薬と毒
俺と錬金術師のリミヤが、冒険者ギルドにいるサラ・ラフィーネの元に持ち込んだポーション。
それは、何らかの毒を混ぜることで、その対毒成分を生成することのできるポーションだった。
「どうしてこのようなポーションを?」と騎士団長のサラ・ラフィーネは言った。
「別のポーションをつくっていたときに、ちょっとした失敗が幾つか重なって、出来上がったんです。なので、作ろうと思って作ったわけではないんですが……」と俺は答えた。
「へぇ」サラは興味深げに、その黄金の液体を眺めた。「これを私に?」
「はい。ぜひ騎士団長に受けとっていただきたいと思って」
「ふむ。これは、何度でも精製できるポーションなのかな?」
俺は首を振って、否定した。
「いいえ。正直なところ、再びつくれるのかすらわかりません。
効果に気が付いたとき、同じ手順を試してみたのです。
ですが、全くうまくいきませんでした。
鑑定士スキルで見てもらったところ、かなり限られた状態でしか成り立たないポーションだと判明しました。
使った素材自体は珍しいものではないので、うまく出来上がるまで、何度も試すということはできるのですが……
俺たちの腕では、万が一の偶然に期待して、ひたすら試す以外、精製する方法はありません」
俺の言葉を聞き、サラはポーションをこちらに戻した。
「そんな貴重なポーション、受け取れないよ」
「いえ、ぜひ受け取っていただきたいのです。
そして出来ることならば詳しい方に見てもらって、複製していただきたい」
「それは、どういうこと?」
「騎士団長には、鑑定士や、ポーションに詳しい者の人脈が豊富にあると思います。
ですからこのポーションを分析し、複製できるような方に、これをお渡ししていただけないかなと思ったのです。
この薬を複製することができれば、以前のような災害が起こったときにも、対応できます」
「……アンデッド騒動のことだね?」
「ええ」
サラは涼しげな瞳で、ポーションをじっと見つめた。
「しかし本当にいいのかな?」
「?」
「この薬がもし君たち以外の人の手によって複製できてしまえば、君たちが得られる特権はなくなってしまうよ。
この薬は、今のままなら、かなりの希少価値がある。
現在、王都で最も価値が高いとされている万能薬エリクサーは、君たちも知っているとおり、詰まるところ、複合ポーションだ。多くの状態異常を癒すことができて、その幅が広いから万能と呼ばれているが、アンデッド騒動の時、未知の毒には全く歯が立たなかったことが証明された。
もしこのポーションが、君たちの言う効果を本当に持っているのなら、間違いなくエリクサーの上を行く最高品ポーションといえるだろう」
「ですから、騎士団長に託したいのです」と俺は言った。「このポーションの精製法が確立されれば、どんな毒に対しても備えることができます。俺たちが隠しておくべきでは効能ではないと思いました」
しばらくの黙考の後、騎士団長は深く頷いた。
「分かった。二人が構わないのなら、このポーションは一度、こちらで預からせてもらおう。信頼できる数人の者に、至急、このポーションの成分を分析させる。
何か分かったら、また教えよう」
俺はリミヤと、顔を見合わせた。
彼女の頬には赤みがさしており、俺に負けじと、喜んでいることが分かった。
「ありがとうございます」
俺たちは礼を言って、冒険者ギルドを後にした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
それからの数か月、マルサスの薬屋で働く人々は、忙しい日々を送った。
並べた端からポーションは売れ、客足が途絶えることはなかった。
一方、ギルドの元受付嬢であるファシアを中心に、薬屋の仕事の効率化が進められた。
それによって、忙しい中でも、マルサスも含め店で働く人々は、十分な休養を取ることができるようになった。
ポーションの仕入れについては、30を超えるポーション精製者との独占的な契約が成立し、盤石なものとなった。
店主のマルサスは惜し気もなく利益を分配したので、ポーション精製者たちからは、自然と信頼や尊敬の念が向けられるようになった。
マルサスの薬屋が信頼され、評判になるほど、利益を優先していた他の薬屋は、ますます苦境を強いられるようになった。
大した質ではないポーションに高値をつけていたことがバレると、途端に客が集まらなくなった。
さらには薬屋にポーションを卸していた、ポーション精製者たちにも変化が。
マルサスが良心的な価格でポーションを買い取っていることが知れ渡ると、他の薬屋で買い叩かれていたポーション精製者たちが、「買い取り値を上げてくれ」と店の主人やギルドに訴えはじめた。
彼らは「値を上げないなら、他の薬屋へ移るぞ」と言い、そして実際に、マルサスの薬屋へ鞍替えする精製者たちも少なくなかった。
