平行世界3日目にゃ~
平行世界3日目は、大人はお寝坊。昨夜の深酒のせいで、子供たちから「酒くさっ!?」って嫌われてしまった。まぁこんなこともあろうかと、コンシェルジュに起こしてくれるように頼んでいたのだ。
……と、子供たちには説明したけど、コンシェルジュがわしたちが起きていないと察して起こしに来てくれたので、少しの寝坊で助かった。下にテレビクルーを待たせているから、早く出て行ってほしいのだろう。
本日の予定も爆買いツアーなので、いつもの服に着替えたら、テレビクルーに挨拶。その時、黒服の男がジェラルミンケースをいくつも運んで来たので何事かと思ったら、金塊の換金が終わったそうだ。
消費税を払って残ったお金は、まさかの10億超え。震える手でサインして、急いで次元倉庫に隠した。だって怖いんじゃもん。
バスの移動中、昨日とは違うテレビ局のスタッフの質問に軽く答えていたら、本日のお店、一軒目に到着。皆、色鮮やかな店内に驚いている。
「うわ~! これが本屋さん?? 全部色がついてるよ!?」
ここは大型の書籍店。お城の書庫でも蔵書は多いのだが、表紙は白かアースカラーばかりなので、それよりも多くの本とカラフルな表紙にあのさっちゃんでも驚いている。
「迷子になるにゃよ~? 店長召喚にゃ~」
「ここに!!」
ちょっと注意事項を説明したら、少しの間、自由行動。てか、日本語のできない子供たちには面白くないだろうからさっさと店長を呼び出して、ここにある全ての本を2冊ずつ購入する旨を伝える。
店長はわしの豪快な買い物の仕方をテレビで知っていたからか「ひゃっほ~!」とか飛び跳ねて喜んでいたので、服をがっしり押さえて床に張り付けてやった。
もしも巻が飛んでる物があるなら他店から取り寄せるだとか、ここにない本も取り寄せられるなら全て買い取るとも言ったら、電話部隊が編成されていた。いい在庫処分だと思っているのかも?
それだけ終われば、早めの撤退。皆を探したらファッション誌コーナーにいたので、適当に何冊か買ってあげたけど、イサベレはこのエロ本、どこから持って来た? ……子供たちの目の届かないところで読むんじゃぞ??
イサベレがエロ本を握りしめてしまったので無駄な出費が増えたが、用事は終わっていたので次のお店へ。
店を出てちょっと歩いたところのお店に入ったら、また注意事項。
「すぐ出るからにゃ~? 店員さん。お薦めの曲をみんにゃに紹介してあげてにゃ~」
ここは大手レコードショップ。音楽CDだけでなく映画も揃っているので、ここも大量発注。上の階には楽器もあったので、全て2個ずつ買い取り、消耗品はあるだけ発注をしておく。
それから皆の元へ戻ったら、なんか「ヨーヨー♪」言っていたのでラップを聴かされていたっぽい。ベティだけは演歌のカセットテープを握りしめていたけど、まだカセットテープなんて売ってたんだね。
いちおうカセットテープも買い取って、再生できるかわからないと聞かされてショックを受けているベティを引っ張って店を出たら、ここからは街ブラ。
めっちゃ人が集まっているが警察に守られながらわしたちは歩き、目に付くデリバリー専門店では出来てる料理だけ買って食べて進んでいたら、目的の場所に着いたと思われる。
「ガーン……店どころかビルすらなくなってる」
今日はベティのワガママに付き合って、昔やっていた創作フレンチのお店を見に来たのだ。
「あらら。再開発に巻き込まれたみたいだにゃ~」
「あたしの1号店が~~~……あっ! 他に行けばまだあるかも?」
「にゃんて店名にゃ? 調べてあげるにゃ~」
「えっとね……」
スマホの音声検索機能を使って探そうとしたら、語尾の「にゃ」が邪魔になったのでベティに声を出させたら「めっちゃ未来じゃん!?」とか騒いでいた。現代なのに……
しかし残念なことに、ベティのお店は全滅。検索に引っ掛かりもしなかったので、近くのイタメシ屋さんに入って慰めてあげる。
