしようかと思案する。録音した音声を警察に届けたとしても罪に問うのは難しいだろうし、校長先生や教師陣に渡したとしても何か対策を取ってくれるとは限らない。かといって、聞いてしまった以上何もしないというわけにはいかないだろう。どうするか・・・・・・。




 どうにかして、あのごみクソ共の計画を阻止しなければならない。その為には、奴の告白を未然に防がなければならないだろう。この音声で脅して告白を辞めるようにさせるか?しかし、脅しに屈さない道を選ばれてしまったら音声を学校中にばらまくしかない。それで、学校中でどういった反応が起こるにしろ快諾姫が気にしないという選択をしてしまうとバッドエンドだ。確実に告白を防げる策でないといけない。




 いや、例え告白を未然に防いだとしても計画を強行されてしまえば全てが水泡に帰す。せめて、誰か男の人が常に傍に居れば計画の強行も防げる上に安全性が格段に向上するのに。




 ん?常に傍に居る?それではまるで・・・・・・。・・・・・・そうだ!




 俺が彼氏になれば良いんだ!




 そうすれば、告白を未然に防げる上彼女の安全も確保できる!




 これはかなりの名案を思い付いてしまった。諸葛孔明も仰天だろう。もし三国時代に転生していたら確実に無双できていたな。




 かなりアドレナリンが分泌されて、普段なら絶対にしないであろうイきり思考を連発していた。この思考を文字起こしをしてノートに張ったとする。そんなイきりノートを翌日に見たなら確実に発狂しながらビリビリに破き口に入れて飲み込むというわけの分からない方法で隠滅させただろう。そのくらい恥ずかしい思考をしていた。




 ふと、冷静になり念のため防犯グッズを山ほど買った方が良いだろうなという思考に行き着く。そして、半分いや8割がた彼女にあげよう。十中八九嫌な顔をされるだろうが、そんな顔を向けられたらやはり少しショックだが俺が少し落ち込むことで彼女の安全性が向上するなら些細なことだ。




 夕刻を経て、夜闇に覆われ出した頃。そっと扉を開け鍵を締め素早く階段を下り、教室へと移動する人影が一つ。


 良かったー。荷物、ちゃんと有った。さて、警備に見付からずに帰らないとな。


 


 有は自分ではこっそり帰っているつもりだったが、しかしアドレナリンが抜ききっておらず偶に鼻歌が挟まった。




 そして、そんな隙をあの狩人が見逃すはずがなかった。




 「見ぃ付けた〜〜〜〜〜〜!」




 彼は警備には見つからなかった。鬼には見つかったが。




 結局彼は3時間近く土に埋まっていた。




 もう二度とサボらないと心に誓った。


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