魔物肉と、聞こえてきた会話。
錬金術師リミヤと正式に契約を交わし、色々と考えていると、お腹が空いてきた俺。
王都の中心街をてくてく歩き、入ったのは一軒の酒場だ。
3軒くらい隣に冒険者ギルドがあるため、店内の客は冒険者ばかり。
なぜそんな店を商人ギルド所属の俺が知っているのかというと、騎士団長兼冒険者ギルド長のサラ・ラフィーネに、「ここの魔物肉定食がとにかく美味しいんだ」と強く勧められたからだ。
そして実際にこの店で魔物肉定食を口にして以来、俺はここの常連になっていた。
朝、夜はもっぱら混みあっていたので、基本は昼に行くようにしている。
それでも今日も、4分の3くらいは席がうまっていた。
「おう、いらっしゃい」と店の主人が気楽に声をかけてくれた。
50歳くらいに見える男性で、初めて会ったときは気難しい人なのかなと勝手に思ったのだが、そんなことは全くなく、いつも気さくに話しかけてくれている。
「今日は何にするかい?」
「魔物肉定食お願いします」
「はいよ」
カウンターの奥で、主人が準備を始めた。
「はい、魔物肉定食、お待たせ!」
「ありがとうございます」
カウンター前で待っていた俺の前に、食欲を刺激してやまない魅惑の魔物肉定食が置かれた。
俺が主人に金貨1枚を渡すと、すぐに用意していた銀貨と銅貨のお釣りをくれた。
もうここの主人には、「金貨で支払う人」として定着しているようだった。
支払いに金貨を使うお客さんは、他にあまりいないのだろう。
俺としては、今手元に銀貨・銅貨といった細かいお金より金貨ばかりがあったので、申し訳ないけれど、快くおつりを出してくれるこの店では金貨を支払いに使っていた。
「はい毎度!」
「ありがとうございます、いただきます」
俺は主人に礼を言って、いつも定位置として使っている店の奥の席に座る。
後ろが壁になっている席で、店全体が見える席だ。
すごく落ち着くので、空いているときはいつも俺はここに座らせてもらっていた。
「いただきます」
椅子に腰を下ろし、さっそく俺は、口の中に魔物肉を運んだ。
『んん~!!』
甘だれで味付けされた、ほろほろの肉。
噛むと体中に、その美味さが響いた。
こんな贅沢ができるようになるなんて……。
1日の儲けが銀貨2枚だった頃には、考えられないことだった。
食べる手が止まらなかった。取り憑かれたように、魔物肉を貪った。
付け合わせのスープと野菜炒めも、どんどん食していく。
このサイドメニューも、ぶっ飛ぶほど美味しい。
魔物肉で得られた快感が、何倍にも、何十倍にも膨らんでいく。
水を飲む。
ふぅ。
我に返ったときには、定食を綺麗に平らげていた。
この店に来れるようになるまで、「お腹が空かなければいいのに」と何度思ったかわからない。
安いパンで、何とか食いつなぐ日々。
お金がなくならないよう限界まで空きっ腹を我慢して我慢してパンに手を伸ばした。
生活費が足りなくなる恐怖に苛まれ、腹からわきあがる空腹感が憎くて仕方なかった。
でも今は、お腹がすくことが幸せで仕方ない。
空腹を感じるたびに、今日はこれを食べようか、あれにしようかと考えることができるから。
騎士団長のサラには感謝しかない。
あのとき俺に無理やりにでも褒賞金を押し付けてくれたから、俺は店を開くこともできたし、こんなにも美味しいものを食べることができた。
『本当にありがとうございます、騎士団長』
そして、同時に『頑張らなきゃな』と俺は思う。
薬屋をはじめようと思ったのは、もちろん一番は、自分のポーションをがめつい女主人に買い叩かれているのが嫌だったからだ。
でもそれだけではなくて、「自分と同じように、ポーションを安く買いたたかれて苦しんでいる人の力になりたい」という願望も少なからずあった。
薬屋を開いて、俺が相場より高い価格でその人たちからポーションを買うことができれば、それをうまく売りさばくことができれば。
俺と似たような境遇に置かれた人を救うことができるかもしれない、という願望が。
『まずは、錬金術師のリミヤだな』
おそらく彼女は今まで、他の薬屋で契約を断り続けられたのだろう。
それにお金にもそれほど恵まれていないように見える。
だからこそこれからは、お店に貢献してくれた分はきっちりとまとまったお金を渡したいと思った。
俺は改めて決心する。
『リミヤが納品してくれた分は全てきっちりと買い取れるよう、販売を頑張らなくちゃな。
それに、欲を言えばもっと短期間で彼女の生産ができるような仕組みを整えてあげられたらいいんだけど。
でも、ロールの森以外に行くのは危険だし……。
俺が一緒に行く? いやいや魔物に対して戦力にならない人間が2人になったところで、危険度はそれほど変わらない。
だったらいっそ護衛を雇うか。
うーん、二人同時に素材集めをするとしても、護衛代のもとは取れるかな……』
空になった魔物肉定食を前に、俺がぼんやりと考え事をしていたその時。
「悪いけど、このパーティーを抜けてもらえないかな」
近くのテーブル席にいた冒険者たちから、何やら穏やかじゃない一言が聞こえてきた。
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