第18話 災厄

「ごめん遅れちゃって」


 数分後。

 体を動かし待っていた俺たちの前に白川が現れた。


 短パンの中にはランニングタイツ、上は長袖ジャージ。

 髪は後ろで大きく結ばれている。

 この間の体育でも見たが、運動の時は髪を結ぶのだろうか。


 それより、いかにも何かスポーツをやっている人間にしか見えない。

 でも白川は俺や翔太と同じ帰宅部だったはずだ。


「思ったより早かったな」


「うん! 吉田君が来てほしいって言うからね」


「そうか」


 近くに翔太がいなくてよかった。

 おそらくあいつは白川が俺に好意を抱いていることを知らない。

 第六感とかで察しているかもしれないが……。


「お、これで全員揃ったわね」


 少し遠くでストレッチをしていた梨花がこちらに来た。

 翔太も近づいて来る。


「白川さんは体動かさなくて大丈夫?」


「うん。ここに来るまでで体は温まってるから大丈夫」


「そう。じゃあ早速練習始めるわよ」


「おう! てかあれ、バトンは?」


 翔太が当たり前のことに気が付いた。


「あ、今部室から取ってくるから待ってて!」


 そう言うと、梨花は駆け足で部室へと向かっていった。


 数分後、バトン片手に戻ってきた。


「今度こそ始めるわよ。この中だとうちが一番最初だから……翔太、ここに立って」


「お、おう」


「まず基本的に、受け取る側は渡す側がある程度近くに来たら、振り返らないように気を付けながら思い切り走り出すこと。そして渡す側は渡せると思ったタイミングで声をかけて合図を送る。そしたら受け取る側はどっちか手を後ろにだしてバトンを受け取る。ちなみにある程度近くというのは大体5メートルくらいで大丈夫。近づけなくて渡せないよりは詰まったほうがましだから」


「なるほどね」


「わかったようなわからんような……」


 白川は理解できたようだが、翔太は駄目らしい。


「とりあえず翔太、どっちの手で受け取るか決めて」


「えっと、じゃあ右利きだから右で!」


「わかった。じゃあ今からうちが走るから、いけると思ったタイミングであんたも走り出して」


「わ、わかった」


 そう言って梨花は俺たちから距離をとる。

 約30メートルくらいといったところか。


「翔太君、なんかされるがままってかんじだね」


「そうだな」


 白川は笑いながら言ってきた。


 遠くから梨花が、行くぞといった様子でバトンを振っている。


「おうよ!」


 翔太はそれに応え、待ち構える。


 梨花は流石の速度で翔太目掛けて走ってくる。

 二人の距離が、梨花の言っていた5メートルくらいになった瞬間、翔太は勢いよく走り出した。


「お、すごい!」


 横で白川は驚いていた。

 確かにタイミングは完璧にみえる。

 あとは……。


「はい!」


 梨花が合図と思われる言葉を発した。


 次の瞬間、あろうことか翔太は右手ではなく左手を後ろに回した。

 梨花はそれに戸惑い、バトンは地面へと落下した。


「ちょっと! あんた右手って言ったでしょ!」


「すまんすまん! タイミングばっちりすぎて満足しちまった」


 女子に怒られる男子。

 遠くから見ていると何だか面白い。


「まあタイミングはよかった」


「だろ!? よしもう一回だ」


 再度二人は先ほどと同じ距離をとろうとしている。


「まさかあんなかたちで期待を裏切ってくるとはね。翔太君面白いなぁ」


 横で白川は笑っていた。


「そうだ。吉田君はどっちの手をだすの?」


「俺も右だな」


「わかった!」


 間もなく、梨花と翔太の二度目の練習が始まった。


 その後5回ほど練習をし、一度成功したところで、次のペアの練習が始まることになった。


「白川はどっちの手だぁ?」


「私も右で!」


「了解!」


 そうして今度は翔太が30メートルほど距離をとる。


「行くぞお!」


 遠くから声を出して、バトンを振りながら確認をとる。


「はーい!」

 

