捻くれ者の自称モブAは聖女様に出逢う。

廻夢

第1話 屋上

 嬉々揚々と流れているように見える時間が無様な僕だけを置いて過ぎ去っていく。少しだけ湿気を纏う空気が鼻について、ただでさえ普段から沈んでいる気分の底が見えてしまいそうだ。

 曇天の下、屋上から見える風景を眺めながら僕は独り学食で買ってきた余り物のパンの耳を頬張る。

 カサカサに乾いたパンは口の中から水分を奪いながら、何とも言えない後味を残して喉へと進んでいく。


「うん……味がしない。はぁ――味気のない人生を送ってる僕に似てるな――なんて」


 そんな自虐ネタを独りごちる。ジャムやマーガリンがあれば少しでも彩りと味が出るだろうが、面倒くさがって何一つとしてやってこなかった。何もやってこなかったのは面倒くさがったのもあるが、他の理由も多々ある。充実した学生生活を送りたくなかった訳では決してないのだ。


「いわゆる僕は世間的に言うなら『捻くれ者』『天ノ邪鬼』『偏屈者』『性根が腐っている』『性格が歪んでいる』『どうしようもないクズ』『救いようのな――」

「そろそろ止めませんか?私まで嫌な気持ちになります」


 どうやら屋上に居たのは僕だけじゃなかったようだ。 鬱々とした言葉のマシンガンを聞かされた人が居たとなればそれは災難だったと言わざるを得ない。そして透き通ったその声から女性だということも判別できた。

 頭上を見上げてみるとやはり女性だったらしく長い髪が靡いている。続いて揺れるスカートの間から黒い何かが一瞬だけ見えて、ようやく顔が覗く。


「あまり自分を卑下なさらないで下さい。何があったのか私には知りようもありませんが、私でよければ相談にお乗りしますよ」


 トロむように緩んだ目尻、長く艶やかな黒髪。

 聖人のように手を伸ばす彼女の眼は相も変わらず柔らかに緩んでいる。

 容姿端麗、文武両道、それに加えて大人びたその身体付き。どこからどう見ようと文句の付けようのない美少女である彼女の名前を知らない者は恐らくこの高校には居ない。


「何だっていいだろ。ご自慢のお得意技ですか?そうやって自分の株を高めてきたんだろ?その愛想笑いをばらまいてさ」

 

 外見だけが彼女の人気の理由ではない。もちろん外見もその理由の一つと言えるだろう。一番の理由及び原因はその誰にでも手を差し伸べて寄り添おうとする心の広さゆえの優しさ。そして見本のような笑顔の完璧さだ。


「そんなことはありませんよ。私はあなたが何かに悩んでいるのなら話を聞いて、一緒に解決できるなら解決をしていきたいと思った次第です。ですから私に悩みを聞かせては頂けませんか?楽になるかもしれませんよ!」


 こんなにひん曲がって救いようのない面倒な僕にも最後まで手を差し伸べてくれようとする。人間の鑑のような行動をする彼女に裏なんてこれっぽっちもにいのだろう。多分、話をすれば素直に嫌な顔ひとつせずに聞いてくれて、僕の鬱々としたこの気分も幾分か良くなるだろう。

 

 だが―――僕はどうしてもそれが気に入らない。


「だから……何だっていいだろ。僕が何をしようと何を言おうと僕の勝手だ。君のような聖人に惨めがられたくはないので今は放っていて貰えますかね?」


 冷たく色の宿らない瞳を前髪越しに向けて、威嚇をするように誘いを拒絶する。

 少しだけ驚愕を顔に浮かべた彼女は直ぐにいつもの作られたような微笑みを浮かべる。


「そうですよね。人には誰にでも話したくないことがありますよね?私の気が廻らず不快な思いをさせてしまったことを謝罪させて下さい」

「必要ない。僕は別に怒っていない。君は君が正しいと思うことをしたが、それは僕の求める物と合致しなかったまでだ。気にしないでいいから僕には構わないでくれ」


 それだけ言い放ち、僕は彼女に背を向けてからイヤホンで耳を塞ぎ、カサカサに乾いたパンの耳を口に運ぶ。

 やはり味気なくて物足りなさが残るが、朝食を食べ忘れた僕にとってこれは必ず摂取しなければならないエネルギー源なのだ。また渋々とパンの耳を摘んでは口に運んでいく。

 これで彼女も僕に愛想を尽かして放っておいてくれるだろう。

 彼女の人間性は否定しない、むしろ必要とされる人材と言っても過言ではない。僕にとっては不必要な助けなだけであって、僕以外の悩んでいる人にはきっと彼女が必要だ。


「あ、あの――!すみません!」


 不意にイヤホン越しに誰かの呼ぶ声が聞こえて慌てて振り向く。

 見覚えのある彼女はトロむように緩んだ目尻、長く艶やかな黒髪だった。


「まだ居たんですか。雛……雛……雛宮さん?」

「雛屋です!雛屋結衣ひなやゆい!それが私の名前です!」


 少しだけ強い口調で普段見せないような悔しそうな表情で雛屋はこちらを見ていた。

 

「ああ、そうだった、ごめん。それで何か僕に用でもある?」


 もう二度と話しかけてこないと思っていたが、こんなにも早くもう一度会話をすることになるとは思っていなかった分、少し驚いた。


「そうでした。一つ訂正して頂きたいんです!」

「訂正……?」

「そうです!私は決して聖人なんかじゃありませんから、聖人呼ばわりするのは止めて下さい。私には列記とした雛屋結衣という名前があります」


 恥じらうように訂正を求める雛屋には普段のような余裕や風格はない。だが、僕は彼女への対応を変えるつもりはない。

 

「癪に触ったなら謝るよ、ごめん。もう二度と呼ばないから安心してくれ」


 これで本当に二度と関わることもないだろ。

 パンの耳が数本残った袋を閉めて、この場を立ち去ろう階段に向かう。


「ま……待って下さい!」


 歩き去ろうと腕袖を掴まれて歩む足を止められる。

 振り解こうとも思ったが、万が一のことを考えるとリスクを負うのは適切ではない。

 

「まだ僕に用がある?」


 振り返りはせずに背中に越しに質問した。

 何の返答もなく、しばらく沈黙が続く。

 

 もしも僕がライトノベルに出てくるイケてる主人公ならそれなりの台詞を言ってから抱きしめるでもなんでもするんだろう。だが生憎僕はただのモブAに過ぎないのだと自覚している。

 

 もう行こう。


 そう思った瞬間に僕の物語は奇しくも動き出してしまったらしい。


尼乃優あまのゆうくん!私と……私は不束者ですが、私と……と、と、友達になって頂けませんか!?」

 

 彼女、雛屋結衣は分け隔てなく相手が誰であろうと卑下することなく、媚びを売ることもなく、ただ対等に向き合う姿に魅入られて生徒を始めとした、教師、地域の人々、増しては保護者からもある愛称で呼ばれている。


 ―――『聖女様』と。


 ―――――――――――――――――――――

 お久しぶりです。

 初めましての方は初めまして。

 かいむと申します。長期間の活動休止をしてしまい大変申し訳ありません。新卒で社会人となり、身体と心がまだまだ追いつかない状況です。

 今回、長期間で溜まったシチュエーションや物語構成を徐々に吐き出していこうと思います。不定期更新になるとは思いますが、読んでいただけると幸いです。

 最後に、私はやっぱり聖女様が大好きな様です笑

 何卒、主人公に愛想を尽かさず完結までお付き合い下さい。

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