元ギルド職員の正体

クビになった経緯を話してくれた、開拓者ギルドの元職員であるファシアさん。


「そろそろ、行きましょうか」とカフェを出ようとした彼女を引き留めて、俺は話を切り出した。


「次の仕事って……もう決められてますか?」




「えっと……」ファシアさんは困ったように眉を下げた。「昨日の今日ですから、全くです。今まで開拓者ギルドでしか働いたことがありませんでしたし……」


「開拓者ギルドに勤められてからはどれくらいなんですか?」


「そうですね……成人してからですから、今年で……あら、ちょうど10年目ですね」


なるほど。10年もギルドに勤めていたとなると、職歴としてはかなり信用できる。ギルドの受付は日常的にお金を扱う仕事でもあるし、その経験があるというのも大きい。


次の勤め先はすぐにでも見つかりそうだが、こちらも話だけでも聞いてもらうことにしよう。


「ファシアさん、あの」と顔を見ると、疑うように目を細めている彼女に気が付いた。「えっと……?」


「今、私の年齢、計算したでしょう?」と頬を膨らませるファシアさん。


とんでもない。成人が15だから十年働いたら25歳ですねなんて、断じて計算していない。断じて。


「どうせお姉さんなのはあと数年ですよ……夜道で会ったら、アンデッドと間違えられるくらいの女ですよ……」


やばい。昨日のこと根に持ってる。というかあんなにも酔ってたのに、はっきり覚えているのか。


「い、いや違うんです! 最近、大規模なアンデッドのあれがあったじゃないですか。そ、それで、王都の中でも気をつけておかないとなって……」


「へぇ~。ああ、ありましたねぇ~」


斜め下の方を見て、低いトーンで言うファシアさん。

全く信用してもらえてないけど、本当なんです……!


「それで? そんな大ベテランギルド職員だった私の次の仕事なんて、もう見つからないのでは、っていうお話ですかぁ?」


「ち、違います、違います! ギルドの元職員さんだったら、信用もあるでしょうし、どこへ行っても仕事には困らないと思います。


でも、その……俺の方からもお願いしたいなと思ったんです。

ファシアさんに、うちの薬屋で働いてもらえないかなって」


すると、いじいじしていたファシアさんが、「えっ?」と目を丸くして、ようやくこちらを見てくれた。


「はい。もともと店番は自分でするつもりだったんですが、色々とありまして……」



俺はポーションの素材調達組のことをかいつまんで話す。


素材さえ調達できれば、各種ポーションをつくることのできる錬金術師に、護衛をつけて森へ行ってもらっていること。しかし二人のパーティーメンバーとしての相性がまだあまりよろしくなく、できれば自分もついていって素材を調達したいこと。


そのためには、信頼して店を任せる人がいればとても助かるということ。


「まだ出会ってからそれほど時間が経っているわけではありませんが、こうしてお話させてもらった限り、ファシアさんは信頼できる方なのではと思いました。それに、ギルドの職員をされていたということで、職歴もとても心強いですし。


まずは仮の契約からでもよいので、ぜひうちの薬屋でお店番として働いていただけないでしょうか」


しばらくファシアさんは黙っていた。

やっぱり、昨日の今日でこんなことを言われても困惑するよなぁ、と俺が言葉を待っていると。


「私でよければ、ぜひマルサスさんの元で働かせてください」


きりりとした表情で、ファシアさんは力強く答えた。




続きの話は薬屋でということになり、カフェを一旦出ることに。


「ご馳走様でした」


「いえ、これは昨日の一件のお詫びですから。こちらこそ、介抱していただいたのにこんな簡単なお詫びですみません」


「とんでもないです。とてもいい店を教えてもらって……ありがとうございました」


「良かったです」


ファシアさんは笑った。そして薬屋へと歩き始めた。



「でも、本当にいいんですか? 俺は嬉しいですけど、仮の契約とはいえ、そんな二つ返事で……」


ふと不安になり、そんなことを尋ねる。まだ会ったばかりだというのはお互い様だから、俺も人のことは言えないのだが、まだ開いてもいない薬屋で働かないかと誘われて、こうもあっさり頷いてもらえるものなのだろうか。


すると隣を歩くファシアさんは言った。その横顔は、凛としていた。


「私、人を見る目にはちょっと自信があるんです。

ギルドの受付をやらせていただいて、これまで色々な方を目にしてきましたし。


それに、まだお話してませんでしたけど……」


ファシアさんは立ち止まり、俺の方を見た。


『なんだろう』と思い、俺も立ち止まって彼女の顔を見た。


「!!」


彼女の目を見て、俺は驚く。


落ち着きのある深緑色だった瞳が、燃えるような赤に染まっていく。


「私、『鑑定士』のスキルを持っているんです。

ですから他の人には見えないことも、少しだけ、分かっちゃったりするんですよ」


鑑定士ファシアは、にっこりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る