 白川も手を振り、合図を送る。


「さて、何回で成功するのかしら」


 横にいた梨花がそんなことを言った。


「まあ、お前と翔太よりはかかるんじゃないか」


 俺は思ったことを言う。

 何せ先ほどは片方現役陸上部だったからな。


 今回はそこそこ時間がかかりそうだ。


 しかし、良い意味で俺の予想は裏切られる。


 翔太と白川ペアは、なんと3回目でバトンパスを成功させたのだった。


「次は私たちだね」


 翔太との練習を終えた白川が、俺と梨花の元にバトンを持って近づいてきた。


「そうだな」


 そうして白川はスタート位置へと走っていった。


 準備の整った白川は、これまでと同様バトンを振って合図を送ってくる。

 俺も手を挙げ、準備完了の合図を返す。


 さて、俺たちは何回で成功するだろうか。


 白川が走り出し、近づいてくる。


 そして俺たちの距離が5メートルくらいになったであろうタイミングで、俺は前方へと視線を移し、思い切り地を蹴って走り出した。


 よし。タイミングは完璧だ。


「はいっ!」


 白川の声が聞こえた。

 すかさず右手を後ろに回す。


 そして固い物体の感触が、しっかりと俺の手に伝わった。

 それを握り、走り続ける。

 ある程度走って速度を緩める。


 ……どうやら一発で決まったらしい。


「おー! すげえ!」


 後方から翔太の声が聞こえてきた。


「やったね! 一回で決めちゃった」


「そうだな」


 白川が俺の元へと来て、そう言ってきた。


「これは相思相愛ってやつかな?」


「それは違うな」


 白川の言葉を一瞬で否定する。


「やるなぁお前ら」


 遠くにいた翔太たちもこちらへ来た。


「まぁ、今日はこれでいいかもね。明日以降も練習はするから、覚えておきなさい」


 そうして今日は解散というかたちになった。

 ……てか、明日以降もあるのか。まあ一度やっただけじゃ体は覚えてくれないしな。

 落胆と納得が混じった気持ちで、家に帰った。


 自室に入るや否や、二度目の睡眠に浸ったことは言うまでもない。


 ☆


 それから二日に一回くらいのペースで、バトンパスの練習は行われた。


 流石に休日の時間は割きたくないという俺の要望が採用され、昼休みの時間を用いられるようになった。


 それに、当初梨花はメンバー全員の練習を想定していたが、毎回練習に付き合わせるのも酷ということで前半四人は呼ばないことに決めたらしい。

 だから練習は俺たち後半四人だけで行われた。


 その考えを俺たちにも向けてくれっての……。

 

 そして体育祭三日前の月曜日。

 今日もバトンパスの練習をやるらしく、俺たちは貴重な昼休みを犠牲にしてグラウンドにやってきた。

 

 あと、バトンパスの練習を行っているのは俺たちのクラスだけでなく、どこのクラスも行っているようだった。


 あの陸上部長距離のやつが原点なのかは知らないが、どこも練習しているということは、結局走力次第になるということではないか。


「じゃあ今日もいつも通りやるわよ」


 そう言って梨花は練習を始めようとする。

 ちなみに昼休みということもあり、服装はもちろん制服姿だ。

 ただここのところ暑い日が多いので夏服姿で練習できるから有難い。


「いいぞぉ」


 スタート位置についた翔太は、遠くの梨花に合図を送った。


 そして梨花が走り出す。


「はいっ!」


 翔太の間合いに入り、梨花は合図を送る。

 そしてバトンが梨花の手から翔太の手へと渡った。


「おぉ。一発だね」


「そうだな」


 横にいた白川が喋りかけてくる。

 ここのところの練習では、どのペアも一発……悪くても二回目では成功できるくらいまで精度を上げてきていた。


「ちなみにだけどさ。私たちのクラスって勝てると思う?」


「ポテンシャルは他クラスに引けを取っていないと思う。あとはバトンパスだろうな」


「だよね。私もそう思う」


「一つ気がかりなのは、前半四人は練習をしていない点だろうな。今もだけど、他クラスは基本的に八人で練習しているのを見ることが多い」


「確かに、でもわざわざ毎回誘うってのもね……」


「まあな。だから俺たち四人次第になる確率は高いかもな」


「そうだね。頑張らないと」


 そして白川が呼ばれ、翔太と白川の練習が始まる。


 最後は俺と白川の練習を行い、今日は解散となった。


 ☆


 うち、立花梨花は、学校を終え家に帰ろうとしていた。

 教科書を鞄に入れる。


 今日は珍しく部活が休みになった。


「おぉ梨花。今日俺ら掃除当番だってよ。すっかり忘れてたわ」


 後ろから翔太が話しかけてきた。


「そうよ。さぼるなんて許さないからね」


「は、はい」


 事実自分も掃除を忘れて帰るところだった。

 危ない危ない。


 面倒くさいと思いながらも掃除を終わらせ、今度こそ帰ろうとした。


「梨花今日部活あんのか?」


「今日は休み」


「珍しいな。なら一緒に帰らね?」


「なら早く準備して」


「うっす!」


 そして今日は翔太と帰ることになった。


「いやぁ、それにしても今年のリレー楽しみだなぁ。ぶっちゃけ俺たち勝てると思うか?」


 帰り道、横を歩いていた翔太が聞いてきた。


「さあね。でも可能性はあるんじゃない?」


「だよなぁ……よし、勝ったら何かパーティでも開くか」


「はいはい」


 適当に受け流しておく。


 程なくして家近くの、うちと翔太が別れる道に着いた。


「じゃあうち、こっちだから」


「おう。また明日な」


 そして翔太はこのまままっすぐ、うちは右に曲がろうとした。

 右に曲がると、傾斜が緩やかな坂道になっている。

 行きは下りだが、帰りは上らないといけない。


 いつも通り別れて、帰ろうとした。


 坂の上に視線を移す。


 上からものすごい勢いで、小学生くらいの男の子が自転車に乗りながらこちらへと向かってきていた。

 そしてそれは、うちの目の前にいる翔太へと向かっていた。

 その差はあと20メートルくらいだろうか。


 翔太は気づいていない様子だ。


「翔太!」


 翔太は右ではなく左へと頭を回転させ振り返った。


 駄目だ。このままじゃあの自転車はおそらく翔太に突っ込む。


 鞄を投げ捨て、思い切り翔太を押す。


 次の瞬間、うちの身体の右側に、ものすごい衝撃が加わった。

 同時に左足首を捻り、地面へと転倒する。


「梨花!」


 状況を察したであろう翔太が駆けつけてきた。


「大丈夫か!? すぐ病院行こう」


 幸い意識は朦朧とすることなくここにあった。

 でも左足首がものすごく痛い。

 右半身にも痛みは感じるけど、そこまでだ。


 翔太の肩を借りて、近くの病院に向かった。

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