29.『婆』を取って

「うん、ライラちゃん。へえ、改めて呼ぶと可愛い名前だな」


そうだよな。14歳の女の子なんだ。ってことは、まだ中学二年生ってことか?


うーん、それにしては、ずいぶん小柄な子だな。小学生みたいだ。

そう思うと『ちゃん』呼びくらいが丁度いい。


俺はライラの頭を、もう一度ポンポンと撫でた

すると、ライラはピョンっと飛び上がるように立ち上がった。


「も、も、もう戻る! 良く休むように!」


早口でそう言うと、クルッと向きを変え、扉に向かってパタパタと走って行ってしまった。

あれ? 照れちゃったかな?


「え~? ちょっと、ちょっと~、ライラちゃ~ん!」


俺は彼女の背中に向かって声を掛けた。

ライラはピョンっと飛び上がると、チラリと振り向いた。


「またねー! ライラちゃん! お菓子ありがとうな!」


俺は笑って手を振った。

だが、ライラは何かを思い出したように、パタパタと俺の元に戻ってきた。

俺の前に立つと、


「・・・忘れていた・・・」


そう呟き、ポケットから包みを取り出した。

そして、俺に差し出した。


「え? 今日も持ってきてくれたの?」


ライラは無言で頷く。

お菓子を両手で差し出す様や、恥ずかしそうに頷く様子は、顔さえ見えなければ小さな女の子の仕草そのものだ。


「ありがとう、ライラちゃん。明日も来てくれる?」


俺はお菓子を受け取ると、俯くライラの顔を覗き込むように見た。

目が合ったライラはふいっと顔を背けると、コクンと頷いた。

と思ったら、クルンと向きを変え、扉の方へ走って行った。


もう一度、扉の前でチラリと俺に振り返る。


「また明日ねー、ライラちゃん!」


俺はまた手を振った。

ライラはすぐに顔を背けると、急いで扉を開けて出ていってしまった。


あれれ。ライラちゃんライラちゃんと連呼し過ぎたかな?

馴れ馴れし過ぎた?


「まあ、いいか。それより食お。腹減った。朝食まだかな・・・?」


俺は手に持っている包みを開けた。

今日もクッキーだ。いい匂い。


俺はムシャムシャとあっという間に平らげてしまった。





「どうしましか? 姫様!」


病室から飛び出してくるように出てきたライラに、ランスは駆け寄ってきた。


「また、あの奴隷が無礼を働きましたか!? 私がど突いて参ります!」


ランスは鼻息荒く、扉を開けようとした。

ライラは慌てて、ランスの目の前に割り込むと、まるで抱き付くように止めた。


「な、何でもない! ケンタロウは何も言ってないぞ!」


「さようでございますか・・・?」


ランスは怪訝な顔でライラを見下ろした。

ライラはふいっと顔を背けると、


「もう戻る」


そう言い、ランスからスッと体を離すと、スタスタと廊下を歩き出した。


「お、お待ちください! 姫様!」


ランスは扉とライラを交互に見ながらも、ライラを追いかけることを選んだ。


「いいですか? 姫様。前々から申し上げておりますが、城の中とはいえ、お一人で歩き回るのはお控え下さい。必ず私をお傍に・・・、って、姫様~、聞いてますかぁ~?」


スタスタ歩いて行く小さい後ろ姿を、大男は説教をしながら追いかけて行った。





運ばれてきた朝食は、奴隷のそれと大差が無かった。


まあ、寝ている場所が救護室のベッドと言うだけで、奴隷と言う立場は変わらない。

当たり前と言えば当たり前なのだろうが、過ごしている場所がいつもと違うせいで、もっといい食事が出るのではないかと淡い期待を抱いていた。


食事を運んできた看護婦らしい人の態度も、非常に冷たい。


―――奴隷ごときがこのベッドで寝てんなよ!


言葉にこそ出さないが、態度にはっきりと表れている。


もう、ホント、感じ悪いったらない・・・。

いやいや、いつになっても慣れないや、この差別的な冷遇。


朝食が終わって、かなりの時間が経っても、医者も看護婦も来ない。

いつになったら傷の手当てをしてもらえるのかと、ずっと待っているのだが、誰も来ない。


とうとう昼飯の時間になった。


一人の看護婦が朝食同様、昼食を運んできた。

無言で、俺の横のテーブルに昼食を置き、朝食の食器を下げる。

俺は思い切って聞いてみた。


「あの~、先生の受診っていつなんでしょうか? 怪我の包帯って変えてもらえるんですか?」


看護婦は俺に声を掛けられて、ピクッと肩を揺らした。

そして、チロリと俺を見た。

その目ははっきりと侮蔑を表していた。


俺なんかに話しかけられたことが、心底屈辱であるかのように、すぐに顔を背けると、


「わかりません」


一言そう言い捨てると、急いで部屋から出て行った。


「うわぁ・・・、ひでぇ・・・」


その態度に、思わず口に付いて出る。

俺は溜息を付くとテーブルに置かれた食事を見た。


明るく広い部屋の清潔なベッドに寝かされていながら、病人食には程遠い、残飯のような食事。


傍から見たら、なんてシュールな画だろう。


辛いとか悔しいとか悲しいとか、そんな感情の上を行き、笑いが込み上げてきた。

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