学校一の美少女が授業中に寝言で俺の名前を叫んだ

空翔 / akito

2年生 1学期

第1話 クラス替え

「よし」


 鏡の前に立ち、もう一度身だしなみのチェックをする。

 ブレザーやワイシャツ、ネクタイやベルトといった部分に乱れが無いかをしっかりと確認する。

 その上に少し薄めのコートを着て、リュックを背負い自分の部屋を後にした。


 階段を下りて玄関に向かう。

 そこで靴を履こうとしていると後ろから声をかけられた。


「あれ、朝ご飯はいいの?」


 母だった。


「ああ」


 俺は即答して扉を開ける。


「そう、気を付けてね」


 特に返事をせずに家を出た。


 通学路。

 俺は少し寒さを感じたので両手を左右のポケットに突っ込みながら、道端に聳える桜の木を見て歩いていた。

 北海道の春、ないし4月は気温がまばらだ。今日のように最高気温が2桁に満たない日なんてざらにある。


「綺麗だな」


 思わずそう呟いてしまった。

 今は4月上旬であるが、これが下旬になったらもっと綺麗になるだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、唐突に右肩に手が回ってきた。


「おっはよう! 悠!」


「お、おはよう。悠」


 二人の男女だった。

 無論俺の方に手を回してきたのは男の方だ。


 男の名は神沼かみぬま翔太しょうた。割とイケメンな顔つきであり、交友関係も広い。髪色もオレンジと派手だ。なのに帰宅部。普通こういう奴はサッカーやらバスケといった運動部で活躍して女子からキャーキャー言われるものではないのか。そして何故俺とつるむのか、二つの点で昔から理解に苦しんでいる。

 

 女の名は立花たちばな梨花りか。黒髪ショートヘアで顔もそこそこだ。あと胸も大きい。普通にモテるタイプの人間だろう。唯一気になる点とすればそのルックスとは裏腹に、俺だけに対しては結構言葉使いが荒い部分だろう。俺とはいわゆる幼馴染という関係である。


 ……。


 おっと、他人の紹介で終わってしまうところだった。

 俺の名前は吉田よしだゆう。高校二年生。自分で言うのもあれなんだが顔は可もなく不可ないといった感じだ。ザ・高校生!といった見た目で派手なところもなく髪も黒だ。

 俺が周囲と異なるといったら……一つしかない。

 それはアニオタである点だろう。しかしアニオタと聞くと、やはり世間一般的にはきもいなどといった負のイメージが存在しているのは知っている。

 だから俺は基本的に自身がアニオタであることを周囲に教えてはいない。

 無論この2人には知られてしまっているが……。


「挨拶は言葉だけでいいじゃないか」


「お、おう」 


 そう言うと翔太はそっと俺から手と腕を放した。


「つーかあんたさぁ。2年生になってもそのキャラでいくわけ?」


 あんた、という人称名詞は俺に向けられたものだろう。

 そう、今の俺は中学生までの俺とは違う。中学生まではただのアニオタだったのだが、卒業を間近に控えた時、とあるアニメの主人公に憧憬を抱いてしまったのだった。

 

 そのアニメの舞台はとある高校であり、そこでは生徒たちが学校から課せられる試験などをこなし、クラス対抗で学年トップを目指していくというものだった。

 主人公は一見するとただの陰キャであり何に対しても無気力な男子生徒だが、実際はクラスを裏から操れるような実力と頭脳を持ち、何においても万能という設定だった。

 俺はそのキャラクターに惹かれてしまった。そしてそれだけにとどまらず、自分もこうなろうと思い、今に至る。

 

