25.邪神
「なんだあれ?」「もう勘弁してくれよー!」「また魔物が出たぞ!!」「ああこれから仕事だってのに!!」「キャーー!!!!」
日が沈み人々が家路につき始めた頃。街全体を包んでいた巨大な魔力は拡散し、今まで歪曲していた空間が現在のものへとすり替わる。空から季節外れの雪が降り始め、背中にコウモリの翼を生やした黒騎士の魔物たちが次々と出現した。
「日中の騒動といい、この魔物たちはどこからやってきたのかしら。.......邪神復活の兆候じゃあるまいし....いや違うわよね....まさかね??」シャイン・バーミリオンは街角から現れる黒騎士達と剣を交えながら、最悪の事態を想定していた。
「だとしたら、大変。早く父様に知らせないと!」
◆◆◆
「ご主人様を守るのは、この、ぼくだあ!!」
高らかに叫んだホタル。そしてこのドヤ顔である。
「なに叫んでんだよ....」「ご主人様!倒しましたよ?どうですか?凄いですか?これで一件落着ですか?」
「よくやった、ホタル。」
ぽんぽんと頭を撫でると、んふふ〜と目を瞑って体を擦りつけようとしてくる。
「それとまだ、やることが残ってる。」
「「「邪神の討伐???」」」
ホタル、セレスト、トレッドはぽかんと口を開ける。
「そんなこと可能なのか?」冷静なセレストは片眼鏡をクイッと持ち上げる。「そもそも街全体に掛かってた魔法自体、邪神を封印する為のものだったんだ。それを解いてしまった以上、復活した邪神は俺たちで何とかしなくてはならない」
え?オレそんなことに加担してたの?と惚けた顔をするトレッド。
「まてまてまて!さっきのジジイで相当キツかったんだぜ!?邪神相手ってやべえだろ!」
「そこは僕がいるのでご安心ください」
むふーっ、と胸を張る得意げなホタル。俺が頭に手を置くと、えへへとこちらを見上げてくる。
「確かにこの姉ちゃんがいれば何とかなりそうな気もするけどよ.....大丈夫かぁほんと。もう全線で戦えるほど体力残ってねぇし!」「お前にしては随分と弱気だな。自信でも無くしたのか?」「うるせぇメガネ!俺にだって引き際ぐらいわきまえてるんだよォ!」「兎も角、セレストとトレッドは街中にいる小物を片付けてくれ。俺と蛍で邪神の様子を見てくる。」
◆◆◆
おれはこの街で衛兵をやっているボルドーって言うもんだ。
今日は街中に現れた魔物を冒険者と連携して掃討に当たっている。
「お前ら!この街は俺達が護るぞぉ!!」
「おぉ!!」
鉄の鎧を身に纏った兵士達と、大きな武器を携えた屈強な冒険者達が雄叫びをあげながらゆらりと闊歩する黒騎士に刃を振り下ろす。
普段は退屈な仕事ばかりだが、それもこんな緊急自体に備えてのモンだ。昼間の魔獣騒動じゃ対応が間に合わなかったが、今こそ衛兵の本領発揮だ。邪神が復活するかもしれねぇって通達が回ってたが、それだけはなんとか阻止しねえとな。つっても、俺達ができるのはこいつらの足止めだけだ。あとはバーミリオンの嬢ちゃん率いる精鋭部隊に任せるしかねぇ。
「おらあぁ!」「うらぁ!」「ぶふぅっ!」「あ痛っ!!!!」「ぐへっ」「ダメだこいつら!超強ええ!!」
ちっ、強い割に結構な数だなぁ。こっちの攻撃を全て冷静に処理してやがる。これは、元C級冒険者の血が騒ぐじゃねえか。
「おいアンバー、死ぬんじゃねえぞ。」
おれは長槍を振り回す冒険者時代からの相棒、アンバーにポーションを投げる。
「おう、お前もな。」
梅干しをこれでもかと絞ったような彫りの深い笑みをボルドーに見せつけながら、渡されたポーションの蓋を口で開けてワイルドに流し込む。その瞬間だった。
