第2話
「じゃあ、センパイあとはお願い!」
「いやだね」
青年に一希を押し付けてどこかへ立ち去ろうとする少年を、青年は少年の首根っこを掴んで阻止した。
「お前もちゃんと仕事しろ」
「ここまで運んできたじゃん」
「帰すとこまでがお仕事です」
青年の言葉に少年は不満気な声を漏らした。
「あ、あの」
完全に蚊帳の外に追いやられた一希が青年に声をかける。
「はい?」
青年は綺麗な緑色の瞳を一希に向けた。
「その、俺はどうしたらいいんですかね?」
「ああ、ちゃんと元の世界に帰してあげるから。ねぇ、遊太ちゃん」
「めんどくさ」
「聞こえてるぞ」
遊太と呼ばれた少年の呟きに青年が苦笑いになる。
「きみはこっちの世界に迷い込んで来て、迷子になっちゃったんだろう? 大丈夫、俺たちは帰り方を知ってるから」
「ほんとですか⁉︎」
この世界が普段暮らしている世界と違うのは明らかだった。急に襲いかかってきた悪鬼という危険から解放されて落ち着きを取り戻した一希もさすがにそれくらいのことは理解していた。
「とりあえず自警団の本部に行こうか」
「自警団?」
青年の言葉に一希は首を傾げる。
「そう、俺たちが所属する自警団。この世界の警察みたいなものだと捉えてくれて構わないよ。で、俺はそこで三番隊の隊長をしている
「僕は
「あ、どうも。俺は塔坂一希です」
青年と少年、もとい伊織と遊太が名乗った。一希も自身の名を名乗り会釈する。
「この世界に迷い込んだ人はひとまず自警団の本部に連れて行って保護するんだよ。大体の人は状況が読めなくて困惑しちゃって抵抗されるけど」
「お兄さんは結構落ち着いてるねー」
伊織が言うには大体の人は声をかけると警戒し、素直についてこないそうだ。
それはそうだそうな、と一希も思うが一人でいてもまた襲われるかもしれないし、事情を知っている彼らのそばにいた方が安全だと一希は判断した。
「俺は……まぁ、驚いてはいるけど、不運なことには慣れてるっていうか」
それに一希は不運なことには慣れていた。ついてない、と落ち込んで過去を引きずるよりも、気持ちを切り替えて前に進む方が楽だった。
「ふーん?」
遊太は興味なさそうにそう言った。気持ちが表情に出て結構わかりやすい子だなと思う。
伊織の案内で三人並んで歩き出す。
自警団本部に向かうと元の世界に帰れるのかどうかはわからなかったが、伊織たちが嘘をついているとも思えない。ここは二人を信じようと決めて素直についていくことにした。
「早く帰らないともう夜、ですよね?」
上を見上げると、空は薄暗い。家を出たときはまだ昼間だったが、鬼から逃げている間に日が落ちてしまったのかもしれない。
「いや、この世界はずっとこんな空色だからね。えっと、今はまだ昼の二時頃だ」
そう言った伊織の軍服から覗く腕には腕時計が付けられている。その時計はたしかに二時を指していた。
「それに申し訳ないけど、すぐに帰してあげられる保証はできないんだ」
「えっ?」
「帰るにはお兄さんの
「きせき……」
一希は首を傾げた。この世界に来てから悪鬼だの気石だの聞いたことのない単語が多い。
「ああ、気石っていうのはね、言わばきみの魂みたいなものだよ」
「めちゃくちゃ大事なものじゃないすか!」
「うんうん、だから早く見つけ出してあげたいんだけどね。遊太ちゃんの言った通りどこにあるかはわからないからさ」
「探すのたいへーん」
遊太は頭の後ろで腕を組んで歩きながらそう言った。
「なるほど。つまり俺が帰るにはその気石ってやつが必要で、でも気石はどこにあるかわからない。だから、いつ帰れるかはわからないってことであってます?」
「そうなるね」
一希の問いに伊織が頷く。
「だから自警団の本部に連れて行くんだよ。あそこは宿舎があるからねー。気石が見つかるまでは僕たちみたいに宿舎で寝泊まりさせてもらえるよ」
なぜ伊織たちが自警団の本部に連れて行こうとしたのかは理解した。だが話の途中で新たな疑問が芽生えて口にする。
「伊織さんたちにも気石はあるんですよね?」
気石を取り戻すと帰れるというのならなぜ伊織たちはここにいるのだろうか。いや、そもそもなぜ自警団で働いているのだろうかと思い、首を傾げた。
「ん? そうだなぁ。俺の気石、見たい?」
「いやないでしょ」
にやっと笑った伊織に遊太がさっくりと言葉を返す。
「ああ、もう……」
「センパイは人をからかうの好きだよね」
「そんなことないよ?」
遊太に邪魔をされて不満気に頬を膨らませた伊織だったが、遊太の言葉を流すように笑みを浮かべた。
「仲がいいんですね」
「べつにぃ?」
「そうなんだよー。遊太ちゃんは照れ屋さんだね」
「違うっての」
伊織の横腹を不機嫌そうに遊太が肘で小突いた。まるで兄弟のようだと思いながら話を続ける。
「伊織さんたちの気石は見つかってないんですか?」
「ああ、うん。そうだよ」
「僕はべつに見つからなくてもいいしー」
遊太がふいっと視線を逸らす。もしかしたら触れられたくない話題だったのかもしれない。
「まぁ、一応仕事だからお兄さんの気石は見回りのついでくらいには探してあげる」
「お前は本当に気石探しがきらいなんだな」
「悪鬼を斬ってる方が楽しいもん」
「楽しいかぁ、あれ?」
不貞腐れた表情の遊太に、伊織は苦笑いを浮かべる。
「あっ、悪鬼と言えば――」
「悪鬼が街に出たぞー!」
「悪鬼!」
「おい待て!」
一希が口を開こうとすると奥から悲鳴と悪鬼という言葉が聞こえてきた。
それを聞いた遊太は伊織の制止を聞かずに駆け足で声の方に向かって行った。
「ちょっ……はぁ。まーたあいつは勝手に行動して」
遊太の姿が消えていった方向を向きながら伊織がため息をついた。
「しかたがない、俺だけで案内するよ」
「遊太くんは放っておいていいんですか?」
「大丈夫、遊太ちゃんはああ見えて強いから」
目の前で悪鬼を斬ったところを見たのだ、それは一希もじゅうぶんに実感していた。
「じゃあ、ここの道を」
「自警団の方! こっちに来て!」
「ちょっ!」
伊織が改めて本部に向かおうと前を向くと急に真っ赤なドレスを着た女性が伊織の腕を掴んで引っ張った。
「あっちであたしの旦那が喧嘩してるのよ! 止めてちょうだい!」
「あ、ああはい、わかりましたから! すぐに向かうので」
伊織は女性に落ち着くように言おうとしたようだが、女性は興奮しているのか話を聞かない。それどころか伊織を先程より強く引っ張る。
「早く! 殴り合いの大喧嘩なの!」
「ちょっ! ああ、もう! きみはここで待ってて! すぐに終わらせて戻ってくるから!」
「は、はい!」
伊織は女性に引きずられるようにして先程来た道の方へ向かっていった。
悪鬼退治に気石探しだけではなく、この世界の住人のいざこざ解決も仕事のうちだとは大変そうだ。
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