27.『婆ちゃん』

「じゃあね、パパはそろそろ行くね。ちゃんとお医者さんの言う通りにして、ゆっくり休みなさい」


「・・・おう・・・」


俺はライラ婆ちゃんの事実が衝撃過ぎて、親父に反抗する気は失せてしまった。


二つある小さいランプの一つを手にすると、親父はゆっくりと部屋から出て行った。


一つになった明かりを俺はボーッと見つめた。

弱々しく揺らぐ炎はどこか寂しくて儚い。

その炎が、寂し気に俯くライラ婆ちゃんと重なる。


14歳なのに老婆・・・。

もしかして、外見だけではなく寿命も奪われているのだろうか?


暫く見つめていたら、炎はさらに弱々しく小さくなり、ジジジッという音と共に消えてしまった。


同時に部屋は暗闇に包まれる。


ライラ婆ちゃんの命もこの炎のようにもう残りわずかなのだろうか・・・。


俺は静かに目を閉じた。





次に目を覚ました時は、部屋は明るかった。

朝のようだ。窓の外からチュンチュンと鳥のさえずりが聞こえる。


「あー、よく寝た・・・」


俺は無意識に伸びをしようと腕を伸ばした。


「いでで・・・」


途端に背中に激痛が走る。

俺は慌てて伸びをするのを止め、ベッドの中で小さくなった。


顔だけ上げで周りを見渡してみる。

簡素な部屋にベッドが六つ。病院の大部屋みたいだ。

俺以外誰もいない。


腹減ってんだけど・・・。

傷も痛いし・・・。誰か来ないかな・・・。


そう思って扉の方をチラリと見た時だ。

ガチャリと扉が開いたと思ったら、大柄な男が視界に入った。

だが、その男の前に小さな人物が立っていた。


その人物は男が制するのも聞かず、タタタっと真っ直ぐ俺の傍に駆けてくる。


「ケンタロウ! 目が覚めたのか?」


俺が起きているのに気付いて、喜びの声を上げた。


「ライラ・・・婆ちゃん・・・」


「良かった! 三日間も眠っていたのだぞ! 今、目を覚ましたのか?」


婆ちゃんはベッドの傍の椅子にちょこんと座った。

いつものようにフードを目深に被り、顔はスカーフで覆っていている。

それでも下から見上げる俺には、婆ちゃんの目が見える。

俺の無事を喜んで、微笑んでいることが分かる。


でも、その微笑んだ目元の皺のあまりの深さに、俺は切なくなった。


「・・・いや、昨日の夜中に一度目が覚めたんだ・・・」


俺は、つい、声が小さくなってしまった。

事情を知ってしまうと、同情心が湧き出して、今までのように上手く話せない。


だが、俺が事実を知っていることを知られるのは不自然だ。

あくまでも普段通りに振舞わないと。


「やはり元気がないな。傷はまだ痛いか?」


ライラ婆ちゃんは気の毒そうに首を傾げた。

俺にはその一つ一つの動作が痛々しく見えてしまう。


「・・・うん。超痛い・・・」


俺は、何だか見ていられなくて目を閉じた。


婆ちゃんはそんな俺に驚いたようだ。

椅子から飛び降り、ベッドに手をつくと、俺を覗き込んだ。


「大丈夫か!? ケンタロウ? ランス! 医者を! 早く医者を呼びなさい!」


やべっ! 心配させちゃった!


婆ちゃんは後ろを振り向いて、傍にドーンと仁王立ちしている大男に命令した。


「大丈夫ですよ、姫様。ちゃんと傷の手当はしているんです」


大男はにべもなく答えた。


「怪我しているんだから少々痛いのは当たり前。そこを『痛くありません! 大丈夫ですっ!!』と言えることもできないとは・・・。あー、何とも情けない・・・」


ケッと吐き捨てるように言うと、俺を睨みつけた。


何? こいつ。超感じ悪いんですけど! 

いや、俺だって、そう言おうと思ったもん!

でも、ゆとりが無くって、つい本音が出ちゃったんだもん。


「だが、ランス!」


「い、いや! 大丈夫! うん、そりゃ痛いけどね、じっとしてれば平気!」


執拗に食い下がる婆ちゃんを俺は慌てて制した。


「だが・・・」


ライラ婆ちゃんは心配そうに俺を見下ろす。


「大丈夫! それよりさ、そこに置いてあったクッキーって、婆ちゃんが持ってきてくれたんだろ? 夜中に食べたよ。ありがとう!」


話題を変えるように俺は笑って見せた。


しかし、次の瞬間―――。


バコーンっという音と共に、頭に激痛が走ったかと思うと、部屋中に怒号が響き渡った。


「貴様ぁー! 姫に向かって何てことをっ!」


大男は、俺が頭を抱えて悶絶しているのもお構いなしに、胸倉を掴むと、


「この無礼者―っ!」


大声で怒鳴りながら、俺をゆっさゆっさと揺すぶった。


「ぐ・・・っ!」


その衝撃で背中に激痛が走る。

頭も痛いし、背中も痛い。首も苦しい。


「止めろ! ランス!」


ライラ婆ちゃんは大男の腕に縋りついた。

だが、大男は怒りに燃えた目で俺を睨みつけ、手を放さない。

それどころか、グイっとさらに俺を引き寄せた。


「一番・・・、一番お耳に入れたくない言葉を・・・!」


男は俺の耳元で、苦しそうに呟いた。


「・・・」


俺は何も言えなかった。

胸倉を掴まれ、苦しいからだけじゃない。

俺も心底そう思ったからだ。


でも、こっちも身バレするわけにはいかない。

敢えて使ったのだ。いつもの通り、『婆ちゃん』って。


「止めろ! ランス! ケンタロウは何も知らないのだ! 私の姿を見て老婆と思って何がおかしい?」


必死に止めに入るライラ婆ちゃんに、ランスという男はやっと手の力を弱めた。

そして、不本意と言わんばかりに、俺をベッドに投げ捨てるように放った。

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