地上発射式「爆弾」 GLSDB

ウクライナに既に供与されているハイマースやM270 MLRSは、元々クラスター弾頭のロケット弾を装備していました。

しかし世論は不発弾の多いクラスター弾を許さない風潮になり、アメリカもその風潮に従ってこのクラスター弾を取り外し、廃棄することにしました。


弾頭は廃棄するのですが、そのせいで大量に余るものが出ます。

ロケット弾の、ロケットの部分です。予算は少ないしリサイクルの風潮ですから、廃棄するより再利用できないかと使い道を探ることになります。


ところで、2006年からアメリカで運用されているSDBという爆弾があります。

小直径爆弾と呼ばれるこの爆弾は、一機の航空機に多くの爆弾を搭載すること、市街地での無駄な被害を避けるために威力を抑えることが目的で開発されました。


SDBはその名の通り小型の爆弾であり、誘導のための翼が付いています。

ちょうどロケット弾で飛ばせそうな大きさ、しかも狙いは正確。ハイマースやMLRSのロケット弾ポッドにも入ります。


みなさんならどうしますか?とりあえずくっつけて飛ばしてみる?それとも爆弾を吹っ飛ばすなんてありえないと言って笑いますか?

アメリカ軍は……この奇抜なニコイチ兵器を試してみることにしました。


GLSDBは2023年から運用が始まった最新のロケット弾です。

前述の通り、ロケットと小型誘導爆弾を組み合わせた兵器になっています。


射程は90kmから150kmへと大きく伸びました。

弾道軌道しか描けないロケット弾と違い、上空でSDBが切り離されて滑空翼を開くため、長い間揚力を得続けることができるのです。


SDBの誘導性能は優れており、誤差半径が1m程度と非常に近い位置に着弾します。

GPSと慣性航法装置による誘導が常に行われるため、故障さえなければ確実に目標へ飛んでいきます。


GPS誘導の兵器にとって天敵となるGPSジャミングですが、SDBは二つの手法で対応することができます。

一つは、慣性航法装置による誘導を続けることです。精度は落ちますが、一切の電子妨害を受けることなく誘導されます。

もう一つは、ホームオンジャム機能を活かすことです。妨害源を逆探知し、そこへ向かって誘導されます。


実際の作戦では、いくつかのSDBのホームオンジャム機能を有効にしておき、妨害車両が被害を恐れてジャミングを停止している間に、誘導を続けていた本命が(復活した)GPS誘導に従って高精度な攻撃を行うのだと思います。


GLSDBでは、弾頭にLSDBの搭載も行われています。

LSDBはレーザー誘導SDBであり、GPS、慣性航法装置に加えてレーザーを使った誘導ができます。


レーザーを使うことにより、さらに高精度で移動する目標にも対応した誘導が行えます。

2011年には時速80km/hで走る目標の攻撃に成功しており、軍用車両全般に効果が期待できます。


ただし、レーザーを照射するために人員か無人機、または誘導ポッドを装着した戦闘機などを前線に配置しなければならず、敵の抵抗も予測されます。

また、濃い霧のような視界ゼロでの誘導は行えず、その解決は次のSDBであるSDB2を待つことになります。


GLSDBは射程が長いだけでなく、誘導翼を用いて様々な方向から攻撃を仕掛けることができます。

例えば、山の向こうに陣取っていて弾道軌道では絶対に当たらない目標に対し、直上から突撃することができます。

橋を壊したい場合、横から突入することで橋脚を狙い撃つことができます。


絶対にこんな使い方はしないと思いますが、前方に発射して後方5kmに着弾させるという、ロケット弾としては信じられないような離れ業すら可能です。

GLSDBは潜在能力の高そうな兵器ですが、アメリカ軍は順当に射程を伸ばしたGMLRS-ERの方に力を注いでいます。


GLSDBと比べて射程が長いわけでもないのに、なぜでしょうか。

実は、GLSDBには一つの大きな欠点があり、それによって、二つの機能が損なわれています。


GLSDBの欠点は、遅さです。


現代の対空ミサイルはマッハ3にもなる対地ミサイルすら迎撃することができます。

対して、GLSDBは滑空と誘導のために大きな翼を展開するため、空気抵抗で速度が大きく落ちます。


最大高度から一気に降下するような使い方ならまだしも、射程を活かそうとするとどうしても目標近くでは非常に遅くなってしまいます。

翼を広げてゆったりと飛ぶ、ステルスでもない爆弾など良い的です。


相手の対空ミサイルが撃ち尽くされるまで、GLSDBもまた撃墜されるでしょう。

相手の対空ミサイルが古臭いことを祈るばかりです。


目標に到達しても、強固な装甲を備えた相手にどれだけ通用するかは疑問です。

コンクリートトーチカや地下目標、大型のビルに根を張った司令部などは、GLSDBの攻撃を受け付けない可能性があります。


遅いということは、エネルギーが少ないと言うことを示し、エネルギーが少なければ貫通力は減るからです。

たたでさえSDBは威力が低く作られています。それでも大口径榴弾砲の2~3倍の爆薬を抱えているので立派に爆弾しているのですが、こうした強固な目標にとっては大した違いはありません。


