第29話 宣戦布告

 それから土日を挟んで、新しい週を迎えて水曜日となった。

 この高校は7月最後の週の一つ前の週を用いて期末テストを行う。

 日数は水曜日から金曜日までの三日間だ。


 試験という関門を突破したものは、翌週の終業式を終えて晴れて夏休みに入れるとうわけである。


 そして、今日でちょうどテスト二週間前……つまりテスト週間に入るというわけだ。


 今年は三人に勉強を教えなければならない……だから先日の土日は自分のための勉強をしていたため、思うようにアニメを消費できなかった。


 そして今日の放課後、勉強会という名の第一回目の会が、俺の部屋で開催される予定だ。

 まったく、先が思いやられる。


 そう心中で文句を言いながら、俺は昼休みという時間の中一人で焼きそばパンを頬張っていた。


 周りは楽しそうに会話しながらお弁当やらおにぎりを食べている。


 そして焼きそばパンがあと二口で無くなりそうになったタイミングでのことだった。


 教室後方の既に空いているドアから、一人の男がこう言いながら入ってきた。


「吉田悠はいるか」


 騒がしかった教室が一瞬で沈黙し、クラスメイトの視線は声のした方向へと向けられる。

 もちろん、それには俺も含まれている。


 声の主は、あの新庄だった。


「よ、吉田ならあそこだけど……」


 ドア付近で昼食をとっていたクラスメイトが、新庄に俺の居場所を指さして教えた。


 それを聞いた新庄と俺は目が合い、迷わず新庄は俺の目の前に来た。


「やあ吉田」


「随分と派手な登場だな」


「そうだな」


「それで、何か用があるから来たんだろ」


「そうだ。単刀直入に言おう。俺は……白川茜に好意を抱いている」


 その一言で静まり返っていた教室が一瞬で盛り上がった。

 よく大勢の前でそんなこと言えるなお前。

 しかし顔を見ると普通に赤面していることが分かった。


「それがどうしたんだ」


「白川がお前に好意を抱いているのは知っている。体育祭のあれを見れば至極当然だろう。だから普通に告白したところで付き合えるはずもない」


「そうかもしれないな」


 俺は少しだけ残っている焼きそばパンを片手で持っている。

 とりあえずこれを食べさせてほしい。


「そこでだ。今回の期末試験、俺がお前に勝ったら……白川を俺に譲ってほしい」


 展開的にそうなるだろうとは思っていた。


「譲るも何も、俺は白川と付き合っているわけではない。それを言うなら本人に聞いた方がいいんじゃないか」


「それもそうだな」


 新庄はそう言って、少し離れたところで友人たちと昼食中だった白川の元へと歩いて行った。


「話しの通りだ。吉田に勝ったら、俺と付き合ってほしい」


 新庄は迷うことなく改めて白川本人に思いを伝えた。

 俺はこのタイミングで残りの焼きそばパンを口に入れる。


「し、新庄君……気持ちは嬉しいけど、私の好きな人知ってるよね?」


「もちろんだ。そのうえでこうしている」


「だ、だから新庄君とは付き合えないよ」


 普通はそうなるよな。

 しかしこの瞬間、俺の脳内は興奮状態に陥っていた。


 何故なら、こんな漫画やアニメでしかなさそうな展開……普通な終わり方をさせてはいけないと思ったからだ。

 それに、俺の最強主人公計画にとって大きな一歩にできる可能性が高い。


「白川、俺がそいつに負けたら、その要求を呑め」


 俺は座ったまま無気力に白川に言った。

 クラス中からお前最低だな、何言ってんだといった視線が飛んできているように感じる。

 自分を好いてくれてる女子に他の男と付き合えと言っているのと同等だからな。


「え、吉田君何言ってるの?」


 理解できないといった表情で白川は俺を見てくる。


「言葉の通りだ。俺が期末テストで新庄に敗れたら、お前はそいつと付き合うんだ」

 

「私の気持ち、知ってるよね?」


「ああ。だから負けない」


「わかった。吉田君を信じるよ」


 すまないな白川。

 これは完全に自己満足だが、俺は今この状況にとても興奮している。


「まさか吉田に後押しされるような結果になるとはな。まあ、でもこれで交渉は成立だ」


 俺と白川の会話を聞いていた新庄も受け入れたようだった。


「あと新庄。俺が勝ったら一つ頼みたいことがある」


「なんだ」


「俺とLIME交換してくれないか」


 教室が一瞬凍り付く。

 俺の言ったこと、そんなにおかしいか。


 純粋にこいつと関わってみたいと思ったのだが……。


「わかった」


 どうやらこれで完全に交渉は成立らしい。


 約5メートルほどの距離での俺たちの会話は終了し、新庄は教室を出て行った。


「お、おい悠。お前……ってなんだその顔!」


 後ろで友人と昼食を食べていた翔太が俺に話しかけてきた。

 言いたいことがあったのかもしれないが、俺の顔を見るなりそれは止めたらしい。


 それもそうだろう。

 おそらく今の俺は凄まじいにやけ顔になっているのだから。

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