三カ月の再考期間

「リリー。本当に何も問題ないと思っているの?」


 翌日。クラウスたちとのやりとりとその顛末てんまつをルイ様とアラスター様に報告すると、ルイ様にそう切り返された。


「え……? 何か問題ありますか? 私の意志は変わりませんので、穏便に解決できていいかなと思ったのですが……」

「うん……。そうだね。相手はベリサリオ公爵だし、いくらクラウスが悪いからといって……ジェセニア伯爵家としては強く突っぱねることは難しかったかもしれないね」

「父にも、念のため護衛を増やすと伝えられてはいるのですが……何が起こるのでしょう?」


 ルイ様とアラスター様は真剣な表情で顔を見合わせた。私が不安な気持ちのまま二人の様子を目で追っていると、アラスター様がこちらを向いて口を開いた。


「あなたのお父様とルイ様は、同じことを危惧されているのでしょう」

「……クラウスが三カ月の間に私に何かをしてくると?」

「はい。追い詰められたら最終手段に……」

「イアン。私から話す」


 ルイ様はアラスター様の言葉を遮って、私の目を覗き込むようにして視線を合わせる。

 

「私が彼なら……リリーがどうしても欲しいなら、断れない状況を作り出す」

「断れない状況……」


 聞いた言葉を口に出して繰り返し、考えにふける。ふと前を見るとルイ様は私を見ていたようで、目が合うと優しく微笑まれた。

 

「リリーは優しいから心配だ」

「ええ? 私、優しくないですよ? クラウスが泣いている姿を見ても、全く可哀想とは思いませんでしたし」

「ええぇー! あのプライドのかたまりが? 泣いたんですか!?」


 アラスター様が心底驚いたと言わんばかりに目を見開いている。

 同性から見るクラウスは、また違った評価をされているのかもしれないと察する。


「さめざめと泣いていましたよ……。泣きたいのはこっちだと言ってやりましたが」

「ほぉー。完璧な尾行対策が破られて余程悔しかったのか、婚約破棄が嫌だったのか……いずれにせよ自業自得です。クズですね」

「こら。イアン、言葉遣い」

「あんな男に払う敬意は持ち合わせておりません」

「まあ、そんなイアンも嫌いじゃないよ」


 私の話をしていたはずなのに、いつの間にか二人が友情を深めている。

 

 二人の関係は主従というよりやはり「友人」と呼ぶのがしっくりくる。お互い信頼し合って気を許していることがよくわかるから。

 

 私はそんな二人の関係を羨ましく思った。そして、これから私もこの二人のように、友人たちとの友情を深めていくのだ、と決意を新たにした。

 

 私のこれからの人生をもっと充実させるためにも、不誠実な婚約者とはここできっぱりと縁を切っておきたいところだ。

 あと三カ月の我慢……。

 

 私が難しい顔をしていると、ルイ様はいつ見ても幻想的な瞳を真摯にきらめかせながら言った。

 

「クラウスはリリーのことを見くびっていたに違いない。本当に腹立たしいが、そのおかげで婚約破棄に足る理由が手に入った」

「はい。お陰様で私も不誠実な方が夫になる未来から穏便に逃れることができそうです」

「三カ月たったら婚約は無事破棄される。この間、私がリリーを守りきると誓う」


 ルイ様の発言が男前すぎて、感動の涙が溢れてきそうだ。心強すぎる。心を込めて「ありがとうございます」と伝えたが、この溢れんばかりの感謝の気持ちが今の一言で表現できたとは思えない。この件が決着したらゆっくりお礼をさせていただこう。

 

 けれど、どれほど友人として仲良くさせてもらっていても、ルイ様は我が国の王太子殿下という事実は変わらない。高貴な身を私のせいで危険にさらすことは臣下として絶対にできない。

 私は最大限、自分でも自分の身を守れるよう努力しようと誓った。ルイ様が守りきると誓ってくれたから――。

 

 自衛のためにも何が起こるのか予想して対策することが必要だろう。私は先ほどルイ様が言っていた「婚約破棄ができなくなる状況」について、足りない頭をフル回転させて考える。


――逆に言えば、結婚せざるを得ない状況。といえば……

 

「国王陛下のお名前で二人の婚姻が命じられるよう誘導するか、私が彼と結婚するよう人質をとるなりして脅されるか、私に醜聞を起こさせたり汚名を着せたりしてクラウスに拾ってもらう形をとるか、私が彼の子を授かるか……そんなところでしょうか?」


 一番目と二番目の場合は断ることが難しくなる可能性もあるが、事前に対策しておけば避けられそうだ。ここにルイ様という大きな味方もいるわけだし。

 三、四番目は私の意志がはっきりしていれば問題ないものだ。大した危険はない気もする。

 私が考えつくのはそのくらいかも、と二人に視線を戻すと、二人とも難しい顔をしていた。

 

「国王陛下から王命が下ることはないよ。あっても私が止められるから心配はいらない。だが、その他の可能性は大いにあるから、リリーはなるべく一人にならないよう気をつけてほしい」

「はい。了解しました。本当にありがとうございます。ルイ様。……でも、他の可能性については最悪私が修道院に入れば問題なさそうですよね?」


 修道院に入るということは貴族社会から隔絶されることを意味し、そこのシスターになるということは、一生独身でいることを約束することとなる。

 

「問題あるよ。入りたくて入るのではない限り、リリーのためにも修道院行きは認められない」

「あくまでも最終手段ですから。私もそうならないように気をつけますし」


 本当にルイ様は親身になって私の将来まで守ろうと考えてくださるので、くすぐったくて温かい気持ちでいっぱいになる。


「大丈夫。もし本当にどうしようもなくなったら、別の最終手段を私が用意しているから。決して一人で解決しようとしないでほしい。約束できる?」

 

 私のために怒ってくれる。傷ついた心を汲み取り、慰めてくれる。温かい言葉で励ましてくれる。私のために協力を惜しまず、積極的に動いてくれる。親身になって考えてくれる。守ってくれる。


 二人は、私の立場を尊重し、大切にしてくれる。とてもありがたい存在だ。


「はい。もちろんです。ありがとうございます」

「お礼を言われるほどのことはまだ何もしていないよ」

「将来の悪の芽を摘むことは、ルイ様が王位に就くまでにしておかなければならないもっとも重要な職務ですから。当然のことをしているまでです」


――クラウスが「悪の芽」!

 

 私は思わず笑ってしまった。

 アラスター様は何かにつけて「ルイ様のため」とかもっともなことを言って照れ隠しをするが、いつも私のことを心配して行動していくれていることはわかっている。

 

 私は知っている。世間ではこういう人のことを「クーデレ」というのだ。

 

「イアンはブレないな」

「ルイ様大好きですからね」

「私の誇り高き忠誠心を好きなんて……そんな簡単な一言で表現できると思わないでいただきたい」

「好きなくせに」

「いやぁ、そんなに好かれているなんて……なんだか私も照れるなぁ」

「……話の続きを!」


――こうしてなごんでいたのもつか、クラウスはその数日後に行動を起こした。

  

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