時代に愛された時代遅れ ゲパルト

1963年。まだベルリンの壁が真新しかったころ、復興が進んでいたドイツではまったく新しい対空車両の開発計画が持ち上がりました。

戦闘機はジェット機へと変わり、鈍足の攻撃機や爆撃機ですらジェット化が行われていたため、以前のような目視照準では撃墜できなくなっていました。


そこで大口径の機関砲と電動砲塔、レーダーを備えた対空車両という難しい目標が掲げられ、ドイツは達成へ向けて努力することになります。

新しい対空車両は1976年に配備が開始され、ソ連の強大な機甲師団と戦うためにその時を待ち続けることになります。


しかし、その時は来ませんでした。いつの間にかベルリンの壁は崩壊し、ソ連は四散し、残ったロシアは西側との関係改善を進めました。

時代は対テロ戦争へと変わっていき、強力な航空機を持たないテロ組織相手には無用の長物と化します。


戦う相手を失った対空車両は高性能化するミサイル車両に押されて時代遅れと化し、ごく一部の状況下での優位性を買われてはいたものの廃止の憂き目にあっていました。

2020年以降は対ドローンに良いのではとされたものの、それもしばらくすればレーザーやマイクロ波兵器に取って代わられると見られ、細々とした整備と延命措置が取られるばかりでした。


しかしその2年後、事態は一変します。突如としてウクライナに侵攻したロシアは巡航ミサイルを用いて攻撃、ウクライナが粘るとイラン製の自爆ドローンを輸入してドローン攻撃も行います。