 喋り方もそのキャラクターの特徴の一つであり、無気力感を演出して話す。


「愚問だな」


「あっそう。まあ精々周囲から惹かれないようにね」


「ああ」


 そこから数分、俺たち三人の間は静寂で包まれていた。


「クラス替えどうかなー」


「ね! 同じクラスだったらいいね!」


 俺たちよりも歩行速度の大きい同じ高校の女子二人がそんな会話をしながら横を通り過ぎて行った。


「確かに、クラス替えどうなるかな」


 三人の静寂を破ったのは翔太だった。


「何かと俺ら三人が同じクラスになったことってないよなあ。一回くらいなってみたいけど……」


「そう? うちはどうでもいいけど……」


「まじで? でも俺らの成績って綺麗に上中下に分かれているからワンちゃんあるよ」


「た、確かに」


 俺を中央に挟み、二人は話していた。

 確かに今回は三人が同じクラスになる確率が高いかもしれない。……というのも翔太の言う通り、俺たちの成績は綺麗に分かれている。

 去年、俺らが一年生の時に学校で行われたテストや模擬試験の結果が、ものの見事に間隔が空いていた。

 わかりやすい例は模擬試験、通称模試だろう。俺らの高校は札幌に位置しているが、偏差値が市内トップ4に入ることもあり、塾等に通っていなくても強制的に有名な塾が主催している模試を、定期テストなどとは別に受けさせられるのだ。

 去年はそれが2回行われたわけなのだが、その結果が凄かった。

 

 模試一回目        二回目   三回目

 俺  全国偏差値 75  俺  77 俺  78

 梨花       65  梨花 67 梨花 68

 翔太       55  翔太 57 翔太 58


 お前ら合わせてきてるんかと疑うほど綺麗に偏差値が並んでいた。

 

「まあ、あり得る話かもな。ていうか翔太……何故お前の学力はそんなものなんだ?」


 俺はいきなり気になっていたことを突っ込む。

 この学校は市内でもトップに入る高校なのに、翔太は全国偏差値が平均の少し上といったところだ。この高校に入れたのが不思議なくらいだ。


「げっ! 痛いところをついて来るなあ。ま、まあ俺は学校の成績に関係ないものは頑張らない主義なのかもな」


「なるほど、そういうことか」


 まあ、それも戦略の一つか。

 実際翔太は定期テストも校内でワーストを争っているレベルだが、そこは何も言わないことにする。


「わー、すごい人だねー」


「本当だ。そりゃやっぱ皆気になるよな」


 何だかんだ学校に到着した。

 ここの高校はクラス分けの結果を、玄関の横にある掲示板を使って掲載している。


「えーっと。俺のクラスはっと」


「うちはどこかなー」


 俺らは掲示板の前まで来ていた。

 校門からここにたどり着くのに、人が蔓延りすぎて数分かかってしまった。

 

 そして自分のクラスを確認する。

 苗字が吉田であり、はじまりのひらがながヤ行ということもあり、俺の名前は基本的に右下のあることが多い。だから見つけやすい。

 まずは1組っと……。


 すると俺の名前はそこにあった。なるほど今年1年間は1組か。

 そう思った瞬間だった。


「うち1組かぁ」


「お、俺1組!」


 梨花と翔太が横で同時にそう言った。


『え?』


 2人は目を合わせていた。

 そこに割って入るかのように俺は口にする。


「なあ」


 2つの視線が俺に向かってきた。


「俺も1組なんだが……」


「ま、まじか。やったじゃん! 初めて俺ら一緒のクラスだぁ」


 翔太は喜んでいた。


「べ、べつに嬉しくなんかないからね」

 

 梨花は腕を組みながらそう言った。しかし微妙に顔が赤いような気がする。気のせいだろうか。


「今年1年よろしくな! 2人とも!」


「えぇ」


「あ、あぁ」


 これは異常事態だ。

 さっきはクールぶってあり得る話かもとか言ってしまったが、せめて校内だけでは一匹狼でありたい。

 ……というのも基本的に一人で行動するという特徴もあのキャラクターの一つなのだ。

 しかしなってしまったことはしょうがない。


 俺は半ば諦めたように、1度溜息をついてから「こいよぉ」といった様子で待っている翔太について行った。


 その時、近くで男女6人ほどに囲まれていた女子が視界に入った。


 あの子は確か……。

 内心で何か思い出そうとしてみたが何も出てこなかった。

 特に立ち止まったりせず、翔太の居る方向へと歩を進める。

 俺が視線のターゲットをその女子から翔太に移そうとした時、一瞬だがその子と目が合ったような気がした。




 



 



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