第二十二話 西の大陸北部奪還

 ラキュルに順次張っていた封印術を解いてもらい、再び内陸を目指す。進む時とは違い、帰り道はその向こうに味方がいるので、無闇やたらに神代魔法を連発する訳には行かない。もちろん全く使わないというのでは、圧倒的物量を誇る魔王軍に対抗することは不可能なので、出来るだけ味方に影響の少ないサンライズレインフォースなどの一部の魔法に限り使うことになるだろう。


 来る時と同様、先頭を七天の二人に任せ、魔物を撃破しながら内陸へと進む。増援を断ったとは言え、残った魔物の数は膨大だ。しかも広範囲に展開しているので、全滅させようと思うと、かなりの距離を駆け回ることになる。あまり時間をかけてしまうと、北の大陸からまた増援が送られてくる可能性があるので、ここは早々にケリを付けたいところ。途中休憩もそこそこに、俺達はひたすらに魔王軍の残党に突撃を仕掛け続けた。


 神代魔法で敵の数を減らし、そこに七天の二人が飛び込んで行く。それでも残った魔物はノルとラキュルが担当し、スフレはひたすら回復と支援魔法。魔王軍の中には上級や超級に相当するであろう魔物も含まれていたが、俺の神代魔法と七天の二人の武技の組み合わせで難なく攻略出来ている。新しい弓を使いこなしたノルは確実に一撃で魔物を仕留めているし、ラキュルは投擲と鋼糸の使い分けで複数の魔物を同時に相手取るまでに成長していた。冒険者ランク自体はまだ低いままだが、これだけの功績を挙げている以上、この戦いが終われば俺の時のような特別な昇格もあり得るだろう。


 カイマール王国軍の方はどうなっているだろうか。合図は送ったから北に向けて進軍を開始しているはずだが、今のところ魔物の数が多過ぎて、その様子は確認出来ない。これまで前線を支えてきた面々なのだから、そう簡単に全滅ということはないだろうものの、七天の二人がこちら側にいる以上、魔物のランクによっては苦戦は避けられないはず。当然、犠牲者も出るだろう。それは避けられない。それでも、だ。西の大陸から魔物を一掃出来るチャンスなど、今後訪れるかどうかわからない。それに、人類の目標は更にその先。北の大陸に攻め込み、魔王を討伐することにある。東の大陸の勇者パーティーが機能していない今となっては、この西の大陸での戦いが、今後の道を示す指標となるだろう。とにかく、ここで勝利を納めることが、人類にとっての希望足り得るのだから、何としてもやり遂げなければならないのだ。


「ライゼン、アザレイ! 体力は持ちそうか?」


 戦闘の最中さなか、俺は七天の二人に声をかけた。魔力の消耗もさることながら、とにかくこの二人の運動量はとてつもない。ひたすら全力疾走しながら魔物の軍勢を相手に大立ち回りをしているのだから、それも無理からぬこと。受けた傷などはスフレによる回復で何とかなるが、スタミナだけはそれでどうこうなる問題ではないのだ。


「正直きついが、お前の魔力消費に比べれば何てことない」


 超級の魔物とおぼしき相手を一撃で仕留めてから、ライゼンがこちらの問いに答える。超級の相手を一撃で葬れるのだから、流石は七天の三と言ったところか。魔法を使えば俺でも可能だが、肉弾戦ではそうは行かないだろう。もちろん魔法によるかせを解けば話は変わるが、やはりそれはまだ温存しておきたい。切り札は取っておくから切り札足り得るのだ。


「そうね。あれだけの神代魔法を使ってるんだもの。消費の度合いで言ったら、あなたが一番じゃない?」


 アザレイの方も一段落付いたようで、こちらの問いに答えた。もちろん一対一でも強いのだろうが、彼女の場合は一対複数の方が得意のようだ。魔力によって制御される蛇腹剣じゃばらけんは、まるでそれ自体が生物であるかのように動き、次々と魔物を殲滅して行く。的確に相手の急所を突き、最小限の動きで敵を倒すその技は、見事と言う他ない。


「俺の魔力のことは気にしないでいい。このくらいは勇者パーティーにいた頃からしょっちゅうやってたからな」

「……お前これでも俺等のこと気にして押さえてるんだろ? 実はお前が本気出したら、俺等必要ないんじゃないか?」

「あり得る。あんなデタラメな威力の魔法をホイホイと連発出来るんだもの。一人の方がやりやすいんじゃない?」


 彼等の言いたいことはよくわかる。何せ、それが原因で勇者パーティーをクビになったくらいだ。それでも、俺は自分のことを完璧だと思ったことはないし、誰かしらのフォローがなければ成り立たないとも思っている。実際、長い詠唱を続けていれば喉を消耗するし、神代魔法を連発し過ぎれば途中で声が出なくなることもあるのだ。その点では、無詠唱で魔法を使える勇者様の能力は規格外だったし、羨ましいと思ったこともある。


「そんなことないさ。みんなの助けがあるから俺はやって行けてるんだ。俺が神代魔法に集中できるのは、みんなが詠唱の時間を稼いでくれるからだし、俺は回復魔法が使えないから、スフレの存在は不可欠だしな」


