第19話 不安

 時刻は夕方。

 綺麗な夕日が、部屋をオレンジ色に染め上げている。


 特に用事もなく、家に到着した俺は、いつも通りアニメを観ていた。

 いい場面になり、いっそう意識がアニメに飲み込まれていく。


 しかし、いきなり横にあったスマホの通知が鳴り、俺の意識は現実へと帰還した。

 アニメを一時停止し、通知の内容を確認する。


 翔太からのLIMEだった。


『緊急事態だ。梨花が――』


 まとめると、梨花が翔太を庇い怪我をした。

 今病院にいるから来てくれないかというものだった。


 着ていたアニメTシャツの上にパーカーを着て、俺はすぐに病院へと向かった。


「お、来た」


 病院に到着し、中に入ると制服姿の翔太が立ち上がり、声をかけてきた。

 横には梨花もいる。左の足首にはテーピングが施されていた。


「状況はお前からのメッセージで大体分かった。あとは、どのくらいの捻挫だったんだ」


 こんな状況でも、俺は最強主人公を真似て喋っている。

 相手からしたら普通に喋れとでも思われているだろうか。


「幸いそこまで重症な捻挫ではないらしい。10日ほど安静にしていれば完治するそうだ」


「そうか」


 10日……という日数が何を意味するのか、そんなことは一瞬で理解できた。


「……それだけ?」


 座ったまま、俺と合わせることなく梨花はそう言った。


「よかったな。軽度で済んで……来月の全道には間に合うじゃないか」


 無気力感全開で言う。


「お、おい悠。そんな言い方は流石に……」


 確かに、自分でもこんなに落ち着いて演技が出来ていることに内心驚いている。


「いいのよ。悠の言ってることは間違ってない」


「で、でも……」


「確かに体育祭には出られない。でも、全道は間に合う。だから……いいんだよ」


「くそっ!」


 翔太はあからさまに悔しそうだ。

 見た目だけなら梨花以上にそう見える。


 俺たち三人の間を静寂が包み込む。


「なあ翔太。ちょっといいか」


 沈黙を破ったのは俺だった。


「な、なんだよ」


「話したいことがある。ついて来てくれ」


「わ、わかった」


 そうして俺は、梨花は一旦その場に残して病院の外へと翔太を連れだし、今思いついたことを伝えた。


 ☆


 そうして迎えた体育祭前日の夜。

 夜更かしする気にならず疲労もあったので、そろそろ寝ようとベッドに座ったときだった。


 枕もとに置いてあったスマホにメッセージが届く。


『明日からいよいよ体育祭だね。梨花ちゃんのことは残念だけど、頑張ろうね!』


 相手は言わずもがな白川だった。

 こいつには梨花のことをちゃんと伝えた。


 クラスの連中には、本人が事実を述べたくないと言ったこともあり、自身で足首を捻ってしまったと本人が伝えたらしい。

 ちなみに梨花の代わりに、クラスで3番目に速かった女子がメンバーに入った。


『そうだな』


 加害者の小学生はと言うと、怪我をさせた直後に梨花本人からここはいいからと言われ、訴えられるようなことはなかったらしい。

 後日、その小学生は母親と共に梨花の家に謝罪に来たと聞いている。


 それにしても、もう体育祭か。


 なんとなく体育委員から配られた体育祭のしおりを開き、種目毎のルールを確認しておくことにした。


 まず体育祭は二日間にかけて開催される。

 A 種目は一日目の最初から二日目の昼休み前まで。

 B 種目は昼休み後からグラウンドにて行われる。

 クラスの順位は学年別につけられ、最終種目のリレーが終了した地点で持ち点の高かったクラスが優勝となる。


 肝心な持ち点……ポイントについては……。


 男子サッカー、女子バレー、男女バスケは一試合目の勝敗に基づいて、勝ちグループと負けグループに分けられる。

 俺の学年は6クラスあるので、一試合目が終了した地点で三クラスずつに分けられるという意味だ。

 その後、それぞれ分けられたグループ内で三クラスが戦い、勝った数が多い順に順位がつけられる。

 つまり一試合目で勝つか負けるかによって上位三位に入れるか決まってしまうのだ。

 ポイントは順位に基づき、一位は6点、二位は5点といったかたちでつけられる。

 ちなみにグループ内で勝った数が並んでしまった場合だが、それは三クラスとも一勝になるパターンしかない。

 その場合はじゃんけんが行われるらしい。

 

