第二十九話 VSジールレヒト
実際の時間はわからないものの、体感的には一週間程が経過した。ここは時の狭間と言うことなので、外での時間は関係ないと思われる。仮に外に出られたとして、ジールレヒト達に勝てないのであれば意味がないのだから、ここは大人しく鍛錬に時間を割くべきだ。
ここで一つ問題となるのが、神気功術の指南をするのがミコトであるということ。彼女の説明は大雑把と言うか、一々擬音語が挟まるので、理解に苦しむ。親切に説明してくれる彼女には悪いが、
俺が今
「ほら、雑念が入ってるぞ~」
剣の鞘で眉間を小突かれる。説明は下手だが、この辺りは流石勇者と言ったところか。俺の思考が乱れているのを瞬時に見抜き、指摘して来た。
「最終的には、集中しないでもこれが出来るようにならないといけないんだからね? とにかく今は、集中、集中! あとイメージ!」
言われて、俺は改めて深呼吸する。今、彼女に指示されているのは鳩尾辺り。真正面から肉弾戦を挑むなら、絶対に守りたい部位である。
彼女の神気功術を受けて以降、俺は自分の体内を流れる覇気が意識出来るようになった。覇気は常に体内を循環しており、余剰分が大概に溢れ出す仕組みになっているようだ。もちろん、この余剰分を上手く生かす方法もあって、それが任意の場所に覇気を圧縮、集中させるということ。覇気が集中した部分は肉体強度が向上し、極めれば金属すら凌駕するとか。加えて身体能力の強化は、下手な強化魔法よりも効果があり、魔族の動きにも充分対応可能。更に受けたダメージの回復までこなすと言うのだから、これは神がかった能力と言える。尤も、習得するのは容易ではなく、一朝一夕で何とかなることはない訳だが。
「うん。今度はいい感じ。その調子で、もっとバァーって覇気を集めてみて?」
とにかく覇気を一箇所に集めろと言うのなら、要領としては魔力の時とそう大差はないかも知れない。俺の場合は、部位というよりも一点を決めて、そこに集中する方が
「おっと、ここに来て急に飲み込みが早いね。これはひょっとしたら上手く行くかも」
何が上手く行くのかはわからないが、俺は全身に流れる覇気を、針の穴を通すように一点に収束させて行く。すると次の瞬間。不思議なことが起こった。圧縮していた覇気が光を放ち、鳩尾の辺りで物質化したのだ。見た目はまるで金属板。常に光を放っているので質感まではわからないが、それでも感覚で理解する。これは硬い。恐らく強度で言ったら、俺が今身につけている防具以上。この光る金属板に比べたら、名工ディクシズの手がけた防具ですら、子どものおもちゃに見えてくるほどだ。
「これが神気功術の一つ。
そう言って、ミコトは自虐的に笑う。が、それはつまり、彼女は四六時中覇気を制御して、この鎧を保っていたと言うことだ。一体どれだけの研鑽を積めば、その領域に辿り着けるのだろうか。
「まぁ、でも。こんな調子で修行を続けてる訳にも行かないよね? 外では君の仲間がまだ戦ってるんだろうし」
ミコトは
「とまぁ、ざっくりと説明した訳だけど。いきなりは憶えられないだろうから、ちょっとズルをするね?」
「ズル?」
「うん。私の記憶の一部を、神気功術を使って君の覇気に埋め込むの。そうすればとりあえず戦えるくらいには神気功術を扱えるようになるはずだから」
「そんなことが出来るなら、最初からやってくれれば……」
「言ったでしょ? 神気功術の使用には集中力とイメージが大事。記憶だけあっても、実が伴ってないと意味がないのさ」
「記憶だけじゃ付け焼刃にもならないと?」
「そゆこと」
と言うことは、また何かしらの技を食らうことになるのだろうか。正直あの苦痛は二度と味わいたくないのだが。
「心配しなくても、この間みたいなことにはならないよ」
俺の表情から考えていることを察したのだろう。ミコトは苦笑いを浮かべつつ、俺の手を取る。
「記憶の転写は頭使うからあんまり得意じゃないんだけどね。そんなこと言ってる場合でもないし」
「……本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。今度のは失敗しても怪我したり死んだりはしないから」
ミコトの全身が淡く光り、それが徐々に手に集まって、俺の身体へと流れて来た。温かい感覚とともに、俺のものではない記憶が、頭に浮かぶ。それは壮絶な戦いの記憶。突然異世界へと召喚され、訳もわからないまま魔王軍と戦うことになった少女の苦悩に満ちた日々。それでも、その中には、仲間との笑顔がいたるところにあった。女神アルヴェリュートの
「はい、おしまい」
そう言って、ミコトが手を離した。どうやら記憶の転写とやらは上手く行ったようだ。
「それじゃあ、次は君を元の時間軸に送り返さないとね」
ミコトのその言葉に違和感を覚える。
「ちょっと待ってください。あなたはどうするんですか?」
