悪意

 なんとデューイ様はこの件が解決するまでミディール学園に在籍する予定なのだそうだ。「短期留学ってやつだな」なんて楽しそうに言っていたけれど、国王が留学なんて聞いたことがない。きっと手続きにも時間がかかったことだろう。二人で同じ制服を着て話し込む姿はとても新鮮だった。


「ああ。リリー。待っていたよ。何事もなかった?」

「はい。ご心配には及びません」


 私はルイ様の目をまっすぐ見て頷いた。

 そして、デューイ様に持ってきたものを渡す。


「こちらが証拠の品です」

「ん」


 デューイ様は私の言葉に短く応答した。視線は既に茶葉のほうへと奪われている。

 じっくりと眺めたデューイ様は、「これは……」と言ったきり、口をつぐんでしまった。


「何か予想外のことでもあったか?」

「いや……。予想通り。この茶葉には軽い呪術がかけられている。ただ、茶葉自体というよりは……」


 そう言ってデューイ様は茶葉の中に混ざっている赤い花びらをつまみ取った。


「これだな。この花弁に呪術がかけられている。しかも、鮮度が高いから少ない魔力で最大限の効果が期待できるな。これは興味深い……」


 デューイ様は元々闇魔法の使用について研究もされていると聞く。すっかり研究者の顔で花弁を眺めている。


「デューイ。それはリリアーヌの命を脅かしていた元凶だぞ。言葉を慎め」

「リリアーヌすまん。そういう意図での発言ではなくて……」

「デューイ様、大丈夫です。わかっていますから」


 私はデューイ様にそう断ってから、ルイ様の手を取った。


「ルイ様。ありがとうございます。これで私はあなたと生きていけます」


 私の体調を狂わせ、最後には命まで奪ってみせたのはこの茶葉だったのだ。これさえ私の生活から取り除けば私の命は繋がる。よかった。


「リリー。おいで」


 私はされるがままに、ルイ様の腕の中へと収まった。ルイ様の胸に私の涙が染み込んでいく……。そして化粧も……。


「ルイ様……。私のお化粧がルイ様の制服に……」

「いいよ。リリーを構成する全てのものは僕のものだから」


 そう言いながら、ルイ様は私の頭をゆっくりと撫でてくれた。

 

「ルイ様すき……」

「僕もだよ」


 どれくらい二人でそうしていただろうか。デューイ様は呪術を仕込まれた花弁に夢中だったし、ルイ様は私を全力で甘やかしてくれたし、私は自分の気持ちと向き合うのに必死だったから。

 

 気がついたらピアノの音色は聞こえなくなっていて、代わりにアラスター様が姿を現していた。

 どうしてそれがわかったかというと、私がルイ様の胸に押し付けていた顔を上げると、バッチリとアラスター様と目が合ったからだ。

 アラスター様は私と目が合うとルイ様に視線を投げた。そしてこくりと一つ頷くと踵を返して入口の方向へと行ってしまった。


「リリー。この茶葉を仕入れて毎日リリーに飲ませていたのはシエンナという侍女で間違いないね?」

「はい。その通りです」

「その『シエンナ』がリリーのあとを追ってここまでやってきているらしいんだ。ついでに直接話を聞こうと思うんだけど、大丈夫?」

「はい。気持ちの整理はつきました」

「……もうちょっと甘えてくれてもいいんだよ?」

「今は時間がないので、あとで二人きりのときたっぷり甘えたいです。いいですか?」

「それはそれで……嬉しいけどつらいな」

「大丈夫。そのあと私がしてもらった以上にルイ様を甘やかしてあげます」

「本当に? 絶対だよ」


 そんな会話をしていると、アラスター様に連れられてシエンナがやってきた。

 全てが明らかになるときがやってきたのだ。私も目を逸らしていた現実に向き合うときだ。


「リリアーヌお嬢様……」

「もうあなたはジェセニア伯爵家から解雇されているわ。長い間私に仕えさせてしまって悪かったわね」


 私は昨日、父宛に今私に起こっている全てのことを記した手紙を届けてもらった。その返信に添付されていたシエンナの解雇通知をテーブルの上に置く。


「解雇……」

「ええ。これですっきりね。クラウスもシエンナも……。裏切りはもうたくさん」

「はは。はははははははははは……!」


 シエンナはその場で天を仰ぎ、乾いた笑い声を辺りに響かせた。


「お前はの一番ほしかったものを手に入れておいて……」


 思えば私はいつもシエンナから「リリアーヌお嬢様」と呼ばれていた。ジェセニア伯爵家に「お嬢様」は私しかいないのにも関わらず。


――シエンナにとって本当に仕えるべきは……。


 私が深い悲しみに囚われそうになったとき、シエンナは一層声を張り上げて言った。


「お前さえ……! お前さえこの世に存在しなければ……! お《・》はこんなに苦しむこともなく幸せになれたに違いないのに……!」


 シエンナの発言を受け、私は思うところがありすぎて、複雑な胸中を省みることしかできなかった。

 そんな私を見かねてルイ様が口を開きかけたところで、その場の雰囲気にそぐわない華やかな声が割り入った。


「シエンナ」


 シエンナはその声が聞こえた途端ピタリと動きを止めた。声の主の姿を見つけると、驚きの表情を見せた後、素早くそばまで駆け寄った。

 

