第2話 寝言
程なくして俺たちは教室に着いた。
翔太が後ろのドアを開ける。
教室には約半分程の生徒が先着していた。
席について友人と話す者、1人で本を読んだりスマホをいじっている者と様々だ。
「俺らの席はどこかなぁ」
そう言うと翔太は正面の黒板に貼られている座席の場所が記載された紙を確認しに行こうとする。
続いて俺と梨花も歩き出す。
黒板の前に着いた。
この高校は少し面白いシステムを採用している。
それは年度最初の席が番号順ではないということだ。
例えば苗字の最初のひらがながあ行だったら基本的には廊下側の列の前になることが多い。逆に俺のようなヤ行は窓側の後方というお得な席が保障されてるといっても過言ではない。
そういった不平等を無くすために最初からランダムになっているそうだ。
改めて自分の席を確認する。
場所は窓側の1番後ろから1つ前だった。
よしっ!と喜びながらも、番号順とほとんど変わらなくねという突っ込みを内心でしつつ自分の席に向かう。
その後ろに翔太と梨花が付いて来る。
そう、俺の右は梨花、後ろは翔太という結果だったのだ。
せめて席だけはと思ったが、仕方ない。受け入れることにしよう。
席について数分が経過した。
ホームルームまでもう少しという中、俺は一人スマホをいじっていた。
最新のアニメ情報を検索中だ。
「よう翔太! 今年も同じクラスだな」
「おう、よろしくな」
「梨花ちゃん! 今年もよろしくね!」
「うん! よろしく!」
俺を軸に東と南からそのような会話が聞こえてきた。
流石はあの二人だ。友人がクラスに大勢いるのだろう。
もちろん俺に話しかけるものはいない――はずだった。
「おはよう。吉田君!」
「あ、ああ。おはよう!?」
思わず取り乱して返事をしてしまった。
何と俺の前に立っていたのは、学校で1番の美少女と言われている
黒に近い青色である髪を腰付近まで伸ばし、その整った顔立ちは同じ高校生であることを忘れさせるようなものだ。スタイルもよく非の打ち所がない。
先ほど玄関付近で見かけたのも彼女だ。
「へぇ。お前ら知り合いだったんだ!」
後ろから驚いた様子で翔太が言ってきた。
一方右からは謎の圧がかかったような視線を感じた。
「そうなの! 私たち小学生から付き合いあるんだよ」
「そうだったんだ。こんな可愛い子と付き合いあったこと隠すなんて、罪な男だなお前はぁ」
「う、うるさいなぁ」
再び後ろからからかわれる。
実際、白川の言っていることは間違ってはいない。
俺が小学2年生のときだったろうか。
ある日クラスに転校してきた子がいた。まあその子がこの白川なわけなんだが。
「し、白川茜で……す。お友達が出来たらう、嬉しいです。よろしくお願いします」
そんな自己紹介をしていただろうか。当時は今のような髪型ではなく、どちらかといえば短め。
しかし顔は何も言いようがなかった。
何でこんなに緊張しているのだろうとだけ思った。
それは白川の親が転勤族だからであると分かったのはその日から数日以内だったような気がする。
別に本人に聞いたわけではない。
周囲の人間がそのような会話をしているのを聞いたからだ。
小学2年生で既に数回転校をしているらしかった。
「ねぇねぇ茜ちゃんてさぁ――」
「普段何してるの?」
初めのうちは白川に興味を持つ者が多く、気さくに話しかける人がたくさんいた。
しかしその数は徐々に減り、1週間くらい経った時には、白川に話しかけるような子はいなくなっていた。
やはり俺たちは去年1年間を同じ空間で共有しているが、白川にはそれがない。
1年という付き合いは大きいのだろう。
まあ俺はその時から基本的に一人で行動していたが……。
別に周囲に馴染めなかったわけではない。何となく面倒くさいと感じ始めていたからだ。
だが白川は違う。純粋に友人を欲しがっている。
ある日の休み時間、1人で読書をしていた白川に何故か俺は話しかけていた。
そこから白川が再び転校してしまうまでの半年間、俺は彼女と絡むことが
多かった。
「またよろしくね! 吉田君」
そういった言葉が耳に入り脳を刺激し、過去を遡っていた俺の思考は現在に戻される。
「あ、ああ」
そう言って白川は自分の席へと歩いて行った――まさかのそれが俺の前だとは思わなかったが。
まじっすか。今年1年、俺の最強主人公生活はどうなるのやら。
先が思いやられるが考えても仕方ないので考えないことにする。
俺は再びスマホをいじり始めた。
数分後、ホームルームの時間になった。
気づけば教室は生徒で満たされていて賑わっていた。
ガラガラガラ。
教室前方の扉が開く。
黒髪ポニーテールの人間が黒板の前に立った。
賑わっていた教室が沈黙に包まれる。
「えぇ、今年1年このクラスの担任をすることになった
パチパチパチパチ。
拍手が鳴り響いた。
「やっぱ綺麗だなぁ」
「霧島先生が担任とか当たりじゃん!」
一部の男子がそんなことを言っていた。
確かに霧島先生は綺麗だ。一言で言うならば大人の美を備えた女性、クールビューティーとでも言うのだろうか。
「さっそくだけど、今日1日の予定が記載されたプリントを配布する。受け取ったら前の人は後ろに回していくように」
そしてプリントが配布され始める。
俺の元にも渡ってきた。「はい、吉田君」という言葉も特典として。
2枚あるうちの片方を翔太に渡す。
「サンキュ」
