狂った歯車 side クラウス②
「きみ、愛している婚約者がいながら複数の女性と浮気したんだってね?」
ルイナルド王太子殿下は、昔から私が唯一敵わない相手である。尊敬はしているが、同じ学生として彼と接するのは劣等感が刺激されるので、苦手とする相手ではある。だが、将来仕えるべき主君なのだから、さすがに無下にはできない。
王には貴族間で結ばれた全ての契約について報告する義務がある。今回の婚約破棄についての一連の出来事も、公証人が入った正式な契約のひとつなので、王太子が知っていても不思議はなかった。
「いいえ、あれは浮気とも呼べないものでした。私が愛しているのはリリアーヌだけですので」
私は取り返しのつかない過ちを犯してしまった。もう、リリアーヌの心は取り戻せないのかもしれない。だが、それを認めるわけにはいかないのだ。チャンスもまだ残っている。
「浮気でもそうでなくとも、きみの認識についてはこの際どうでもいい。きみの浅はかな行動によって、きみが愛していると言うリリアーヌが深く傷ついている。その事実についてはどう考える?」
私はどうして王太子殿下から尋問を受けているのだろう、と不思議に思いながらも正直に答えた。
「彼女が傷つくことになったのは私の失態です。私は彼女を愛していることを自分で認められていなかったのです。対外的に浮気……といえばそう見られても仕方がないことは理解しているのですが、私は意図的に彼女を裏切るつもりはなかったのです。短慮を後悔していますし、反省もしています。それから、隠すべき行動についてはもっと徹底して隠すべきでした。対応が甘かったようで。実力不足も反省しています」
そうか。私はここで合点がいった。遅すぎたくらいだ。なぜ彼女が私の魔法を破ることができたのかと疑問に思っていたが、王太子殿下が協力していたのなら話は別だ。この未来の主君は全ての能力面において私より上回る実力の持ち主だ。
さらに、今も殿下の護衛も兼ねて後ろに陰のように控えている腹心のアラスター侯爵令息もかなりの実力者だ。この二人がリリアーヌに協力したとしたら、私の術が破られたことも頷けるのだ。
「お前は、自分が言っていることを理解しているか?」
「もちろんです」
「愛する人を自らの行動で傷つけ、その上温情で婚約破棄の猶予をもらっても、またもや自らの行動が原因で彼女が『悪女』呼ばわりされつらい立場に置かれている状況を放置して。それでもお前は、本当に彼女を『愛している』と言うのか?」
質問の真意を測りかねたが、高潔で知られる殿下のことだ。リリアーヌを手助けした手前、私の気持ちが真剣なのかを問うているのだと理解した。
ゆえに私が彼女に本気なのだということが伝われば納得してもらえるはずだと思った。
「……ええ。もちろんです。私は彼女と夫婦になる未来を疑ったことはありません。彼女を傷つけてしまった分もこれからは真摯に愛を伝えていくと誓います。そういう意味で、彼女は私と結婚したら幸せになれると信じています」
「そうか。よくわかった」
納得してもらえたようでよかった。
私は安心して疑問をぶつけた。
「ところで、リリアーヌに手を貸したのは殿下ですよね? なぜそのようなことをされたのですか?」
「お前には到底理解できない理由だろうから、話しても無駄だ」
急に纏う空気を変えた殿下は、爽やかに笑ってそう言い放った。
「え……?」
「お前、リリアーヌとの約束は必ず守れ。そしてこれ以上彼女に危害を加えることは私が許さない」
誓約魔法の陣が浮かび上がった。
詠唱も予備動作も何も感じられなかった。完全なる無から生まれた誓約魔法陣は、奇跡のように美しい紋様を描いていた。
圧倒的な実力差を前に、頭で理解するより先に、本能が口を開かせた。
「はい。リリアーヌとの約束は必ず守ります。彼女には決して危害を加えないと誓います」
「違えるなよ」
誓約魔法の鎖が私の心臓を縛るのを感じた。私が誓った内容を違えた場合、この鎖が私の心臓を締めつけるのだ。その鼓動が止まるまで――。
彼女を手に入れるため、最終手段として汚い手を使うこともやむを得ないと覚悟したところだったが、それは「彼女に危害を加える」ことに該当するだろう。
これで私は彼女の意に沿わないことはできなくなった。約束も守らなくてはならない。八方塞がりだ。
今まで私がどれだけ愛を伝えても、周りから非難されても、私を受け入れる様子を見せなかった彼女だ。何もできないならばこのまま高確率で婚約破棄となることだろう。
苦い思いを抱きながらも、身を翻してその場を去っていく王太子殿下に向かって、私は自然と深く首を垂れていた。
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