マルサスは、弱い立場に置かれた精製者たちを積極的に受け入れた。
さらには低品質のポーションしか作れず、どの薬屋にも相手にされなかった精製者すらも、門前払いしなかった。
マルサスは自身が持っている解毒士スキルを使って、持ち込まれた訳ありポーションに、新たな可能性を生み出した。
それまで、自身のスキルや精製手法が評価されず、不遇な日々を送っていた精製者たちは、マルサスのスキルに驚き、ポーションを買い取ってもらえることに、深く感謝した。
一方で、どんなにポーションを精製する腕が良くても、マルサスに契約を断られる人たちもいた。
それは例えば、詐欺師のような人々――自身のつくるポーションに関して、嘘をつき、より高い価格でマルサスに売りつけようなどとする精製者たちだ。
それらの「悪質なポーション精製者」の正体を、鑑定士スキルを持ったファシアは、面接の時点で容赦なく見破った。
そして頭が切れるファシアは、そういった悪質な者たちを
マルサスが悪質な者たちに逆恨みされぬよう、気を付けていたのだ。
ファシアからすると、信頼する店主のマルサスは、あまりにも人が好かった。
そんな彼のことを守りたい――あわよくば結婚したいというのが、彼女の密かな望みだった。
いつしかマルサスの薬屋には、「良い人々」を引きつけ、「悪しき人々」を遠ざける磁場が出来上がりつつあった。
そして悪しき人々は、まるで吸い寄せられるように、悪しき薬屋のもとへと流れていく……
ガランガラン。
ある薬屋のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
その薬屋の女主人ベイケットは、嬌声をあげて入口へとすっ飛んだ。
ここ数か月、店にはほとんど客が来なくなっていた。
このままでは、薬屋が潰れるのも時間の問題。
久々にやってきた獲物を逃すものかと、欲望を剥き出しにして、来客に飛びついたのだった。
だがその人物は、ベイケットの望む「客」ではなかった。
「私、魔薬師のマノと申します。こちらの薬屋で、よければ買い取っていただきたいポーションがあるのですが」
客ではないと分かり、ベイケットは鼻白んだ。
しかし、すぐに横暴な態度で追い返すことはしない。
なぜならばベイケットの薬屋は、客と同時に、契約していたポーション精製者の大半をも失っていたからだ。
幸か不幸か、客足の減りの方が早かったため、ポーション不足に悩まされることはなかった。
だが、あと何人かのポーション精製者が逃げ出せば、薬屋としては絶対にやっていけなくなる。
客が来なくなるのが先か、棚にポーションを並べられなくなるのが先か。
いずれにせよ、女主人は追い込まれていた。
そういった理由で、客だけでなくポーション精製者も、無下にはできないというわけだった。
ベイケットは、ポーションを売りにきた精製者を見た。
魔薬師のマノ。
狐のような顔の男で、身なりはそう悪くない。
外見で人を判断するベイケットは、その男が笑顔の下に隠した邪な心には、一切気が付かなかった。
「どうぞ、お座りになって」
「失礼いたします」
男は気取った様子で腰を下ろし、それから持参したポーションを取り出した。
「こちらでございます」
瓶に詰められたポーションは、血のように赤く濁っていた。
女主人はそれをみた瞬間、顔を顰めた。
明らかに、ろくなポーションではない。
買い取りは断ろうと心に決めたが、口先だけで、男に尋ねた。
「まぁ、珍しい。どういったお薬かしら」
するとマノは口元をおさえ、フフと笑った。
「ご婦人。こちらは
「では、なんでしょう?」
苛立ちを堪えつつ、ベイケットは尋ねた。
「毒ですよ、毒。しかもただの毒ではない」
焦らすような間を置いて、魔薬師は続けた。
「この毒を与えた魔物は、周りの魔物や、人間に噛みつくようになります。
そうして他の周囲へと毒を移していく……きわめて厄介な毒なのですよ」
ベイケットはあんぐりと口を開け、それから思わずため息をついた。
「うちは薬屋ですよ。そんな危険な毒を販売するなど……」
「失礼、販売していただきたいのは、毒の方ではございません」
マノはにんまりと笑った。
「もちろん薬の方ですよ、ご婦人。
私が調合した毒を、唯一癒すことのできる解毒ポーション。
これがどういうことか、お分かりかな?」
ベイケットはしばし考え、はっとした。
「つまり……毒を流行らせて、その治療薬を売ると?」
「ご名答!」マノは細長い指を、パチンとうちならした。「王都に広まる、厄介な毒。しかしその治療薬がこの店にしかないとなれば……なかなか売れるのではないでしょうかね?」
魔薬師の危険な誘い。
店の経営で追い詰められていた女主人の心は、悪魔の提案に、ぐらぐらと揺れた。
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