プリントに目を通すと今日の流れが時間別に記載されていた。
このあと最初に行うのは始業式だ。
あの長い校長の話を聞かないといけないということ以外は特に何もなさそうだ。
その後は……クラスでロングホームルームをして終わりといったかんじか。
初日は午前中に帰れそうだ。
「今から並んで体育館に行くぞ。番号順に廊下に並べ」
そう言って先生が教室を出て行く。それに続く形で他の生徒も廊下へと歩き始めた。
俺も続く。両手のポケットに手を入れながら。
校内では基本的に歩くときにポケットに手を入れるというのは最強主人公になるために重要なファクターだ。
全員が番号順に並んだタイミングで霧島先生が歩き始める。
そして2年1組もそれについて行った。
☆
約1時間後。
「あぁ眠かったぁ。なあ、悠」
「そうだな。毎度校長の講和は必要なのかと疑ってしまう」
教室に帰る途中翔太が喋りかけてきた。
体育館から出てしまえば皆話したい相手の所へ行って会話しながら教室へ戻る、というのは至極当然……らしい。どうせならこの列を教室まで乱したくないと考えるのは俺だけだろうか。
教室に着くと、自分の席に座る者、誰かと会話をする者など様々だ。
先生は一旦職員室へ行ってくると言いいなくなってしまった。
俺は迷うことなく自分の席に座る。
翔太と梨花は他の人と喋っていた。
スマホでもいじるか……そしてアニメの情報を検索していた時だった。
目の前の席に白川が座ってきた。
「いやぁ、相変わらず校長先生の話は長いよねぇ」
「そうだな」
俺は明るい白川の声に無気力で返す。
「何調べてるの?」
「――情報」
「そ、それは分かるんだけど。何の情報なのかなあって気になったんだけど」
「それは秘密だな」
「そっか。それなら無理には聞かない。ていうか吉田君昔と雰囲気変わらないね」
「そうか。俺は割と変わったと思っているのだが」
変わっていないと言われるのは少し予想外だった。
いくら昔からソロプレイヤーだったとはいえ、昔は会話するときは普通に話していたし、面白いと思ったら普通に笑っていた。
「そうなの? 例えば?」
「そ、それは……」
話し方を変えたとか表情を殺しているとか、そんなこと言ったら絶対に笑われてしまう。
どうしようかと考えていた時だった。
「茜ぇ。ちょっときてぇ」
教室の反対にいた、白川の友人と思わしき人物が白川を読んだ。
「あ、呼ばれちゃった。行ってくるね」
「あ、ああ」
よくやった。白川の友人A!
名前を知らないのでそう言っとくことにする。
それにしても昔の白川と随分雰囲気が変わったよな。
あいつは俺に変わったと言ってきたけど、お前の方がはるかに変わったと、昔のあいつを知っている人ならそう考えるだろう。
白川との会話を終えた俺は、先ほど調べようとしたのを止めて、ポケットから有線のイヤホンを取り出し、それでアニソンを聞き始めた。
一部から何お前みたいな陰キャが至高の存在である茜さんと話しているんだみたいな視線を感じたので俺は窓の外の景色を見ながら黄昏れ始めた。
数分後。
聞いていたアニソンが終了したと同時に霧島先生が教室に入ってきた。
散々していた生徒たちが自分の席へと戻る。
前右後ろの空いていた席に3人が座ってきた。
「皆いるな。では今からロングホームルームを始める」
ロングホームルームの内容は大雑把に言えば今後の予定の確認等だった。
今月のいつになにがあるとかそういったものだ。
1時間に満たないくらいだろうか。今日のロングホームルームは終わりに近づいていた。
「――と、まあ今回の内容はこんなところだ。何か質問はあるか」
誰も質問は無さそうといった雰囲気だ。
「じゃあ最後に全員が自己紹介をして今日は解散とする。名前と何か一言喋ってくれたら大丈夫だ……一応私もしておくか。霧島薫だ。好きなものは酒だ」
笑いと共に拍手が起きる。
内心、俺も笑っていた。でも表情には出していないぞ。
この見た目で酒が好きなのか。酔った霧島先生を見てみたいとも思ったが、それはおそらく不可能だな。他人と関わらない俺は。
そこからは教室の右端から順番に自己紹介をしていった。
そして白川の順番になる。
「白川茜です。好きなものは……アッ……」
俺は目の前にいる白川に言いたいことを言えないような印象を受けた。
「アップルです! よろしくお願いします」
なんだそれはと突っ込みたいが、笑いと拍手が巻き起こる。
可愛ければそんなのは関係ないということか。
次は俺か。
俺は立ち上がって自己紹介を始める。
「えっと……吉田悠です。特徴がないのが特徴です。よろしくお願いします」
白川と同じくらいの笑いと拍手が発生した。
別に受けを狙ったわけでは無い。
最強主人公は自分の情報を基本的には隠すのだ。
その後翔太が自己紹介をして今日のロングホームルームは終了した。
☆
それから1週間と少しが経過した頃。
俺は特に問題なく生活していた。
「えーこの公式は――」
この6限目である数学の授業もあと少しで終了する。
前後の男女は睡魔に負けたのか寝ていた。
今日も問題なく終わりそうだな。帰ってアニメでも見よう……そんなことを考えていた次の瞬間だった。
前の寝ていた女子がいきなりこう言った。
「吉田君!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます