2.転生

「ここは…………どこだ………?」

眼が覚めると、森に居た。

俺が寝ているところは、ちょうど芝生のようになっていて、なんだか気持ちいい。快晴な青空を見上げていると、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。あぁ快適。

……………のんびりしている場合じゃないな

一旦この状況を整理しなければ。

起き上がり周辺の地形を観察する。生い茂った鮮やかな葉にはまだ朝露が残っており、湿っぽい水と土の匂いがかすかにする。乾いた風が少し涼しい。午前中、それも日が昇りきっていない朝方だろうか。

遠くは霧がかっていてよく見えない。朝方という過程が正しければ、もうじきよくみえるようになるだろうか。

俺がいる場所は、木々がひらけていて十分な光を確保しているが、森の奥には木が生い茂って薄暗くなっている場所もある。

俺は何故こんな所にいるんだ?

確かバイト帰りで………

そうだ、最後の記憶はバイトが終わって帰っている途中だった。

それも夕方。後の記憶が無い。

確か意識が途切れる寸前に何かあったような…………

だめだ、思い出せない

自分の所持品を確認すると、ジーパンのポケットにストラップが入っていた。財布や着替えなどを入れたリュックは無くなっていた。

それ以外には、ハンカチと、ティッシュ。

ほぼ身一つで森の中に放置されている状態。

頼みの綱であるスマホも無い。

取り敢えずやばいな

ここでじっとしていても埒が明かないと考えた俺は、居心地の良かったこの場所から離れ、人のいる場所を求めてとりあえず歩いてみることにした。

森の中を歩くというのは、なかなか新鮮だな。

俺は先程見つけた獣道を歩きながら、自然の美しさに感動していた。

高校の合宿以来の自然散策に懐かしさすら感じ、心を踊らせる。


ん?なんだ?


何か大きな生き物がこちらに近寄ってくる。草を踏みしめる音からして、相当大きな動物だろうか。

ここで野生動物と鉢合わせるのはまずい。

この獣道を使っている連中かもしれないと思い急いで草むらに潜り込もうとシダの葉を掻き分けたとき。



…………まじか



見事に鉢合わせた。

黒い巨体に赤い眼。頭に三本の角を生やし、腕にはゴツゴツとした骨の装甲のようなものが、鋭い爪の先に向かって付いている熊だ。

黒くてツノの生えたアオア◯ラのような奴だ。


どうする?

やばい。

まずこんな馬鹿げた奴が今の日本に居るのか?

ドッキリか何かか?

いやその可能性を考えるのはそうじゃなかった時に取り返しがつかないのでやめておこう。

熊っぽい見た目ではあるから、大きい音を出せばどこかに行ってくれるだろうか。

いや流石に目の前に現れた状況では通用しないだろう。

というかア◯アシラといえば序盤中の序盤に出てくる雑魚モンスターとして扱われることが多いが、実際目にしてみるとバケモノだわこれ。

これはダメだわ。

よくハ○ターの皆さんは毎回こんな奴等相手に狩りとか出来るわ。

まじで尊敬に値するわ。

俺には成すすべがない。

という事で俺がとった行動は。



「うをおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!」



▶︎逃げる



ヤツとエンカウントしてからここまで約1秒。

生命の危機を本能的に感じてしまった俺は必死で逃げる!

するとヤツはグオオオオオと雄叫びあげながらこちらにむかってくるではないか!



超怖ええええええええええええええええぇ!



背後で木々をなぎ倒す音が聞こえる。

木の根っこに足を奪われたりしながらも、俺は無我夢中で走った。

これはやべえぞ!

どうすんだこれ!

振り返るとヤツはものすごい形相で迫ってくる。

どんな精神で獲物を追いかけてるんだ。

殺意剥き出しじゃねえか。

普通ライオンでもあんなに殺意飛ばしてこねえよ。

殺意ガンガンで迫ってくるとか狩りとしてどうなのよ。

そういえば昔、飼い犬とハムスターを対面させたことがあったが、犬が当然のごとくハムスターを噛み殺そうとしたもんだからめちゃくちゃ焦った記憶がある。

犬からしたらハムスターはただの餌なんだろうか。だから殺意が無いというのも怖いという話なのだが....

気を落ち着かせるためにそんなことを考えながらしばらくヤツと追いかけっこを続けてきたが、さすがに疲れてきた。

徐々に俺の走るスピードも落ちて来ているが、ヤツはまだ追ってくる。

喉をゼエゼエ鳴らし、残りの体力を振り絞って逃げ続ける。


「うぉあっ!!」


運悪く前方に倒れていた木に足を取られ、全力で前に転んでしまった。

一回転して地面に頭を強く打ち付ける。


「....いってぇ........!!」


足を挫いてしまった。

さらに意識が朦朧としてきた。

枝をかき分けて進んだ時に体中に小さな切り傷を負っていたせいか、ヒリヒリした痛みを感じる。

この痛みがかろうじて今の一撃で意識が飛んでしまうのを引き止める役目になったのが不幸中の幸いと言えようか。

それでも視界は揺らめき、目の前が緑色になっていく段階で、俺は目の前に迫ったヤツを捉える。

これは.......詰んだ........


短い人生だったな

これでようやくカナタのいる場所まで行ける......

四つん這いから二足歩行に立ち上がったアオ〇シラが、鋭い爪を振り上げる


その時だった。


「上位種のブラックホーングリズリーですね。なんとか間に合いました。」

「...え.......?」

「安心してくださいご主人様。ご主人様の命は.....僕が守りますっ!!」


一閃。


目の前に突然現れた彼女は、美しい剣筋で刀を振るったら最後、目の前には鮮やかな朱色の花が咲いていた。

ドサリ、と巨体が沈む音が聞こえる。

「お怪我はありませんか?ご主人様。

.......随分と派手に転びましたね。ふふっ」

振り返った銀髪のショートカット美少女は、そういって俺に親しげな笑みを向けたが、その時既に俺は意識を失っていた。



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