失礼だったら申し訳ないんですけど……(2)
彼女はぽつぽつと、自分がギルドをやめることになった経緯を語った。
原因は、ある一人の男開拓者の存在だった。
「もともと受付にいる同僚たちの間でも、あまり評判の良くない人でした。
Cランクで実力はある単独の開拓者さんだったのですが、いつも女性がいるパーティーとの仕事を求めていました。
でも一緒に仕事をしたパーティーから苦情が来たのも一度や二度ではなかったですから、私たちも、男性が最低でも二人以上いるパーティーしか紹介しなかったのです」
すると昨日、男がとうとう切れたのだという。
「『俺はCランクなんだぞ、なんでこんな扱いを受けなきゃいけないんだ』、『開拓者の要望に応えないなんて、お前らギルドの受付失格だろ』とか何とか……
ギルドの受付をしていたら、罵声を浴びせられることや言いがかりをつけられることなんて別に珍しいことじゃありませんから、ひとまず受け流して、お引き取り願うことにしたんです。
でもそうしたら今度は、ギルドの受付に来ていた他パーティーの方々と直接交渉を始めちゃって。
四人に満たないパーティー、それも女性ばかりいるパーティーを捕まえては、しつこく声をかけ始めたんです。
私たちもさすがに止めようとしたのですが、ちょうどギルドの受付に来ていた人たちの多い時間帯でしたから……列に並ばれている開拓者の皆さんを待たせるわけにもいかず、そういった方たちの応対にかかりきりになっていました。
そしたら、悲鳴が聞こえて……」
思い出しながら話すファシアさんは、険しい表情をしていた。
「そこでさすがに、私はカウンターを他の同僚に任せその男のもとへと向かいました。
悲鳴があがったところへ行ってみれば、男の近くには、三人の女性魔法使いのパーティーがいて。
一人の魔法使いは涙を流していて、もう二人の女性魔法使いは、男から彼女を守るようにして立っていました。
私が現れたことに気が付くと、男はすぐに言い訳を始めました。
『俺はただ、この子たちの力になりたかっただけだ』だの、『この子たちが勘違いさせるような態度をとるから……』だの。
私もう、頭にきちゃって。
気付いたらその男のこと、突き飛ばしちゃってたんです。
そしたら騒ぎが大きくなっちゃって、すぐに駆け付けた他の職員たちに羽交い締めにされちゃいました。
それでクビになっちゃったっていうわけです。
一緒に受付をしていた子たちは事情が分かっているからかばってくれたんですけど、職員がギルドに働きに来てくれた人を突き飛ばすなんて、あってはならないことですからね」
「そう、だったんですね」
「すみません。お詫びのつもりが、こちらの話を聞いてもらって」
「いえ。ファシアさんは悪くないと思います。そこで仲裁に入らなかったら、もっと揉め事が大きくなっていたかもしれませんし……」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
ファシアさんは口元に笑みを浮かべた。
魔法蓄音機から流れる音楽が、ゆるやかに膨らんで、またしぼんでいった。
目の前のテーブルには、空になったカップと皿が残された。
「そろそろ、行きましょうか」
ファシアさんが、俯いた俺に向かって言った。
考え事に沈んでいた俺は、すぐに返事が出来なかった。
「マルサスさん?」
呼ばれて、顔を上げた。
目の前にいる落ち着いた姿に、昨晩目にした、酒に酔っ払った姿が重なる。
たったいま聞かされた話と、それから目の前の、パンとコーヒー。
『今朝、俺はカウンターで完全に眠りこけていた。わざわざ起こして謝罪なんかしなくとも、そのまま素知らぬ顔で店を去ることもできたはずだ』
俺は決心して、口を開いた。
「ファシアさん。あの、失礼だったら申し訳ないんですけど……」
「えっと……何でしょうか?」
小さく首を傾げた彼女に、俺は言う。
「次の仕事って……もう決められてますか?」
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