 もうちょいなんかあっただろと思うが、しょうがない。


 障害物競走は、同時に全クラス一人ずつ走り、その着順でまず個人に点数が入る。

 こちらもサッカーなどと同様一位が6点だ。


 そしてそれを全部終えた段階で、クラスごとに点数を合計して最終的なクラス順位を決めるという風になっている。

 その際に入るポイントも一位から6点といったかたちだ。


 これを一日目と二日目、それぞれで一回ずつ行うらしい。

 つまり俺は二回走らないといけない。


 B 種目最初の大縄跳びは、学年ごとに行われる。

 全クラス同時に跳び始め、10分間で一番跳んだクラスが一位といったかんじだ。

 これも一位が6点といったかんじだ。


 借り物競争は、こちらも学年ごとに行われる。

 全クラス一人ずつをだし、通常の徒競走のようにスタートした後、お題の書かれた紙の入った封筒を選び、それに応じた物を持ってくるという内容だ。

 各ラウンド制限時間は5分だそうだ。

 ちなみにお題はランダムなようで、速く封筒に辿り着いたからといって有利になるわけではないらしい。


 そしてこれは障害物競走と似ていて、まず個人に点数が入り、それを最後にクラスで合計して順位を決める。


 最後にリレーだが、これも学年ごとに行われる。

 そしてこれだけ配点が違う。

 一位は10点、二位は8点、三位は6点、四位は4点、五位は3点、最下位は1点らしい。

 一位と最下位の差は9点もある。


 ルールは、俺の高校のトラックは一周300メートルであることから、一人150メートル走らなければならない。

 八人で走るため、トラックを四周するということになる。


 ざっとこれが体育祭の種目毎のルールになっている。


 俺が最初に出る障害物競走は……明日の11時からだ。


 それ以外は特に出番はないので、明日はゆっくりできそうだ。


 しおりをリュックにしまい、部屋の電気を消して俺は眠りについた。


 ☆

 

 いよいよ当日。

 制服で登校した俺たちは、朝のホームルーム後に半袖短パンに着替え、体育委員から配られた鉢巻きを巻き、開会式が行われる体育館へと来ていた。

 

 鉢巻きの色は、俺たち1組は黄色だった。

 前日に体育委員たちでじゃんけんを行い、各クラスの色を決めたらしい。


「えぇ。全学年揃ったようなので、始めようと思います――」


 ステージ上にいた、体育委員のトップと思われる男が開会式を始めた。


 ――数十分後、妙に長い開会式が終了し、全生徒は一度自分のクラスへと戻った。


 そして担任によって体育祭の説明が簡単になされ、その後は各自スケジュールに合わせて動くようにと伝えられ、生徒たちは半ば自由の身になった。


 現時刻は10時に差し掛かろうとしていた。

 クラスの連中の大半が教室をでてどこかへと行ってしまった。

 梨花と白川も友人たちといなくなった。


「悠はどうするんだ?」


 後ろにいた翔太が話しかけてきた。

 てかまだいたんかい。


「障害物競走が11時からだから、それまではここにいようと思う」


「お前も11時かぁ。俺のサッカーも同じくらいなんだよなぁ。応援来れないじゃん」


「いや、元々行く気はないが……」


 去年は翔太とクラスも違うということもあり、誰かを応援しに行く気も無かったので基本的にずっとクラスにいた。


「えぇ!? ひでぇなぁ。親友の勇姿くらい見に来てくれよ」


「どちらにせよ時間が被ってるからな。でも障害物競走とサッカーが行われる場所は近いからな。見といてやるよ」


「お、やったぜ。見とけよ俺の活躍」


「ああ」


 そして俺たちは互いの種目が開催される時間が近いということもあり、11時まで教室で時間を潰すことにした。


 スマホをいじっていると、白川からメッセージが届いた。


『11時半くらいから試合あるから見に来てね』


 悪いな翔太。俺はこっちを見に行くことにするよ。

 ちなみに白川のでるバスケは、いつも行事などの際に使用している第一体育館ではなく、もう一つの第二体育館で行われる。

 体育館を半分に区切り、片方が男子バスケ、もう片方が女子バスケとして使用される。


『了解』


 時刻が11時少し前になった。


「そろそろ行くか」


 同じくスマホをいじっていた翔太が言ってきた。


「そうだな」


 俺たちは自分の種目の会場へと向かった。


「すげえ人だな」


 グラウンドに出ると、そこは多くの生徒で盛り上がっていた。

 既に他クラス同士の試合は始まっている。


 サッカーはサッカー部がいつも使用しているコートと、野球部が練習で使用している場所を、白い線を敷いて使っている。


 つまり二試合同時に進んでいるということだ。


「んじゃあ行ってくるわ。悠も頑張れよ」


「ああ」


 コート近くに着くや否や、翔太はクラスのメンバーたちの元へと走っていった。


 俺も自分の会場へ向かう。

 障害物競走は普段陸上部が使用している場所で行われる。

 グラウンドの端っこのため、そこまで目立たない。

 まして観戦者のほとんどはサッカーに奪われている。


 これなら目立つことはないな。


 とりあえず同じクラスの連中を探す。

 俺のクラスは男子が俺含め二人、女子は五人がこの障害物競走に出る予定だ。

 順番は俺が最初となっている。

 走り終われば自由なため、俺はすぐ解放されるということだ。


 近くに、眼鏡をかけた男子がいた。

 ……障害物競走にでる、俺と同じクラスのやつだ。


 見た目は明らかに陰キャといったかんじだ。

 いつも休み時間は本を読んでいるか参考書を解いてるのしか見たことがない。


「頑張ろうな」


 傍に行き、やる気なく声をかけた。


「あ、よ、吉田君。頑張ろうね」


 再び辺りを見渡すと、同クラスの女子5人も見つけた。

 全員仲良さげに会話しているので、特に俺から何か言う必要はなさそうだ。


「それでは時間になったので、二年生の障害物競走を始めたいと思います」


 体育委員と思われる男子が、開始の言葉を投げかけてくる。


「出場する順番は予め伝えた通りです。ではさっそく一組目の人はあの白いラインの前に立ってください」


 俺はスタートラインに立つ。

 どうやら俺の組は全員男らしい。


 前方にはハードルや、大きな網、平均台など様々なギミックが用意されていた。


 まあ頑張ってみよう。


 

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