「お嬢様……!」

「長いお勤めご苦労様でした。私はあなたを誇りに思うわ」

「どうしてこちらへいらしたのですか……」

「あなたの行いが明るみに出て、私まで辿り着かないはずがないもの。ルイナルド王太子殿下は無能ではありません」


 今の話から察すると、シエンナは自身の犯行が見破られたと感じ、全部自分一人でやったことだと罪を被るつもりだったのだろう。

 二人の間には理想的な主従関係があるように見えた。どこかいびつに見えたのは、私の偏見からかもしれない。

 

 華やかな笑みを浮かべるカトレア・スカーレット公爵令嬢はルイ様へと視線を移し、その場で社交界の華と呼ばれるのに相応しい、美しく優雅なカーテシーを見せた。


「カトレア・スカーレットがルイナルド王太子殿下に拝謁いたします。呼ばれてもいないのに伺いまして申し訳ありません」

「いい。これから話を聞く予定だったからな。手間が省けた。質問に答えよ」

「はい。なんなりと」


 私は落ち着いて居住まいを正した。

 ここで真犯人の尋問が始まるのだ。


――逆行前は親友とも呼んでいたカトリーが真犯人……。


 胸が軋むように痛むのは止めようがなかったけれど、すでに覚悟はできていた。

 

「私の愛する婚約者で未来の王太子妃となる予定のリリアーヌ・ジェセニアを呪い殺そうとしたのはお前だな」

「いいえ。恐れながら私がリリアーヌ・ジェセニア様を呪い殺そうとしたという事実はありません。なぜそのようなことをおっしゃるのか……私にはさっぱりわかりません」

「リリアーヌがそこにいる元侍女シエンナに毎日飲まされていた紅茶の茶葉にこの赤い花弁を混ぜたのはお前だろう。それは認めるか」

「はい。認めます。それは私が育てた薔薇の花弁です。これを混ぜると紅茶の香りがよくなるもので……」

「その花弁にリリアーヌを死に至らしめる呪術を仕込んだのはお前だろう」

「そんな……! そんなことは誓ってしておりません……!」

「では、お前はなぜ私からこのような尋問を受けていると考えているのだ?」

「リリアーヌ様に私が育てたものを勝手に茶葉へブレンドして飲ませ、それがきっかけで体調を崩されたから……と考えております」

「ほう。私が婚約者リリアーヌ可愛さに理不尽な尋問をしていると申すか」

「めっそうもないことです……」


 カトレアは平身低頭していたが、私を呪い殺そうとした事実はない、という主張を変えることはなかった。


――「知らなかった」と言いたいのね。そんなことあり得るのかしら……?


 ルイ様はデューイ様に目配せし、花弁を入念に調べていたデューイ様がついにカトレアへと目を向けた。

 そして呆れた表情で語りかけた。


「きみ、自分が闇の魔力保持者だって知ってるよね?」

「…………」

「ああ、そういえば挨拶がまだだったね。俺はデューイ・フィドヘル。職業はフィドヘル王国国王だけど、今は臨時休業中。スヴェロフ王立ミディール学園に短期留学中の身だよ」


 一息にそう言ってデューイ様はにっこり笑った。対するカトレアの顔色は悪い。

 顔色を変えながらも、カトレアは強気な表情でキッと鋭くデューイ様を見据えた。デューイ様は「おー。いいね」と嬉しそうに笑って言葉を続けた。


「結構強い闇魔力持ちだね。けど、満足に勉強できていないようだ」

「……。デューイ・フィドヘル国王陛下。カトレア・スカーレットがご挨拶を……」

「ああ。俺がいるからこの場の誰にもきみの力は効かないよ。それもわからないようだね」

「…………っ!」

「デューイ、どういうことだ?」

「ん。あとから説明するよ。とりあえず魔力保持報告義務違反で捕らえて、ゆっくり話を聞こうじゃないか」


 デューイ様は不敵に微笑み、それを見たルイ様は頷いた。


「なるほど。助かる。イアン」

「はい。手配します」

「頼んだ」

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