02 愛に狂えよ、我が獣
珠翠と入れ替わる度。俺は
「
夢は永遠に続かない。幼くも艶めかしい背に着物を羽織る珠翠は、いつ『振袖新造』となり『
彼女の肌を他の男が犯すのを考えただけで、俺の胸の内は喰い荒らされる。既に身体を売っている俺が彼女に独占欲を
「珠翠がずっと『禿』で居ればいい」
「ふふ、可笑しな事を言うものだ。妾が成長しない
「『猫』になって、珠翠が抱き続けてくれるなら」
甘えるままに珠翠を抱きしめると、微笑した彼女は俺の頭を撫でてくれる。
だが珠翠を引き止められないのは、身体を手に入れても彼女の心は俺の物で無いからだと突きつけられた。【
――曖昧な珠翠の存在を『確定』させられたら。
珠翠も
安寧の見えぬ終末にジリつきながら、抗う方法を模索する中……俺は花街にある奇病が流行っている事を知る。
『
「妖狩人の客の話によると、
俺が兄のように慕う“散る花”の陰間。
「時折、妖は獲物を
「
「それだ。……何故炎陽が知ってるんだ? 」
「……俺も客から聞いたんだ」
俺は、小首を傾げる藍菊に真実を答えられない。俺が視える若葉色の光を『生力』だと教えたのは、妖である珠翠だから。
「なら、その客も言っていたんじゃないか? 妖が潜んでいるかもしれないから、数日中には、夜明けと共に花街全体が
俺は反射的に湧き上がる怒りを吐き捨てる前に、事実が染み込むと臓腑が鉛のように冷えて行く気がした。
――今が、その夜明けだ。
「悪い、藍菊。俺、今すぐ遊女屋に行かないと!! 」
「炎陽!? 」
珠翠なら【
珠翠が人を喰らう妖である事くらい、分かっていた。それでも俺は珠翠がいい。俺にとって珠翠は化け物なんかじゃない。妖だとしても、珠翠じゃなきゃ俺は救われない!
通い慣れた道を走ると、あの遊女屋の周りには距離をとった野次馬。俺を振り返り驚愕したのは……花魁、
「遊女屋に入っちゃ駄目、炎陽! 」
「離せよ! 珠翠は
「あんた……
呆然と俺の肩から手を離す飛鶴に、
歯を食い縛り、遊女屋へ飛び込む! 階段を駆け登ると、花街には相応しくない武具を纏った物物しい妖狩人達が、愛しい
「
「違いない。林檎は、蜜のある内側から喰らうべきだからな。 妾の正体を見抜くとは、思ったよりも
「お褒めに預り光栄だ、原初様。『夢香病』と同じく特徴的な香が、呪われた人々以上にお前から今も強く香っているよ。その香は、夜に接触した
「ああ……もう演じるのは、疲れた。妾を殺せるなら、殺してみよ」
このままでは、彼岸花の
「俺を置いて行くな、珠翠! 」
「炎陽? 」
命宿る双眸で俺を捉えた珠翠に泣きたいのに、俺は
「悪人共!
俺は藍菊から受け取った駄賃の紐を解き、思い切り
俺は妖狩人達の間をぬらりとすり抜けて珠翠を抱き、開け放たれていた窓へ飛び降りた!
「人のくせに、この阿呆が! 」
珍しく動揺した珠翠が、翡翠色の妖力を
「阿呆にもなるさ。大事な女が殺されそうならば」
「妾は妖だぞ? 串刺しにされようが簡単には死なん。……だから離せ」
決して離さぬように、珠翠を抱き抱えたまま俺は駆ける!
「
ハッとしたように珠翠は俺を見上げた。揺らぐ翡翠の双眸が小さく潤み、震える彼女は俺に小さくしがみつく。
「……
珠翠は容姿と性を操る【
「だが演じていたのは、生きる為だった。 じゃなきゃ、俺を喰わずに『玩具』にして自分に執着させたりしなかった。珠翠は消えるのが怖かったんだろ!」
珠翠は耐えかねたように、その双眸から涙を伝わせた。
「玩具にしては、妾はまだ人の
俺達が必死に逃げても、妖狩人達は強靭な脚力で追いかけてくる。彼らに、ついに橋へと追い詰められた時。珠翠は儚く微笑すると、俺を突き放した!
「妾への……愛に狂えよ、我が獣」
その囁きが愛しい微笑ごと、堕ちて行く。
伸ばした手は、珠翠の紅の髪筋にすら届かなかった。
俺は引き裂かれる想いに、本能的に叫んでいた!
「なら、お前も
身体も心も! その魂ごと【魅了】して抱き締め、珠翠の存在を『確定』させてやる!
キラキラと陽光を弾く水面に吸い込まれる瞬間……珠翠は溶けるように甘く微笑した気がした。
翡翠の宝玉は、生まれた川へと帰っていっただけだ。
だから、珠翠は絶対に生きている。
俺は彼女を信じて、妖狩人達を振り返った。
「
悪人への憎悪により内側から生じる灼熱を、俺は歓迎しよう。反転する視界の内。若葉色の生力が灼熱に化し『俺』を溶かしていく。あまりの灼熱に、俺は脳髄が焼き切れてしまいそうになる。
――熱い。全てが白い。何もかも、灼熱の太陽に消えていく。
妖が夜に蔓延るだなんて、誰が言い出したガセなんだ? 緋色の妖力を顕現し『太陽』から化した俺は、堂々と朝陽の下で悪人共を喰らうぞ!
獣の爪で切り裂く度、鮮烈な
人は弱い! 俺は何を躊躇っていたんだ!
妖狩人達全てを
川へと意識を惹かれて、俺は見下ろした。
奇跡のように精巧な
水面に映るのは、原初の妖『猫』だった。
体温を重要視する『猫』は水が苦手だ。この体温で、俺は
一体、誰を?
頬に温かい涙が伝っていた。『男』のくせに、俺は何故泣いているのか。
振り返ると、血塗れた惨状に怯えた人の『女』。
華やかな
「珠翠は……生きてるの? 炎陽」
「『珠翠』? お前の知り合いか」
どうやらこの『女』は俺を知っているらしいが……
俺は緋色の双眸に【魅了】の異能をのせて手を伸ばし、『女』へと魅惑的に微笑する。温かい『女』の魂の手触りは、やはり心地良いな。その感触に堕ちた彼女は恐怖を甘く溶かし、俺に微笑を返してくれた。
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