彼方へ届く、傾慕の唄(ラブレター)

ハナユキ

一章 それは始まりの一歩に過ぎず

全てはいつも唐突に

 誰かの為に命を掛けるなんてこと、俺には出来ないと思ってた。

 誰だって死にたくは無いから、他の人の為に死ぬのなんて恐ろしくてできやしない。

 だから、創作物でよく見る主人公が、誰かの為に全力で行動してるのは素直に凄いしかっこいいとも思う。

 だけど、自分で同じ様なことができるかと言われれば、まぁ無理だ。

 しかし、そんな俺にも憧れができた。

 あの時、あの瞬間。その人とのたった少しの出会いが俺に影響を与えた。


──彼女の為ならば、俺は命だって惜しまない。


*******


「ぎゃあああ!?!?」


 人の悲鳴が聞こえる。


「誰か、誰か助けぶっ」


 人の潰れた音が聞こえる。

 街は既に半壊状態。辺りに爆発音が鳴り響き、魔物達の楽しげな嗤い声が聞こえてくる。


「クソが、ここまで...かよ」


 俺は腹部から流れる血を抑えながら、朦朧とする意識の中で、目の前に佇む化け物を見据える。

 対して魔物は、長い舌から俺の血を垂らしながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 そして、俺の眼前まで来た魔物は、大きな口を開けて俺を丸呑みしようとする。


「死にたく...ない」


 まだ、何も残せてない。昔から、俺は何も変わってない。何かをしたくて、でも出来なくて、それでも、自分を突き動かす切っ掛けを探していた。


 ───こんな所で、死にたくない。


「安心して」


 ふと、鈴の音のような声が聞こえた。

 次の瞬間、魔物が横に吹っ飛ぶ。


「君は殺させないから、だから安心して」


 彼女は安心させるように俺に微笑む。


「あっ......」


 俺は、目を見開いて硬直する。痛みは感じず、頭にどデカい衝撃が走る。

 だらしなく口を半開きにしながら、彼女の事を見つめる。

 滑らかで、きめ細やかな銀髪。こちらを映している金の瞳は、力強く光輝いている。

 儚げで、可愛らしく。さりとて強く、美しく。

 彼女は将来、とある学園で最強の頂きを得る人だ。

 そして、とある人物達に道を示し、友好を深める人だ。

 そして、


「大丈夫だから」


 彼女は俺の頬の切り傷から流れる血を拭き取り、笑みを浮かべる。


「次に目を覚ました時、この地獄はもう終わってる。だから、ゆっくり休んで」

「え、あっ......」


 彼女がそう言った瞬間、腹部の激しい痛みを思い出し、俺は意識を手放した。


*******


「......ん?」


 太陽の光が眩しく、俺は目を覚ます。


「知らない天井だ...」


 お約束の台詞を言いながら、ベットから起き上がろうとし、腹部の痛みに顔を顰める。


「そうだ、確か俺は魔物に腹ぶち抜かれて」

思苑しおん!?起きたのか!?」


 ガラガラと、部屋のドアが開いたと思ったら一人の男性が声を荒らげて入ってくる。


「父さん、来てたのか」

「お前!心配したんだぞ!怪我は!?腹は痛くないか!?」

「ちょ、落ち着いて!!腹は多少痛むけど大丈夫だから!」


 近づいてくる父さんを両手で抑えながら宥める。

 次第に落ち着きを取り戻した父さんは、近くから椅子を出してそこにどかっと座り込んだ。


「そうか...なら良かった。何かあったらすぐ俺か医者に言うんだぞ」

「うん、そうするよ。それよりも父さん、俺が気絶してからどれくら経ったの?1日?」

「3週間だ」


 なんだ、たった3週間か……。え?

 俺は目を見開きながら、父さんを見つめる。


「3週間?嘘だろ?」


「ほんとだ、お前があの災害に巻き込まれてここに運ばれたのは3週間前の事だ」


「マジかよ……」


 いや、まぁ、あの状態で生きてたのなら儲けもんか……。

 しかし、俺どうやってここまで…ってそうか。


「なぁ、父さん。俺をここまで運んでくれた人は?」


 聞くと、父さんは少し困った表情で頭をかいた。


「悪いんだが、俺も知らないんだ。医者も名前を聞いてないみたいでな、特徴だけなら聞いたが、それだけじゃなぁ」

「特徴だけでも分かればいいよ、どんな人だったの?」

「そうだな、確か銀髪のお前とそう歳は変わらない少女だったそうだぞ」

「……銀髪、ね」


 俺は顎に手を当てて考え込む。

 なんか、昔どっかで見たような。


「思苑?そんな考え込んでどうした?何か心当たりでもあるのか?」

「いや、俺も知らない。助けてもらう寸前の記憶はあるけど、その後すぐに気絶しちゃったから」

「そうか、出来れば礼を言いたかったんだがな……」

「そうだね……」


 そんなことを話していると、腕時計を確認した父さんが立ち上がった。


「悪い、昼休憩が終わりそうだから仕事に戻らないと」

「そういえば仕事着だったね、ありがとう。態々来てくれて」

「なに、自分の子供を心配するのは当たり前の事だからな。さっき、母さんにも連絡入れたから、すぐ来ると思うぞ」

「うん、分かった。仕事頑張ってね」

「あぁ」


 軽く手を挙げて病室から出ていく父さんを見送った。

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