グサッ
ポーションを飲んだ隙に黒騎士が見たことの無い速さで急接近し、アンバーの胸元を串刺しにした。
「アンバあああああああああああああ!?」
つるぎを引き抜いた黒騎士は、直ぐに次の標的を定める。今度は真横で叫んでいたボルドー目掛け刀を下ろしたかと思うと、斬撃の衝撃波のようなものがこちらに飛んでくる。
「不味い!?」
アンバーがやられたことでこちらの陣形が崩れ囲まれる。回避行動を取ろうとするも、周囲の魔物達もボルドーへ攻撃の手を緩める気配がない。
四方八方からの攻撃。最早打つ手無し。四面楚歌と思えたその時、おれの目の前に、群青に輝く鉱石の騎人が現れた。「大丈夫か、兵士達よ」
闇夜に煌めく群青の騎士は、巨大な鉱石の盾で全ての攻撃を受け止めると、右手の長槍で周囲の魔物を薙ぎ払う。そこへ金髪の青年が飛び込んでくる。
「オラァ!!!!」
体勢を崩した魔物を渾身の左フックで吹っ飛ばすトレッド。そこから二連、三連撃と次々に魔物を打ち上げていく。
「─【最上級爆裂広範囲回復魔法】─」
負傷したアンバーに、どこからともなく現れた銀髪の少女が、回復魔法(?)を施す。刺された場所がみるみると塞がっていき、アンバーが息を取り戻す。銀髪の少女は広場の魔物を一太刀で切り捨てながら、他の負傷者も治療していき、あっという間にどこかへ去ってしまった。
「なにいいい!?」
「兵士たちよ、これを使え。サファイア製の長槍と直剣だ。」
先程の全身青色男は、比較的安全地帯となった中央広場で、高品質な武器の補給を始める。
一先ず、援軍が来たようでこちらの戦況は優勢となった。
◆◆◆
「─灯火に揺らぐ精霊たちよ、閃光の太刀筋を示せ、ライトニングスラスト─」強い光の魔力を帯びた刀身が、対象の硬い装甲を溶かすようにして入り込む。そのまま五連斬を繰り出すと、魔物は光の粒子となって消失した。
「ふぅ、つぎはそこかなっ」
背面上空から切りかかってきた刃をスラリと躱して、首を切り落とす。
「よっと」
地面の墜ちた首無しの鎧を蹴りあげ、味方が応戦する魔物の体制を崩した隙に駆け上がり、背中に三連突をお見舞する。
「たくさん...居て、進みづらい」
シャイン・バーミリオンは、小規模の精鋭騎士団と共に邪神を封印している祠へと進行していた。祠へ近付くにつれて魔物の数が増えており街中の戦闘は激化しつつある。同時に後続に避難誘導の経路を確保しつつ、逃げ遅れた人がいないか捜索にあたるが視界は悪い。
シャインを先頭にして、魔物の軍勢を掻き分けながら目的地へ走る。
「流石聖騎士殿、B級下位の魔物の軍勢に臆することなく進んでいけるとは、なんとも頼もしい限りですな。」
隣の副団長が得意げに鼻を鳴らす。
「そんなことない、できることなら被害は最小限に、魔物達もできる限り掃討したい。でも...多すぎ。」
弓を持った魔物の胴体に三連突で穴を開け、前方からやってくる4体の連携攻撃を宙返りで躱すと同時に頭部を一閃。後方からの仲間達が追撃で討伐し、道を切り開く。
「もし、邪神が復活したら、この、聖剣で.....」
邪神ブラデリア。戯れに1つの大陸と4つの国を滅ぼした最凶最悪の存在。その強さから歩く終焉と恐れられ、人々を恐怖の渦中に陥れた狂気。それが今再び、復活を果たそうとしているのだろうか。伝承によれば彼ノ厄災が訪れる時、空は霞み、雪の降る大地に翼を生やした闇の使徒が隊列を為して舞い降りるという。この状況はまさに、邪神が訪れる前兆そのものであった。