侵攻に怒りウクライナの懸命な抵抗を見た西側諸国は、次第に武器供与を解禁、ドイツも若干遅れはしたものの流れに乗ることとなります。


7/25、時代遅れの対空車両がウクライナの土を踏みます。

大型の機関砲を二門かかげながら、因縁の敵を叩き落とすために。


ゲパルト自走対空砲は46年の歳月を経て、戦場デビューを果たすことになったのです。


ゲパルトはレオパルト1戦車の車体の上に、二門の機関砲と二種類のレーダーを備えた対空車両です。

機関砲はスイスのエリコン社製、口径は35mmと大型で、両方合わせて分間1100発の砲弾を射撃できます。


最大射程は4kmにもなりますが、確実な命中を期待できるのは2から2.5kmくらいまでです。

一般的に28発ずつ射撃し、それを10回、再装填(リロード)なしで行えます。


砲弾は対空用を640発、自衛のための対装甲用を40発搭載することができます。

砲弾の種類はとっさに切り替えることができ、素早く自衛戦闘に移ることができます。


元が戦車なだけあり、足回りやエンジンは強力です。

機関砲の反動を良く受け止め、不整地を走破し、場所を選ばずに展開できます。


一方で最高速度は、キャタピラ式ということもあり65km/hと速くはありません。まあ対空車両に高速性を求める場面は少ないので、十分許容範囲内でしょう。

また、走行性能には影響しませんが、レーダーや砲塔を動かすために発電用の補助エンジンがついています。


レーダーは砲塔の上部後方に捜索用の回転式が一つ、砲塔前面に追尾用の固定式が一つとなっています。

このレーダーはよく使われるXバンド式ではなく、KuバンドとSバンドという周波数を用いるのが特徴です。


Kuバンドは衛星通信などの長距離伝送向きの電波で、速度の違いにも比較的敏感です。おまけに高精度なので、捜索用レーダーに適しています。

しかし雨に弱く、克服しようとすると消費電力が増大します。精度が高い分、アンテナの操作も精密さが要求されます。

Sバンドは無線LAN(WiFi)や衛星通信、イージス艦のレーダーに使われます。雨に強く、安定した電波です。


対してXバンドは、Kuバンドに次ぐ精度の高さを持ち、かつ精度を高めやすいです。Sバンド同様に安定していて、多機能に使える(使いやすい)電波でもあります。

恐らく当時の技術的な理由でわざと二種類のレーダーに分けたのだと思われますが、この変わった方式がウクライナでは面白い効果を発揮することになります。


ロシアがイランから購入した自爆ドローンは、Xバンドに対してそれなりのステルス性を有していました。

元が小さいのでXバンドレーダーには高性能なステルス機並みにしか映らず、迎撃が難しいのです。


しかしKuバンドとSバンドで構成されるゲパルトのレーダーにはステルス性が弱まり、10倍以上の大きさで映るようになります。

これでもかなり小さく映っているのですが、ゲパルトは問題なく見つけ出すことができました。


元々、ジェット戦闘機に対応しているシステムです。一度見つけることができれば、速度の遅いドローンなど的でしかありません。

ミサイルとは違い弾の単価が安く、数も多いため次から次へとドローンを撃墜しました。


つい最近(2023/1/2)公開された映像でも、2km以内に侵入したドローンを一蹴していることが分かります。

ゲパルトはレーザーやマイクロ波兵器と言った対ドローン兵器が充実する直前、かつドローンの脅威が加速度的に増す、ほんのわずかなすき間のような時代に、ぴったりと精確にハマったのです。


恐らく最後のご奉仕をしているゲパルトですが、あくまで時代に愛されたのであって時代遅れであることは否めません。


砲弾を使っているため射程は非常に短く、対空ミサイルの中でも特に短いMANPADSに劣ります。

そのくせレーダーを使用するため見つかりやすく、背の高い車体と相まって攻撃にさらされれば酷い損害と少ない戦果に苦慮することでしょう。


元々機甲部隊についていくための野戦防空システムであり機動性は比較的高いですが、車輪式の車両には到底かないません。

ウクライナでは対ドローンシステムとしてピックアップトラックと機関銃を組み合わせた部隊を運用していますが、ゲパルトが同じような形で運用されているようには(あまり)見えません。


砲弾は安いですが、本体は高性能なレーダーを装備しているため高額で、数を用意できるものではありません。

次世代のレーザーやマイクロ波兵器と比べるのはかわいそうでしょう。消費電力以外のすべてにおいて劣ります。


攻撃ヘリはMANPADSによって弱者に叩き落とされましたが、ゲパルトは攻撃ヘリによって弱者に叩き落とされた、その程度のシステムであることを忘れてはいけません。

無理に前線に出して攻撃ヘリや攻撃機と鉢合わせする羽目になれば、目も当てられないような参事を招く可能性があります。

(とはいえ、至近距離での遭遇はまた別の結果をもたらします。とっさに射撃するのはゲパルトの方が得意で、攻撃ヘリはゲパルトの攻撃に耐えることはできません)


とまあいつも通りディスって見たわけですが、だからこそゲパルトは愛されていると言わざるを得ません。

時代に、戦場に、使用者に、関係のない第三者にまで愛されています。


ロシア空軍やヘリ部隊は、対空車両への積極的な攻撃ができていません。ロシア軍の能力からすれば、本当に些細な程度にしかできていないのです。

代わりにドローンや巡航ミサイルで攻撃しています。これらはゲパルトに向かってきません。


ゲパルトは前線から送られてくる情報に従い、少々の移動を行った後、のろのろと一直線に向かってくるそれらを撃ち落とせばいいのです。

なんとカタログ値の15kmを超える16km先のドローンを捉え、6~10発で破壊できます。これは巡航ミサイルに対しても同様で、あるゲパルトは一度の戦闘で10機のドローンを撃墜しました。


おかげで数は少ないものの、質の高さと合わさって驚異的な対ドローン能力を発揮し、射程に比べて驚くべき戦果をもたらしています。

ウクライナ軍はレーザー兵器もマイクロ波兵器も持っていません。だから、性能とコストパフォーマンスが両立したゲパルトが愛されているのです。


運が良かった?ええ、そうです。

でも、準ステルス機と言える目標にも対応していたからこそ、ゲパルトはこの戦争における明確な成功者となりえたのです。

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