30.急変
俺への冷遇が一変したのは、翌朝だった。
結局、昨日は医者も往診に来ることはなく、夕食も朝と昼と同じものが提供された。
看護婦は無言で食事を置き、食べ終えて置きっぱなしだった昼の食器を下げる。
俺も学習したので無駄に話しかけず、無言で食事をした。
相変わらず、不味い上に量は少ないので腹は満たされないが、労働をしていない分、今までのように空腹感に苛まれることはない。
背中の痛みは、じっとしていれば耐えられる。
どんな冷遇を受けようと、この清潔なベッドと労働無しの現状は、今の俺にとっては極上だった。
今までろくに休めなかった分、俺はひたすら眠ることに集中した。
朝、覚めたので、気合を入れて起き上がり、痛い背中を丸めるようにトイレに向かった。
戻って来てからも、惰眠を貪ろうと静かに横になっていると、ガチャリという音が聞こえ、扉が開いた。
もう朝食か・・・。
空腹じゃなくなってくると、あの食事の内容は結構辛い・・・。
今までは空腹の方が上回っていたから食べれたけどさ。
俺はチロリと扉に目を向けた。
すると、驚いたことに、入ってきたのはいつもの看護婦ではない。
白衣を着た中年男性が立っていた。
男は俺の方に向かって歩いてくる。
その後ろを、数名の看護婦がゾロゾロと付いてきた。
男は俺が目を覚ましていることに気が付いたようだ。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
にっこりと笑うと、ベッドの横にある椅子に座った。
「・・・ども。おはようございます・・・」
俺は男の笑顔にたじろぎながら、オズオズと挨拶した。
そんな俺の態度など気にも留めずに、男は俺の手を取ると脈拍を図りだした。
えっと、医者か? この男? やっと往診?
「うん、落ち着いている。いいですね」
医者は俺の手を放すと、
「傷を拝見します」
そう言って、看護婦たちに手で合図を送った。
すると、看護婦数名が俺を起こすと、服を剝ぎ取りだした。
「え? え? ちょっとっ! 自分で脱げますけどっ?」
急なことに驚いて、思わず抵抗したが、数名相手に敵うわけがない。
しかし、それよりも、あまりの衝撃的な状況が俺から抵抗力を奪った。
看護婦がにっこりと笑っているのだ。しかも全員。
昨日の仏頂面だった看護婦でさえ・・・。
どういうことだ? 正直、気持ち悪い!
昨日、あんなに俺を嫌がっていたくせに。虫けらでも見る様な目をしていたくせに!
俺は服を脱がされると、グルグル巻きにされていた包帯を解かれ、上半身裸にされ、背中を医者に向けて座らされた。
医者は無言で傷口に薬を塗り込む。その度に痛みが走る。
しかし、その手元が見えなくても、丁寧に扱われているのが分かる。
治療が済むと、今度は看護婦たちが包帯を巻き出した。
こちらも妙に丁寧だ。
二人の看護婦が俺の腕を片方ずつ持ち上げ、一人が―――昨日の看護婦が俺の胸の周りから胴にかけて包帯を巻いて行く。
昨日の態度から考えると、とても想像もできないような丁寧な仕草だ。
チラリと見える表情も穏やかだ。
それに、なんか妙に近いんだけど・・・。
背中越しに俺の体に包帯を巻きつける。
包帯を俺の胸に回すたびに、彼女の体が背中に当たっている気がする・・・。
いやいや、近過ぎるのはちょっと困る・・・。
俺だって健康な高校生男児なんですよ・・・。
柔らかいものが背中に当たる度に、俺は持ち上げられた両手の拳をギュ~っと握りしめた。
巻き終えると、看護婦は俺の両肩に手を添えて、
「はい、終わりましたよ」
そう耳元で優しく囁いた。
俺はゾクゾクっと身震いした。
なに? 今の! 不意打ち止めてくれ!
俺は看護婦に振り向くと、看護婦はにっこりと微笑んでいる。
他の二人の看護婦も同じく俺を見て笑っている。
そして、名残惜しそうに俺の腕を放した。
「さあ、朝食でございます」
今度は別の看護婦が、医者も彼女たちも押しのけるように割り込んできたかと思うと、俺の前に簡易的なテーブルを設置して、そこに朝食のプレートを置いた。
「え? うそ・・・?」
そこには昨日までとは打って変わった食事が並んでいる。
パンに分厚いハムにソーセージ。そして湯気が上がっているスープ。中を見ると色とりどりの野菜がたくさん入っている。
俺は目玉が飛び出るかと思った。
いや、実際に飛び出ていたと思う。
俺は豪勢な食事を前にして、理性が崩壊した。
ダラダラとよだれが溢れてくる。
「こ、これ、食っていいんですか?!」
「もちろんです。たくさん食べて力を付けてください。その方が怪我の治りも早いのですから」
医者は満面の笑みで答える。
「では、ごゆっくり。ほら、お前たちも邪魔をしないように下がりなさい」
医者は椅子から立ち上がると、尚もその場に留まろうとする看護婦たちを促して部屋を出て行った。
出る間際、医者は俺に振り向いて、
「食べ終えたらゆっくりお休みください。また診察に参ります。ケンタロウ様」
そう言って出て行った。
ケンタロウ様・・・。
そんな言葉が聞こえた気がするが、俺はそれどころではなかった。
目の前の食事に犬のように食らい付いていた。
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