震え上がる唇を噛み締め、覚悟を決めたシャイン一行は祠へと到着した。
遠くに見える時計塔から悲しげな鐘の音が囁く。
寂れた街外れの一角。小さな協会と共に歪な柵で囲われた墓地の最奥。街で死した者と共に祀られているのは弔いからなのだろうか。
暗くどんよりとした一本道を進んでいく。禍々しい気配が濃くなり、冷たい空気が背筋を通り抜ける。
先程まで所狭しと並んでいたはずの魔物の気配が一切無い。松明の火を絶やさないよう交換し、さらに進んでいくと、向かいから声が聞こえて来た。
「みんな、きおつけて。」
シャインは騎士団に注意を呼びかける。一瞬の気の緩みさえ命取りとなる。
「え〜お化け屋敷苦手なんですか?」
「いや、苦手って言うか、怖いだろ、あれ。いきなり出てこられたら誰だって驚かない?」
「以外ですね、そういうのまったく動じないと思ったんですけど。こう、微動だにせずいなしてしまわれたりとか。」
「確かに固まるかもしれないが、それは驚き過ぎて固まってるんだからな、さっきだって....」
「おいお前達!こんな所で何をしている!」
この状況で祠に一般人が居るとは考えられないが....
疑心暗鬼になった副団長がカップルらしき男女に声をかける。
「何って.....要件が済んだから今から帰るところだ」
光に照らされて浮かび上がった銀髪の女が、恥ずかしげに俯く。
若干呆れ気味の副団長、目配せの末シャインが口を開いた。
「ここが何の祠か分かるでしょ?街に魔物が溢れかえってる。邪神がいつ復活してもおかしく無い状況なの。あなた達も早く避難した方が良いわ。」
「ああ、それなら────」
──ゴーン──
祠最奥の間、固く閉ざされた巨大な石扉の向こう側で、それはあぐらをかいて牙を見せた。
『やば!やばやばやば!!まぢ!?やばくない!?うち復活したん!?できたん!?まじで???』
歪に唇を震わせて、ニタァと引き攣った自分の顔を長く伸びた爪で引っ掻き回す。
『いいの!?やっちゃうよ!?またやっちゃうよ!?へいへいへーい、あぐっ』
金切り声で楽しそうに叫ぶブラデリア。復活の材料にしたブラッディグリフォンの残りカスを食いちぎる。
『うん、うまくね、封印明けのごはん、まぢうまくね???』
祠の入口から、人間が入ってくる音が聞こえてくる。美味そうな女の匂いもする。食べるか殺すか、迷うぞこれは。
『てゆうか!食べながらころそっか!あはははは!!』
やっとこの時が来た。ずっとずっと1人で寂しかった。これからは自由に生きて、ともだちとか作って、楽しく暮らすんだ。やっと抜け出せたんだから、ちょっとぐらいいいよね。また、やっちゃってもいいよね。
『いてきまっ!!!!!』
壁を突き破り、広い聖堂に入り込むと、そこには1人の少女が立っていた。ステンドグラスをくぐった月明かりが、彼女の銀髪を撫でる。
『おんな??あんたはおんなか???おんなだ!ゆーて、美味いやつじゃん!!やった!!』
飛び跳ねて喜ぶブラデリア。久々に外の世界へ出て、彼女のテンションは爆上がりマックスファイヤーである。
「あなたが、邪神ブラデリアさんですか?」
『そうだよ???うちがブラデリアってゆうの。よろしくね!?!?うん、よろしく!!!うん。よしく!!よし食う!!いただきま──────』
スパァァン!!
一閃。邪神ブラデリアの首が空を斬った。
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