第三十話 その拳に掴むもの
封印術を展開してしまった以上、他の面子は戦力としてあてに出来ない。つまり、俺は一人でこの場にいる敵戦力であるジールレヒトとヴェスカーナの二人を、同時に相手にしなくてはならないということである。それでも、今の俺に絶望感はなかった。ミコトが与えてくれた新しい力。神気功術の存在が、俺の精神を支えてくれていたのだ。
最初に狙ったのはもちろんジールレヒト。恐らくこの城に魔王はいないので、この場における敵の最強戦力。とは言え、今の俺には
不完全ながら使用している
直後。ジールレヒトの背後にあった玉座と、その向こうにあった壁が
ジールレヒトの額から、一筋の汗が流れた。攻撃自体は当たらなかったが、どうやらプレッシャーをかけることには成功した様子。とは言え、流石にヴェスカーナを放置したままでは、まともにジールレヒトを狙うことは叶わないだろう。ならばと、俺は攻撃対象を切り替えた。ジールレヒトに背後を晒す訳には行かないので、俺は瞬時にヴェスカーナの背後に回る。が、そこは流石四天王の直近。俺の動きを的確に捉え、振り向き様に剣での攻撃を仕掛けて来た。
俺はその剣撃を、両腕のガントレットでそれを受ける。瞬間。ヴェスカーナの剣を受けたガントレットが、音を立てて砕けた。魔力が使えず弱体化しているとは言え、人間製の武具では、魔族相手には不足ということなのだろう。ディクシズじいさんが仕立ててくれたガントレットだが、こいつの役目はここまでのようだ。このままでは俺の腕まで断たれてしまうところだが、もちろん対策は万全。両腕の前腕部に展開した
「これが噂に聞く神気功術。女神に与えられし力か!?」
どうやらヴェスカーナ自身は、神気功術を見るのは初めてのようだ。魔族が何年生きられるのかはわからないが、中でも彼女はまだ若い方なのだろう。少なくともミコトが戦っていた時代には生まれていなかったのだ。
「ヴェスカーナ! そやつの神気功術はまだ未熟だ! 今の内に倒せ!」
「御意!」
ジールレヒトからの命令に、即座に応じるヴェスカーナ。そして、連続で剣技を繰り出して来る。俺はそれぞれの技を初動を的確に見極め、一つずつ拳で撃ち払って行った。そして連撃の終わり。僅かな隙を突いて、俺は反撃を開始する。美しい女性の姿をした相手を殴るのは気が引けたが、相手は魔族。手心を加えている場合ではない。
俺は拳をヴェスカーナの胴体を守っている鎧に叩き込む。放たれた衝撃は鎧を貫通し、その先にあったヴェスカーナの肋骨をも貫いた。これは通し。俺が幼い頃に師匠に習った、鎧の上から相手にダメージを与える技術。まるで初めからこの瞬間を見据えていたかのような、そんな気すらする。師匠には、こんな瞬間が来ることが
ダメージに顔を歪ませているヴェスカーナに、俺は追撃をかける。次に使うのは遠当て。相手に触れずに、衝撃だけをピンポイントで狙った箇所に伝える技術である。俺は連続で遠当てを繰り出し、ひたすらヴェスカーナの胴体をいろいろな方向から叩き続けた。その
ヴェスカーナにある程度ダメージを与えたところで、とどめに入る。出来るだけ肉体的な損傷を与えないことが、せめてもの情け。俺は最後に彼女の胸部を守る鎧に手を当て、通しを使った。相手の心臓に直接衝撃を叩き込み、その活動を停止させた。
俺は倒れ込んで来るヴェスカーナを受け止め、その場に寝かせてやる。多少鎧に打撃痕があるものの、見た目は美しいまま。付き合いがあるというほどでもなかったが、彼女の生前の
「さぁ、ジールレヒト。次はあんたの番だ」
仲間が死んだというのに、ジールレヒトにはそれを
「私の番だと? 笑わせる。ヴェスカーナが時間を稼いだということを理解していないようだな」
その瞬間。部屋の扉を開き大勢の魔物が入って来た。その中には、先ほど姿を見せた魔族――バーズレットの姿も見られる。魔法による転移が使えなかったので、廊下を渡って来たのだろう。
「バーズレット、命令だ。敵を殺せ。それでこの場に来るのが遅れた非礼は不問としてやる」
「御意」
バーズレットはそう答えて、背負っていた槍を構えた。彼の持つ槍はいわゆる
瞬間。バーズレットの姿が揺らぎ、激しい旋風がその場を駆け抜けた。それは彼の攻撃。直線軌道だったので難なくと
だが、力押しというだけならやりようはいくらでもある。修行時代も里の力自慢相手に散々特訓させられた。こういう場合は無理に付き合うのではなく、相手の力をそのまま利用してやればいい。再び俺に向けて突っ込んで来るバーズレットに対し、寸でのところで槍の切っ先を
その間、他の仲間達は、それぞれ部屋に侵入して来た大勢の魔物達と交戦していた。城を守る立場なだけあって強力な魔物が多い印象だが、封印術のおかげで一方的にやられていると言うことはない。もちろん全てを任せていたら被害が出かねないので、俺も魔物の掃討に参加する。