「てか、全部売り払ったとか言ってにゃかった?」
「そうなんだけど、一軒もないんじゃ寂しいじゃな~い」
ベティの過去は、わしも少しは聞いている。
戦前、熊本で出会った夫がフレンチ料理店で修行していたこと。戦後、出兵していた夫が奇跡的に戻って涙したこと。一旗上げようと東京で小さなフレンチ料理店を開業したこと。
常連客は増えて大繁盛となったが、夫が急死したこと。厨房を手伝っていたベティが跡を継いだこと。
バブル期、女性フレンチ料理人という珍しさから、銀行員がもっと大きい商売をしてみないかと持ち掛けたこと。するとあれよあれよとあぶく銭が手に入り、自分を見失い掛けた。
その時のことはあまり言いたくなさそうだったが、しつこくしたらベティはこう言っていた。
「あの時ね、たまたま子供がゴミを漁っているところを見てしまったのよ。そんな子供、戦後に嫌ほど見たのに、その時のあたしはいい物食べて残して捨てていたのよ。
もう、頭を鈍器で殴られたぐらいの衝撃を受けたわ。あたしは何をしてるんだって……だからね。店や不動産は全部売り払って、苦しんでいる子供を助けようと思ったの……て、恥ずかしいんだからもう言わないからね!!」
この時の子供は貧しいわけでなく親から食事を貰えないと知って、ベティは子供食堂の開設に全てを注ぎ込んだとのこと。すると、バブルだというのに多くの人が集まって来て、このことにも驚いたそうだ。
光あるところに必ず影あり。お金持ちがいるということは、その下には搾取されてひもじい思いをする人がいると……
この教訓を元に、個人資産を使って貧しい子供をベティは救っていたらしい……
わしはスパゲティーをズルズルすすりながらベティを慰めていたが、行儀が悪いと怒られたので上手く慰められなかった。
「まぁ、次はその子供食堂に行くんにゃろ? そんにゃ聖母ベティ様の意志を継いでいるにゃら、必ず残ってるんじゃないかにゃ~?」
「あらやだ? あたしが聖母様だなんてやめてよ~」
「いや、からかってるんにゃよ?」
ベティにはわしの嫌みが伝わっていないけど、機嫌が直ったみたいだからもういいや。食事が終わったら、街ブラに戻る。
そうしてやって来たのは、築年数の古い雑居ビル。ベティが「ボロボロになってる……」って肩を落としているところを見ると、建物は残っていたみたいだ。
「この地下にゃ?」
「うん……残っていますように!」
祈るように階段を下りたら、そこには子供食堂の看板。時間的に営業時間ではないのか、人の気配がまったくない。
「やった! あった!!」
「ここにゃ? う~ん……」
「シラタマ君も喜んでよ~」
ベティが喜ぶなか、わしは何か引っ掛かる物があったので考え事をしていたら、ベティは勝手に中に入って行った。ちなみに、その他は上で待機してもらっているので、付き添いのわしとエミリがそのあとを追った。
「猫!?」
中に入ると短髪のおばちゃんがわしを見て驚いた。
「いま話題のその猫にゃ。ちょっと邪魔させてもらうにゃ~」
ベティはキョロキョロしていてわしの紹介をしてくれないので、わしはおばちゃんの相手をする。
「ここって無償で子供にごはんを食べさせていると聞いたんにゃけど、本当にゃの?」
「いや、私としては、猫が喋っていることに驚きなんだけど……」
「テレビぐらい見てるにゃろ~」
おばちゃんはわしの見た目に驚いていてそれどころではないので、まずはその辺の説明。そして寄付金を持って来たと言ったら……
「それを先に言いなよ~。お茶でいいかい? それともお皿にミルク入れようか?」
「お茶でいいにゃ~」
ウェルカム対応。でも、ウェルカムミルクは断った。コップぐらい手で持てるんじゃもん。
そうしていくら欲しいかと切り出して、安かったからその10倍渡したら、そろそろ世間話に変える。
「ここって歴史がありそうだにゃ~。うちでも子供食堂を作ろうと考えているから、ノウハウだとか苦労話を聞かせてくれにゃ~」