一応、貫通用の硬い先端を備えてはいますが、目標にちょっとだけめりこんで爆発……では有効なダメージにならないかもしれません。

こうした欠点はGLSDBを使いにくいロケット弾にしてしまい、なのでアメリカ軍はGMLRS-ERにお熱というわけです。


ただし、これは「ロシア軍が重要施設を対空ミサイルで守っていて、しかもその施設は装甲化されている」という前提で成り立つ話です。

まあ恐らく、大型の司令部に関してはそうなっているでしょう。


しかし、前線司令部は?弾薬庫は?鉄道駅は?兵舎は?武器庫は?橋は?

重要施設にもいろいろあり、そのすべてを十全に守ることはできません。


ロシア軍はこうした施設を地上に置き、装甲化もせず、全てに対空ミサイルを置くこともしていません。

ロシア軍に限らず、全ての軍隊ができないでしょう。そもそもが無理難題です。


隠蔽もしていなかったのは流石に驚きましたが。

だからハイマースにボッコボコにされるんですよ。


ロシア軍はハイマースの件で学んだのか、ハイマースのロケット弾が届く地域の重要施設は隠蔽するようになりました。

これによりハイマースの活動は縮小、ロシア軍の気が緩んだところを見計らって攻撃するくらいしかできなくなり、2022年の7~8月に見せたような活躍は以降できなくなりました。


しかし、GLSDBでハイマースの射程が倍増すれば話は別です。

様々な重要施設は衛星画像によって解析され、かなりの数が暴かれています。それこそプロからアマチュアまでがこぞってロシア軍の居場所を暴こうとしているのです。


その目から逃げ切ることはできません。なんなら、ロシア軍は逃げようともしていません。

前線から150kmの範囲にある重要施設を全て隠蔽するのは大変な労力をともないます。そんなことはしたくないからです。


この構図は、ハイマースが来る直前と全く同じです。

重要施設を隠さず、全てに対空ミサイルを置くことはできず、でもウクライナ軍は攻撃できないと思っていて、のうのうと戦争していました。


GLSDBはハイマースショックを再びロシア軍に叩きつけることができます。

ロシア軍は大変な苦労をして、ハイマースの射程圏内にある施設を隠蔽し、補給路を繋ぎました。それがもう一度、壊されるわけです。


GLSDBは確かに撃墜されやすいロケット弾です。長距離ミサイルに捕まれば、回避する手段はありません。

しかし、そのすべてをロシア軍は防ぐことができるわけではありません。


一度、GLSDBが防空網の薄い場所に入り込めば、あっという間に弾薬庫は吹き飛び宿舎は燃え上がります。

そして、数の多い短射程の防空システムはその多くが最前線に配備されています。


ロシア軍にとっては地獄の再来です。選択を迫られることでしょう。

1.前線の防空を捨てて重要施設の防空をしっかりするか

2.前線から兵を引き抜き、必死に隠蔽して補給路を確保するか


以前、ロシアは2を選び、その上で前線を維持しようとしました。結果、大規模動員と戦術の変化を強いられ、国内に混乱をもたらしました。


GLSDBは迎撃されやすいロケット弾です。目標の場所が分からなければやみくもに撃つことはできません。

そのうち、学んだロシア軍によってほとんど無効化されてしまうでしょう。


ですが、GLSDBの効力が消えるわけではありません。

150km先まで攻撃が届くことをしっかりと認識させれば、ロシア軍は対策のために大量のリソースを割かねばなりません。できなければGLSDBが暴れ続けるだけです。


GLSDBは戦術的、戦略的な選択を押し付けることができる兵器です。

この毒は急激な苦しみをもたらすでしょうか、それともじんわりと真綿で首を締めるように効くでしょうか。


実際のところは「やってみないと分からない」です。何せ2023年から運用が始まる兵器です。

が、私はてきめんに効く兵器だと予想します。何回か殴ることができればそれで充分です。


GLSDBは、十分に混乱をもたらす兵器となるでしょう。


2023/2/6追記

初回納品は10月だそうです。まだ数は少ないだろうなとは思ってましたが、遅れますねえ……うーーーん


2024/1/31追記

遅れに遅れましたが、ようやく初回納品が行われそうです。なるべく多くのGLSDBが届くとよいのですが

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