魔族と違って、魔物の肉体強度は圧倒的に低いようだ。俺が殴っただけで、魔物の身体は四散して行った。俺は動きを止めることなく拳を振るい続け、十秒ほどで大半の魔物を一掃する。そうしているうちにバーズレットが立ち上がって来たので、俺は今一度彼と対峙した。
「これは守りを固めていても無駄なようだな」
バーズレットはそう言うと、全身にまとった武骨な鎧を全て外してしまう。身軽になったバーズレットは、更に素早い突進で突っ込んで来た。それでも今の俺には充分対応可能な速度だ。それに鎧がないのなら打撃による攻撃はより通りやすいというもの。俺は突っ込んで来るバーズレットの動きに再び攻撃を合わせた。次に狙うのは相手の
力尽きたバーズレットもその場に横にして、俺は改めてジールレヒトに向き直った。
「役に立たん連中だ。神気功術の使い手とは言え、たかが人間一人に手も足も出ないとは」
どうやらジールレヒトも戦う気になったようで、重々しい
「このようなことになるなら、勇者ミコトも、時の狭間に送るのではなく、とどめを刺しておくべきだった」
その瞳には既に俺しか写っていない。ヴェスカーナやバーズレットのことは微塵も気にしていない様子である。
「あんたは仲間が死んだことに心は痛まないのか?」
つい問いかけてしまったが、答えは案の定心ない一言だった。
「部下の替えなどいくらでも出来る。魔王様が再びこの世界に受肉なされば、我々の勝利は固いのだからな」
つまり、魔王ヴォーガンは女神アルヴェリュートから力を奪ったことで、本当の意味で神の座についているということだ。俺達がここに招かれたのは、再び魔王がこの世界に降り立つための入れ物とするため。魔王は自らの肉体になり得る強力な魔力の持ち主を選別し、アルヴェリュートに成りすまして加護という名の印を植えつけたのだ。そして、わざわざ以前のアルヴェリュートに合わせて異世界から人間を招き、偽りの勇者を生み出した。全ては自らが再びこの世界に降り立つための計画。本物のアルヴェリュートによって見出された俺やラキュルの存在は、彼らにとっては想定の範囲外だったのだろう。
「受肉なんてさせるつもりはないし、例え神だとしても魔王は倒す。それが俺の血に、エルディロットの名に課せられた使命だ」
「なるほど、お前は魔王様の直系か」
ジールレヒトの気配が変わる。よりどす黒く、底知れない闇の気配だ。
「しかし、魔王様の直系だからと調子に乗るなよ? 私は魔王様の害になるのなら、例えその子孫であっても容赦なく殺すぞ?」
「やれるものならやってみろよ、
そこから始まったのは打撃の応酬。恐らく他の者達には俺達の姿すら追えていないだろうが、当人である俺達は五度、六度と拳を交えていた。俺が拳を振るえば、ジールレヒトはそれをいなし反撃してくる。逆にジールレヒトが攻撃してくれば、俺は拳をぶつけてそれを打ち飛ばした。魔法が使えなければこんなものか。そう思い始めた頃、ジールレヒトに変化が生じる。細身だった腕や脚が急激に膨らみ、衣服が弾けた。爪は伸び、足は変形して、徐々に異形の姿になって行く。
「それがお前の正体か?」
「そうとも。この姿を晒すのは勇者ミコト以来初めてだ。優雅ではないからな」
保身に走っていたのはそういう理由もあったのか。見た目の美しさは、彼の中では比較的重要であるらしい。それを捨てたということは、ここからは全力と言うことだろう。
「この姿を見た以上、貴様には死んでもらう。出来れば今からでも、勇者ミコトも始末したいところだが、それは後にしよう」
瞬間。ジールレヒトの姿が目の前から消えた。今の俺の目を持ってしても捉えられない動き。
だが、彼が何をしてくるかは、直感でわかった。俺は瞬時にラキュルの保護に走る。この状況で一番邪魔なのは、魔力を封じる役を
だからこそ、ラキュルを守るのに
もちろん一撃で済ませるつもりはなかった。二度、三度と攻撃を続け、それでも足りないと計二十発は叩き込んでやる。
血反吐を吐いて、そのまま動かなくなるジールレヒト。その身体からは生気を感じない。念のためとしばらく様子を窺ったが、相手が起き上がって来ることはなかった。
俺は天高く拳を突き上げ、勝利の雄叫びを上げる。それを見た魔物達は戦意を喪失したようで、次々と部屋から駆け出して行った。最終的には根絶やしにする必要があるだろうが、今はそれを追うだけの力が残っていない。神気功術は莫大な集中力を要するので、その分疲労も大きいのだ。
雄叫びの後、その場に倒れこんだ俺の周りに、ラキュル達が駆け寄って来る。偽の勇者であったマサヤとガイズは納得が行かないのか苦虫を噛み潰したような顔だったが、それでも勝利は勝利。俺達は今回の戦いで勝利を収めることに成功したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます