薬屋開店まであと少し!
開拓者ギルドの元受付嬢であるファシアさんと、支払う報酬についての折り合いが無事ついた後。
彼女は「店番以外の手伝いもさせて欲しい」と言ってくれたので、色々と開店準備について相談させてもらった。
俺が最も不安に思っているのは、やはり「ポーション精製者が2人しかいない」という点。
護衛のアーガスが加わってくれたことで素材調達の効率は格段に良くなったものの、さすがに作り手が2人では、製造できるポーションの量に限りがある。
商人ギルドに話を聞いたところ、この店の立地で「ポーション」という消耗品なら、よほど値段を吊り上げたり、粗悪なものを提供したりしない限り、そこそこ売れるだろうとのこと。
具体的に何のポーションをどのくらいの数、用意しておいた方がいいかということも聞いたが、俺とリミヤが調達から精製までにかける時間を考えると、すぐに「作っても作っても足りない」という状況に追い込まれそうだった。
そんな話をすると、ファシアさんは力強く頷いてくれた。
「そういうことでしたら……ちょっと、あてがあるかもです」
『開拓者ギルドの受付をしていたとなれば、人脈はかなり広そうだ』と、俺も彼女に期待感を持つ。
「では、この店で販売しようとしているポーションのこと――マルサスさんと、それから契約中の錬金術師さんが精製できるポーションについて、詳しく教えていただいてもよろしいですか」
彼女に尋ねられたので、俺は自分が作ることのできる解毒ポーションのことと、リミヤと力をあわせることで精製できる9種類のポーションについての話をした。
ファシアさんは細かい点まで尋ねてきた。それぞれのポーションをつくるのに、二人は何の素材をどのくらい必要とするのか。それを集めるのにどれほどの手間と時間がかかって、出来上がったポーションの売り値はいくらなのか。
『ポーション精製者を探す時の参考にするのだろう』と考えて、俺も事細かく、彼女に聞かれたことを答えた。
一通り話し終えると、それなりの時間になっていた。
「必要ありませんよ!」と遠慮する彼女に、今日の分の報酬を渡す。
真剣な話し合いをもってくれたのだし、支払わないのは変だと思ったからだ。
それから「また明日からよろしくお願いします」と、帰るファシアさんを見送った。
次の日の朝。
薬屋には、4人全員が集まった。
小柄な銀髪の少女、錬金術師のリミヤ。
「威圧者」という変わったスキルを持つ屈強な大男、B級冒険者のアーガス。
ギルドの元受付嬢で、「鑑定士」スキルを持つファシア。
そして「解毒士」スキルを持ち、薬屋を始めることになった俺、マルサス。
リミヤ、アーガスの二人に、ファシアさんのことを紹介する。
人見知りの気があるリミヤは、緊張して肩が上がっていたけれど、ファシアさんがにこりとほほ笑むと、安堵するようにリミヤも表情を緩めていた。
『年上のファシアさんが関係を引っ張ってくれそうだし、大丈夫そうだな』と俺も安堵する。
一方、アーガスとファシアさんのやり取りは、さすがに大人同士だけあってしっかりしていた。
大きな体にスキンヘッドと、迫力のあるアーガスを前にしても、ファシアさんが怯えたり取り乱したりすることはない。開拓者ギルドで日常的に屈強な男たちの相手をしてきたという経験も、おそらく活きているのだろう。
『うん。アーガスとリミヤの関係はまだ不安だけど、二人とファシアさんが一緒に働くことには関しては、何の問題もなさそうだな』
開店目標としている日まで、残り20日を切った。
今後、手伝ってくれる人は増えるかもしれないが、この3人に中心的な役割を担ってもらうことになるだろうし、うまくやっていけるといいなと思った。
今日の仕事は、俺、リミヤ、アーガスの三人で、これまで同様の素材調達。
ファシアさんには、店を手伝ってもらえるような更なる人員の確保をお願いする。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい!」
「ああ」
「分かりました」
開店までのラストスパート。
『いよいよだ』
そう考えると、胸が高鳴ってきた。
今日も、王都の北にある、ユグラルの森に行く。
以前なら絶対に足を踏み入れられなかった場所だけど、アーガスと何度も来ているうちに、この森に対する警戒心はほとんどなくなってしまった。
『本当にここは中級者向けの森なのだろうか』と思うくらい、魔物には出くわさない。
アーガスのスキル、『威圧者』のおかげだ。
これまでの素材調達では、まれにスキルの影響を受けなかったらしき魔物が現れて、そういう奴らが襲ってきたけれど、アーガスの使い古された斧の前には手も足も出なかった。
大型のオークロードが向かってきたときにはさすがにまずいと思ったけれど、それも結局は杞憂に終わった。
今でもあの瞬間のことは目に焼き付いている。
アーガスは左右に軽くステップを踏むと、次の瞬間にはオークロードの懐に踏み込み、瞬時に胸のあたりを斬りつけた。それで勝負が決まったのだ。
『後ろで見ているだけだったけれど、あれは鳥肌ものだったなぁ……』
そんなことを思いつつ、頼もしい背中の後ろを歩く。
「ありました!」
回復ポーションの素材となる紫ラッパ花が群生しているのを見つけたリミヤが、嬉しそうな声を上げる。
素材調達は今日も順調だ。
この調子なら、日没前には王都に帰れそうだ。
ユグラルの森から戻ってくると、薬屋の前で二人と別れた。
今日もぱんぱんになった素材回収袋を4つ持ち、ホクホク顔のリミヤは、「錬成、頑張ります!」とやる気一杯の言葉を残して帰っていった。
アーガスも護衛報酬の金貨1枚を渡すと、「いつもすまんな」と大事そうにそれを懐に収め、リミヤとは反対の道に歩いていった。
俺は薬屋の中へと戻り、森を回りながら精製した毒消しポーション63本を箱に並べる。
一人の時は早朝から夜遅くまでフルで働いても、20本が限界だった。今は朝ゆっくり出て、日没までに帰ってくるのに、その3倍だ。
『アーガスさまさまだなぁ……』
大量の素材にありつけたときのリミヤと同じように、自然と顔がほころんでしまう。
ポーション63本。
1本当たり銀貨8枚で売るつもりなので、全部売れば銀貨504枚――金貨5枚+銀貨4枚の値段だ。しかも売り上げのメインはリミヤが精製するポーションの方なので……やっぱりアーガスの護衛代金貨1枚は安すぎる。
ファシアさんによれば護衛の相場はむしろもっと安いらしいけれど、売り上げの目途が立ち次第、上げられるところまで上げていこう。
精製したポーションを片付け終わり、店の中でちょっとした事務作業を進めていると。
「すみません、遅くなりました!」
『おっ、帰ってきた』
俺は顔を上げ、「おかえりなさい」と入ってきたファシアさんに向けて言う。
すると彼女の後ろに、もうひとり誰かがいることに気が付いた。
「そちらの方は……?」
ファシアさんの後ろにいた女性が、ぺこりと頭を下げる。赤い髪を綺麗に整えているその女性は、黒縁の眼鏡をかけており、少し幼いけれど真面目そうな印象だった。
「開拓者ギルドの受付をしております、リピンと言います」
「あっ、よろしくお願いします。マルサスと言います」
丁寧に挨拶され、こちらも立ち上がり、挨拶を返す。
『ん? でもどうして開拓者ギルドの人が?』
ファシアさんの方を見ると、彼女は自信ありげな表情で頷いた。
「マルサスさん。ポーションの製造量不足の件ですが……手間と時間が最もかかるのは素材調達だ、とおっしゃっていましたよね?」
「ええ、そうですが……」
俺もリミヤも、スキルを使ってポーションの精製を行う。リミヤは色々と手順があるらしいのだが、それでも材料を揃えるまでが仕事の9割を占めると言っていたし、俺にいたっては、精製に関しては一瞬で終わる。
アーガスに護衛についてもらうことで、素材がより豊富にある森に行くことができるようになり、調達効率は格段によくなったわけだが。それでも調達にかかる時間が、0になるわけじゃない。
だからこそ素材調達から精製までこなすことのできるポーション精製者と、もう何人か契約したいと考えていたわけだけど。
ファシアさんは、俺に言った。
「もし素材が大量に手に入るとしたら……精製者の数は同じでも、ポーションの製造に困らなくなると思いませんか?」
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