ギルドの元受付嬢

薬屋にて。


開拓者ギルドの元受付嬢であり、「鑑定士」のスキルを持つファシアさんと、契約についての話を進める。


俺が彼女にお願いしたかったのは、薬屋が開店してから店番をしてもらうことだった。


素材調達の護衛として雇ったB級冒険者アーガスのことを、錬金術師のリミヤが怖がっており、二人だけではどうやら森へは行けそうにないという事情については。既にカフェで契約の話を持ち掛けたときに、彼女には軽く話していた。


だからそのことについては理解が得られていると考えて、問題はむしろ待遇面――ぶっちゃけて言うならば、彼女に払う「賃金」をどうするかである。


ギルドの受付と言えば、幅広い知識・教養を持っている優秀な人しかなることができない選ばれた職業というイメージがある。


そのことを考えると、あの商人ギルドの態度の悪い男、ラードはどういうことなのかと思わなくもないが……それはともかくとして、開拓者ギルドは大きくて名のあるギルドだし、そこの受付嬢として勤めていたとなれば、それなりの給料をもらっていたことだろう。


声をかけてみたはいいものの、果たしてどれくらいの額を支払えばよいものだろうか。



するとファシアさんは、あっさりと言った。


「そうですね、仮契約のうちは最悪、給料なしでも構わないですよ。

店を始めるまでは収入の目途が立たないでしょうし、私も自分が貢献できる仕事量に対して、どのくらいのお金を頂くのが妥当か、実際にやってみなければわかりませんからね」


「いやいや、そういうわけには……!」


まさか、無給でもいいと言われるとは思わなかった。

自分が想定しているよりも高い額を提示されることしか考えていなかったので、全く別の驚きを感じて、慌てる。


しかし彼女は、至って冷静に返してきた。


「いえ、これは善意で言っているわけではないんですよ。


私はマルサスさんの人柄を信頼してこの薬屋の手伝いをさせていただきたいと考えたわけですが、何も『お金を頂けなくても構わない』とか、『安い給料でも我慢できる』と考えているわけではないんです。


ただ私自身、ギルドの決まった給料でしか働いたことがありませんし、失礼ながらマルサスさんも、自分の店をやられること自体が初めての経験だとうかがいました。


そのことを踏まえたうえで、今後私が長く働かせていただくことを念頭に置いて考えたら、実際の売り上げと、私がいることでどれくらいの金銭的な価値が生まれているのかを把握してから契約金を決めるという流れの方が、うまくいく気がするんです。


そうした方が、店の売り上げから私に払える現実的な額を明らかにすることができますし、その上でお互いに、その金額で正式な契約を結びたいと思えるかどうかを明確に判断することができるのではないでしょうか」


彼女は滔々と話した。



『……確かに一利あるかも』


店がまだ開いていない状態では1日の売り上げがどの程度になるのかは推測でしかないし、店番を置くことで、どのくらいの費用対効果になるのかも、同じく想像の域を出ない。


いや現状では、想像すら難しいという感じもする。商人ギルドのギルド長から情報を得てはいるものの、実際に薬屋を経営した経験が、俺には皆無だからだ。



すると口元に手をあてて考えていたファシアさんが、ふたたび話し始めた。


「ですが……そうですね。


たしかに仮契約の段階であっても、無給というのは極端な話かもしれません。


先ほど、ポーションの素材調達のために護衛の冒険者を雇っているという話をされていましたね。


差し支えなければ、その方にどの程度お支払いしているのか、大体で構わないので、教えていただけませんか?」


俺は正直に、「1回の素材調達で金貨1枚」と告げた。


「それは、ギルドの仲介料も込みでですか?」


「いえ。冒険者のアーガスには、ギルドを仲介せずに直接支払いしています。

冒険者ギルド的にはそれで問題ないようだったので、払っている額はアーガスの手取り分だけです」


するとファシアさんは目を丸くした。


「仲介料なしで、それだけお支払いしているのですか?」


冒険者ギルドと開拓者ギルドという違いはあれど、その手の依頼の相場については、俺なんかより彼女の方がよっぽど詳しいだろう。


しかしポーションの売値については、一応、俺もポーション精製者の端くれだけあって、一通りは理解しているつもりだ。


アーガスがいることによって調達できる素材の量、そしてその素材を利用してリミヤと俺が精製できるポーションの売価を考えると、金貨1枚はむしろかなり安い値段と言える。実際に売り上げの目途が立ったら、アーガスに払う値段は上げていこうと考えているくらいなのだ。



「ええ。でも彼がいることによって調達できている素材を考えると、そのくらいは払って問題ない額なんですよ」


もちろん肝心のポーションが全く売れなければ、この計算は成り立たないわけだが。


ファシアは俺を見て、頷いた。


「分かりました。

では、仮契約の間、私の対価は1日あたり金貨0.5枚……つまり銀貨50枚でどうでしょうか?」


「えっ、い、いいんですか?」


予想よりもはるかに安い額が出てきて、驚く。


「はい。しかしこれはもちろん、正式な契約金を考えるまでの仮の金額です。


私もずっとこの金額ではさすがに働けないと思うので……どうでしょう。店を開けてからひと月たつまではこの額で働かせていただいて、その後、正式な契約のお話をさせていただくのは」


こちらとしては、文句のつけようがない条件だった。


「はい、ぜひそれでお願いします」


「分かりました。では仮契約の交わさせてもらうとして。

それと、店が開くまでの間ですが、よければ店番以外にもお手伝いさせていただけませんか?


私も経営のことは素人なのですが、開拓者ギルドの受付をしていた時の知り合いもいますし、何かお手伝いできることがあるのではと思うのですが」


「ぜひ」



俺はその後、ファシアさんと正式に、期間限定の仮契約を結び、次いで、開店までにしてもらえることについての話し合いを進めた。



俺が開店準備についてまだ足りていないと思っていることの一つは、ポーションの精製者不足だった。


俺の「解毒士」スキルと掛け合わせることによって、リミヤはAランクポーションを8種類(+おまけのSランクポーション1種類)精製できる万能錬金術師になったわけだし、アーガスに護衛としていてもらえることで、短時間で大量の素材を調達できるようになった。


だが、ポーション精製者が俺とリミヤの二人であるという事実に変わりはない。


そのことを、ファシアさんに相談すると。


「そういうことでしたら……ちょっと、あてがあるかもです」


ファシアさんは、自信ありげに頷いた。



『開拓者ギルドの受付をしていたとなれば……人脈はかなり広そうだ』


彼女の表情を見ながら、俺は密かに期待感を持った。

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