7 まるで宝探しみたいにどきどきする


「ふん……しょっ」


 ざくっ、とくわを振り下ろし、雑草を根こそぎ引き抜く。草の青臭あおくさい匂いと、むき出しになった土の匂いを、レニシャは胸いっぱいに吸い込んだ。


 懐かしい。六年ぶりの農作業に最初は戸惑ったものの、進めるうちに、少しずつ昔のかんを取り戻してきた気がする。


 引き抜いた雑草は土を払って一か所にまとめ、根が残っていないか掘り返したところを確認する。


 もともと温室に植えてあっただろう植物は間違って抜いてしまったり傷つけたりしないよう、周りの余計な草も手で抜いていく。


「わぁ……っ! 北方なのにフェンネルが育ってる……っ! ヴェレリアンも……っ! すごい……っ! あっ、こっちはフェヌグリークかな……」


 秋のため、ほとんどの植物は花期を逃しているが、実家の農家でも神殿でも、ずっと植物にふれてきたので葉や茎の様子からたいていは判別がつく。


 だが、何年間も放置されていたせいだろう。どこから種が入り込んだのか、薬用植物以外の雑草がこれでもかと生えており、栄養を奪われてしまったのか、枯れかけているものもある。あとは。


「ミントが繁殖しすぎね……。きっちりと間引かなきゃ」


 ミントは薬草だが、下手な雑草以上に繁殖力が強い。このまま放っておけば、遠からず温室を占拠してしまうだろう、


 立ち上がり、うーんと伸びをして温室を見回す。朝からずっと作業をしているが、広い上に雑草が多すぎて、まったく全然終わりそうにない。


 だが、心は疲れを感じるどころか、ずっとしたいと願っていた本格的な土いじりに、わくわくと弾んでいる。


 入口付近だけでさまざまな薬草が見つかっているのだ。奥にはどんなものが植えられているだろう。


 まるで、宝探しだ。どきどきする。


 よし、もう少し頑張ろうとくわを手に取ったところで。


「おい。庭師はどうした? ジェキンスが手伝いを命じたと言っていたはずだが」


 突然かけられた声に、レニシャは驚いて温室の入口を振り返った。ヴェルフレムが金の目をすがめてこちらを見ている。


「あ、それは……」


 何かあったのだろうか。特に指示がなかったので好きなように手入れを始めてしまったが、気に入らなかったのかもしれない。


 鍬を地面に置き、入口に駆け寄る。


「温室のお手入れは私が好きで始めたことですから、庭師さんにお手伝いしていただくのは悪いと思いまして……。前庭だけであんなに広いんですから。きっと、仕事がたくさんあるのでしょう?」


 ヴェルフレムが言った通り、家令のジェキンスに命じられたという庭師が来てくれたが、丁重にお帰りいただいた。


「どうかなさったんですか?」


 庭師がちゃんと来ているかどうか、確認しに来たのだろうか。

 背の高いヴェルフレムを見上げて尋ねると、ぶっきらぼうな声が返ってきた。


「ジェキンスが昼食の用意ができたと言うので呼びに来た」


 昼食、という単語に身体が反応して、くぅ~っ、とおなかが鳴る。あわてておなかを押さえようとして手が土で汚れているのに気づき、あうあうと意味もなく手を動かす。


「す、すみませんっ。ヴェルフレム様にご足労をおかけしまして……」


 恥ずかしさで顔が熱い。うつむき、早口で礼を言うと、「いや」と耳に心地よい美声が降ってきた。


「別に手間と言うほどのことでもない。それより」


「はい?」


 顔を上げると、身を屈めたヴェルフレムの美貌がびっくりするほど近くにあった。


「顔が土で汚れているぞ」


 言葉と同時に、大きな手のひらが右頬を包み、ぐい、と親指の腹で頬骨の辺りをぬぐわれる。


「っ!?」


 反射的にヴェルフレムがふれた右頬に手をやると、金の瞳が不機嫌そうに細まった。


「おい。せっかくぬぐったのに、なぜまた汚す?」


「ああっ! す、すみませんっ!」


 土で汚れた手でふれるなんて、我ながらうっかりしすぎている。あわてて詫びると呆れたように嘆息された。


「まずは手を洗うのが先だな。来い。こちらに井戸がある」


 ついてこいということだろうと、きびすを返したヴェルフレムの後をあわてて追う。


 温室の外に出た途端、冷たい風に、くしゅん! とくしゃみが飛び出す。温室の中は暖かく、身体を動かしていたので汗ばんでいるほどだが、吹きつける風に一瞬で体温を奪われてしまった。


 くしゅんっ、ともう一度くしゃみをしたところで、ばさりと肩にあたたかなものをかけられた。甘く、同時に香草を燃やした時のようにほのかに苦い香りがふわりと揺蕩たゆたう。


「あの……っ!?」


「着ておけ。ラルスレード領は聖都よりかなり北だ。風邪をひかれたら俺が困る」


 上着をレニシャの肩に着せかけ、シャツ一枚になったヴェルフレムが、立ち止まって淡々と命じる。


「で、ですが、私がお借りしてしまったら、ヴェルフレム様が寒いのでは……っ!?」


 返したくても、土で汚れた手で絹の上着を脱ぐなんてできない。あわてて告げると呆れたように鼻を鳴らされた。


「何度言えばわかる? 俺は炎の魔霊だ。寒さなど、いままで感じたこともない」


「す、すみません……っ」

 身を縮めて謝罪を紡ぐ。


 恐ろしい炎の魔霊。人外の美貌といい、揺らめく炎のような金の瞳といい、頭ではわかっているはずなのに、どうして、ついうっかり頭から抜け落ちてしまうのだろう。


 疑問に思うと同時に、天啓てんけいのように答えが閃く。


 きっとそれは――。


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