ポーションの素材。がっつり昼食。
緊張している錬金術師の少女リミヤが、俺にしてきた意外な提案。
「私に対する敬語、なっ、なくしてもらえませんか??」
「俺の、ですか?」
俺は首を傾げる。
少女は激しく頷いた。
「そ、そうです! 私の方が歳下だし、ちょっ、ちょっとそれは何というか恐縮してしまうというか……」
「えっと……俺が敬語を使わない方が、リミヤさん的には気持ちが楽なんですか?」
「は、はい! それだけでも、絶対、すごく違うと思います……!」
……そういうもんかな?
俺的には、年齢とか雇う雇われるとか関係なく、対等な関係がいいかなと思って敬語だったんだけど。
でも彼女がそう言うなら、試しにでも、砕けた言葉を使った方がいいのだろうか。
俺は、下を向いて目をきょろきょろさせている彼女を見て、考えた。
とりあえず、彼女の気持ちを優先させよう。それで彼女がやりやすくなるなら、お互いのためになるだろうから。
「わっ、かりました。じゃあちょっと、敬語なしで話してみましょうか。
リミヤさんがそれで、ちょっとでも俺と話すときの緊張が減るんなら」
「は、はい! ぜひそれでお願いします。
あと、『さん』も取っていただければ、助かります」
「えっと……わかった。じゃあ、リミヤ。今からこの口調で話すね」
「! ありがとうございます。その方が……私としても、すごくその……リラックスできます」
リミヤはホッと息を吐き、肩をおろした。表情も穏やかになった気がする。
『ちょっと変わった子だな』と思いつつも、俺は話を先に進める。
「えっとじゃあ、話を戻すけれど」
俺は渡された羊皮紙に目を落とした。
そこには、リミヤが精製できる8つのポーションに関するリストが書かれていた。
つくるのに必要な素材とポーションの納品にかかるだいたいの日数が分けて書かれている。
「分かりやすいね、この表は」
「あっ、ありがとうございます」
リミヤは嬉しそうにはにかんだ。
羊皮紙に書かれたポーションリストの中で、一番時間がかかるのは魔力補給ポーションだった。
素材の種類も多く、集めるだけでも大変そうだ。
納品の目安は、5~7日と書かれていた。
その次が、回復ポーション。
こちらは魔力補給ポーションに比べ素材も少ない。
青ニオイ草(薬草)、柑橘類(レモン・オレンジ等)の皮、紫ラッパ花の根っこ。
目安日数は4~6日だった。
一番時間がかからないのは、麻痺治しのポーションだ。
素材には、精製水、黄色シビレウオの肝としか書かれていない。
目安日数はわずか1日だ。
その他のポーションは、多少ばらつきはあるものの2~4日の範疇に収まっていた。
8種類ものポーションがつくれるし、品質がFであっても俺がスキルで抽出すればAランク以上に引き上げることができるから、リミヤはかなり戦力にはなる。
しかし彼女と俺だけでは、精製できるポーションの数がまだまだ足りない。
特に、売れ筋の魔力補給ポーションや回復ポーションの精製に日数がかかるのは痛かった。
開店日までに、もう何人かは雇う必要がありそうだ。
「このポーション完成までの目安日数っていうのは、素材を集める時間もひっくるめてってこと? それとも、素材が揃った後にかかる時間なのかな」
「素材を集める段階も全て含めて、ですね」
「そっか」
「ごめんなさい……どうしても素材を集めるのに時間がかかってしまって」
リミヤはおどおどと言った。
「いや、分かるよ。俺も自分で調達から何からやってたから。大変だよね」
「正直……はい」
俺の場合は毒草だったけれど、それでも一日でポーション20本分が限界だった。
これだけの素材ともなれば、素材集めに時間がかかるのは仕方のないことだ。
「調達は全部、一人でやってるの?」
「はい。街で買うものもありますが、ほとんどは街の外に出て自分で調達しています」
そりゃあ大変だ。
「素材はどのあたりで調達してる?」
「王都周辺です。行くとしてもロールの森くらいで。
魔物を倒せる実力が私には一切ないので……」
これも俺と同じだ。
とにかく強い魔物がいる場所にはいかない。
魔物の姿を見かけたら、一目散に逃げる。
調達場所を選べば、それで何とか通用する。
ロールの森は、王都の西側にある森だ。
その森で出くわすのは、「初級冒険者の練習台」と呼ばれているくらいに弱い魔物ばかり。
もちろんそいつらさえも、俺みたいな戦う能力やスキルのない人間には勝ち目がないのだが、逃げることは辛うじてできる。
だから俺も、ロールの森を毒草の採集場所にしていた。
もっとも、奥深くまで入らないとろくな素材が見つからないから、調達効率は抜群に悪い。
王都の北や東にはまた別の森があって、そこは毒草を含め、かなり簡単に素材が手に入るらしい。
だが問題は、ロールの森とは比べ物にならないほど魔物がうじゃうじゃいることだ。
そしてDクラス、Cクラスと言った、中級クラスの魔物も普通に出てくるというのも踏み込めない理由の一つ。
さすがにAやBと言った上級クラスの魔物はほぼ出ないらしいのだが、俺たちにとってはDクラス以上が相手だと逃げきることさえ難しくなるし、Cクラスの魔物なんて、出会った瞬間に死を覚悟するしかなくなる。
だから北や東の調達場所には、行くことができないのだ。
いくら手間や時間がかかっても、パーティーを組んでもらえる伝手や実力がなく、護衛を雇うお金もないポーション精製者には、王都周辺とロールの森しか素材調達場所はない。
他に幾つかの話をして、面接は終わることにした。
明日からは好きなときに、ポーションを持ってきて欲しいと伝える。
もし俺がいなければギルドに預けて欲しいとも頼み。
「はい、わかりました!」
「うん。あっ、そうだ」
俺は巾着から金貨を1枚出し、リミヤに差し出した。
「えっと……?」
「ポーションの買い取りだけど、Fから全部A以上に変わったし、一つはSだったからさ。ほんの気持ちだけだけど、とっておいてよ」
「いえいえ! あれはマルサスさんのお力があったからで……」
「いいからいいから」
リミヤは「いただけません!」と両手を振っていたが、俺がその手をとって金貨を握らせると、最後は諦めて受け取ってくれた。
「じゃあ、これからよろしくね、リミヤ」
「は、はい! あの……私、頑張ります。よろしくお願いします!!」
「ふぅ」
リミヤが帰ると、俺は薬屋の椅子に座った。
これでまずは、店を助けてくれる仲間が1人見つかった。
開店までの準備期間に、リミヤが精製してくれたポーションをどしどし買い取るとして、それでもあと2人くらいは契約を結びたい。
「ぐ~」
とてもお腹の音らしいお腹の音が鳴った。
朝一番にリミヤが来たから、朝食も昼食も食べてなかったな。
そう考えると、すぐに俺の中に遅めの昼食候補が一つぱっと浮かんだ。
がっつり食べたいときは、やっぱりあの店に行くしかない。
そう考えて、俺は薬屋を出た。
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