「ノウハウなんて、ほとんどないよ。いい人がいて、いい人が助けてくれる。その人の繋がりでなんとか運営してるのよ」
おばちゃんが言うには、区の助成金と賛同者の金銭的援助、人的援助、食材の援助で細々とやっているらしい。しかし、潰れそうになったことはあったらしく、そのことも詳しく聞いてみた。
「私の前の店主でね。先代は先々代から資金とこのお店を受け継いだんだけど、雇っていたスタッフに悪いヤツがいてね。先々代のお金をほとんど持ち逃げしてさ。廃業になりそうだったのよ」
「ふ~ん……そりゃまた酷い話だにゃ」
「ねぇ~? 先代はもうやめるしかないかと思っていた時に、救世主が現れたんだって。まぁその人もバブルが崩壊したせいで厳しいとかで、手持ちは10万円しかなかったらしいけどね」
「にゃはは。焼け石に水にゃ~」
「そうなのよ。でも、その救世主は経営手腕が凄かったみたいでね。役所に問い合わせしてくれたり、商店街を駆け回って廃棄間近の食材を子供食堂に寄付できるシステムを作ってくれたのよ。それからは、自然と周りの人が助けてくれるようになったから、一度も危機的状況に
「にゃ? それってどっかで聞いたことがあるようにゃないようにゃ……」
「確か名前は……ド忘れしちゃった。ちょっと待ってて。その辺に名刺が挟まったノートがあったはず」
おばちゃんが席を立つと、考え事をしているわしの顔をベティが覗き込む。
「どったの?」
「う~ん……にゃんかここに来てから、引っ掛かることがあるんだよにゃ~」
「そういえば、お店の前でもそんなとぼけた顔をしていたわね」
「難しい顔をしてるんにゃ~」
思い出そうと頑張っているのにベティが茶化すので、完全に忘れた。
「あったあった。この人。後藤さんよ」
「にゃんですと!?」
「あっ! エミリ、どんな料理出してるか教えてもらって来て!!」
「は、はい! おば様。料理を教えてくださ~い」
名刺を見た瞬間、わしが大声を出してしまったからには緊急事態。ベティが機転を利かして、おばちゃんはエミリにキッチンに連れて行かれた。
「てかさ~……後藤鉄之丈って、シラタマ君のこっちの名前よね?」
そう。わしが人間だった頃の名刺がここにあったからわしは驚いていたのだ。
「なにしやがった……」
「ちょっと頭を整理させてくださいにゃ~」
おばちゃんからは救世主と呼ばれていたのに、ベティは何故かわしを犯人扱い。考えてるんだから睨まないでください。
「アレは確か、東京に立派にゃことをしている人がいるって友達から聞いたんだったかにゃ? いつか会って話をしたいと思っていたんにゃけど、バブルが弾けたバタバタで、なかなか会社を離れられなくてにゃ~」
恥ずかしい話だが、救世主とはわしのこと。子供食堂のことを知ってから数年後に訪ねたら、ちょうどオッサンが首を吊っていたのだ。
個人的には、命を懸けてまでやることではないと思うので廃業を勧めたのだが「母に申し訳ない」と泣き続けるから、仕方なく手伝ってあげたのだ。
「そう。あの子、そんなことで死のうとしたんだ……悪いことしちゃったわね」
「本気かどうかはわからにゃいけどにゃ。わしが見た時、細いプラスチックのダクトに紐かけて、ダクトはグニャッてなって着地して恥ずかしそうにしてたにゃ」
「プッ……あの子らしいミス」
「にゃはは。それはそうと、まさか前世でもニアミスしてたとはにゃ~」
「ホント、腐れ縁よね~。いや、シラタマ君がストーカーしてるのかしら? きゃははは」
確かにエミリのためにベティを探したことはあったが、遺骨が見付かってからはつけたことはない。ていうか、わしの家に勝手に住み込んでいるんだから、ストーカーはベティのほうじゃね?
昔を懐かしんで笑い合っていたわしとベティであったが、しだいにケンカに発展したので、エミリに止められるのであった。
大人気ないと……
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