案の定、彼女は言い辛そうに視線を逸らした。
「今のあたし達の力じゃ、戻れるのは片方だけ。だったら君が戻るのが道理でしょ?」
「戦力的に見たらあなたが戻った方が――」
「外で待ってるのは君の仲間達なんだよ。あたしの仲間達はもういない訳だし……」
その理屈はおかしい。ここが時の狭間だと言うのなら、外での時間の流れは関係ない。二百年前の時間軸に戻ることだって、当然可能なはずである。俺がそう伝えると、彼女はこう返した。
「う~ん。君の言うことも一理あるけど、あたしはもう負けちゃった身分だしさ。やっぱり道理が合わないんだよ。後輩の君をここに残して、あたしがあたしの時間軸に戻って世界を救っちゃったら、君はどうなると思う?」
言われて見れば確かに。その場合俺という存在はどうなるのだろう。二百年前の歴史が変わる訳だから、当然俺が生まれるはずの事象は発生しない。しかし、今俺達がいるのは時の狭間。外界の世界から隔離された永遠の牢獄。消えることは許されず、かと言って歴史が変わった後の外の世界に俺の居場所はない。世界にとっての矛盾。そうなれば女神アルヴェリュートは俺をどう扱うだろうか。
「ね? そんなのおかしいでしょ?」
「でも……」
「いいんだよ。あたしはたぶん二百年後でも生きられるだろうし、君が世界を救った後なら、あるいは元の世界に変えるってこともあり得るかも知れないじゃん? だから――」
そう言って、ミコトは何かの神気功術を使った。光が弾け、俺の身体が飛ばされて行く。
「この先の未来で君が力をつけて、単独でこの魔法を打ち破れるようになったらさ! その時はあたしを助けに来てよ!」
その言葉を最後に一切の音は消え、俺の視界は暗黒に染まった。まるでジールレヒトに最初にこの魔法を使われた時のような、そんな感覚。たぶんだが、ミコトは最初からこうするつもりだったのだろう。自分に対しては使うことの出来ないこの技を、後からやって来た俺のために使うことが、彼女なりの精一杯の反抗だったのだ。
しばらく暗黒の中を流されることしばし。今度は暗闇の向こうに一筋の明かりが見えた。俺はそこに向かって必死に手を伸ばす。一刻でも早くあそこに辿り着いて、仲間達の無事を確認しなければならない。
やがて近づいて来る光。よくよく見てみると、そこにあったのは光の壁のようなものだった。壁の向こうでは仲間達が戦っている。戦っていると言っても、戦力差は圧倒的。このままでは彼女等の命が危ない。それなのに、壁に触れても外に出ることは叶わなかった。俺は自らの拳を見詰め、そして力いっぱい握り締める。今こそ神気功術を使う時だ。根拠はないが、不思議と確信がある。俺は握った拳に覇気を集め、それを光の壁に叩きつけた。
ガラスが割れるような音とともに壁は消失し、俺の身体は元の世界へと戻る。それに真っ先に気付いたのは、俺を時の狭間に堕とした張本人――
「馬鹿な!? 時の牢獄から舞い戻っただと!?」
ジールレヒトのその表情に、思わず笑が込み上げて来る。
「何だ。想定外だったのかよ。こっちは協力者のおかげで、案外楽に帰って来れたぜ?」
「協力者? まさか!? 勇者ミコトか!?」
見たところ、俺がいなくなってから、そう時間は経っていないようだ。既に殺されてしまったベルムはともかく、それ以外は全員生きている。
「おまけに新しい力もいただいて来た。今度こそ、お前達に引けは取らないぞ!」
最初に対峙した時とはえらい違いだった。あの時は恐怖しかなかったのに、今は負ける気がしない。勝ち筋は見えている。俺は早速ラキュルに指示を出した。
「ラキュル! 封印術だ! この城全体を包むくらい、とびきりのをかましてやれ!」
ラキュルは俺の帰還を微塵も疑っていなかったのか、驚くような素振りも見せずに、早速封印術を展開する。魔力便りのスフレやノルには悪いが、魔族相手にはこうするのが正解であることは既にわかっていた。魔力の喪失により弱体化したジールレヒトとヴェスカーナを前に、俺は構える。肝心なのは最初の一撃。ここで先手を取ることが何より重要だ。
「行くぞ、四天王ジールレヒト! お前を倒して、魔王ヴォーガンへの足がかりにしてやる!」
「おのれ! 私だけでなく魔王様の名すら呼び捨てにするとはおこがましい! アルヴェリュートの使者よ! この手で引導を渡してくれる!」
こうして、この場での最後の戦いが始まる。ジールレヒトと、それに続く配下の者達さえ倒してしまえば、ひとまずこの勝負は人類側の勝利だ。この城に残っている無数の魔物は物の数ではない。魔物程度は、今の俺にとっては有象無象。倒すべき相手は既に目の前にいる。握った拳に覇気を込め、俺は最初の一歩を踏み出した。
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