 俺がそう返す間にも、ライゼンはまた魔物の一団を武技で一掃していた。全く、デタラメなのはどっちなのか。


「でもよ。最近は剣技の方も様になって来てるじゃね~か。武技も覚えれば、戦術の幅が広がると思うぜ?」


 確かにそうなのだろうが、生憎と俺は武技に関しては全く知識がない。この局面で誰かに師事している場合でもないし、俺の本職はあくまで魔法使い。今のように前衛が揃っているのなら、杖でも持って完全に後衛に回るのがいいくらいである。


「あなた達のパーティー編成を中心に考えるなら、確かに武技の一つも欲しいところではあるわね」


 アザレイもまた、武技を使って魔物の集団をまとめて一蹴していた。実際のところ、七天の二人は正式なパーティーメンバーではないので、二人の存在を当てにして考えるのはよくない。彼等がそう易々とやられることはないだろうが、いざ彼等がいなくなった時に、戦線を保持出来ないというのであれば話にならないのだ。


 そんなやり取りをしながらも、俺達は魔物を一掃しつつ南下。ちらほら北上してきたらしいカイマール王国軍の連中が見え始めた辺りで、この戦いの終わりを予感する。俺達が南下するスピードの方が遥かに早かったが、それは無理からぬこと。とにかく、無限とも思われた魔物の軍勢も残りわずかとなり、カイマール王国軍もますます勢いに乗って、魔物の集団に飛びかかって行く。


 戦闘が終わったのは日が沈もうかという時間。早朝から始まった作戦は、ここに終了の時を迎えたのである。カイマール王国軍に出た死傷者は数え切れないほどだったが、ともあれ勝ちは勝ち。俺達人類は、西の大陸から魔王軍を一掃することに成功したのだ。


 その事実は、俺達だけでなく、カイマール王国軍も熱狂させた。この日の夜は大々的なうたげもよおされることとなり、飲めや歌えの大騒ぎ。もちろん北の大陸から海を渡ってくる魔物がいないか見張りは立ててあったが、新たな魔物の侵攻は確認されず。結局翌朝まで乱痴気騒らんちきさわぎは続き、その後静かに眠りの時を迎えた。


 食事だけして早々に宴を抜け出していた俺達は、眠りこけるカイマール王国軍の連中を尻目に、朝日を存分にその身に浴びる。久しぶりの戦いのない朝。それがこんなに清々しいものなのだと、改めて思い知らされる。


「いよいよ北の大陸か」


 まだ見ぬ北の大地に思いを馳せた。魔王が現れたとされてから十年余り。そこは今、一体どんな場所になっているのだろうか。


「ここも充分寒いけど、北の大陸はもっと寒いんでしょ? 今までの装備で大丈夫かな~」

「封印術師の里で大丈夫だったんだから、行けるんじゃない?」


 寒さのことを心配するスフレと、楽観的なノル。封印術師の里では戦闘がなかったので、あの時の装備で充分な戦闘が行えるかは不明である。あの時のは「とにかく防寒」という観点で揃えた装備だ。始終動き回ることになるであろう北の大陸での行動に適しているかと問われれば、幾分不安が残る。


「もう一度ディクシズさんに相談されてみては?」


 そう言い出したのはラキュルだ。確かに、ディクシズじいさんなら、防寒と動きやすさを両立した装備の一つくらい簡単に作ってくれそうなものだが。


「そうだな。一度行ってみるか」


 という訳で、揃って工房を訪れる。中に入ろうとすると、誰かの話し声が聞こえた。どうやら先客がいるようだ。


 入り口をくぐって目に入ったのは、ライゼンとアザレイの二人。漏れ聞こえて来た話しを要約すると、彼らも北の大陸進行に向けた防寒着が欲しいとのこと。そういうことなら一緒に注文してしまおうと、俺も会話に割り込んだ。


「話し中に失礼。俺達も新しい防寒着が欲しいんだけど」

「何だ、坊主達もか。そういうのは前もって注文しておくものだぞ」


 確かにディクシズじいさんの言う通り。今から注文して、出来上がるのは何日後のことになるのか。その間何もせずにこの町に駐留することになるのだから、これ以上無駄なことはない。


 しかし、そこは流石ディクシズじいさんだ。「ちょっと待ってろ」と言って一旦裏に引っ込み、再び現れたじいさんが手にしていたのは、新しい防寒着だった。恐らく先を見越して準備してくれていたのだろう。


「準備がいいな、じいさん」


 言ったのはライゼンだったが、ディクシズじいさんは鼻を「ふん」と鳴らして答える。


「儂だって無駄に時間を過ごしてる訳じゃないわい。お前さん方がこの大陸を奪還することを想定しておいた。ただそれだけのことじゃ」

「負けてたらどうするつもりだったの?」

「その時はその時じゃ。そうなれば儂も生きてはおらん。作った防具が無駄になるだけ。誰も困らん」


 アザレイの問いにも表情一つ変えない。全く、肝の据わったじいさんだ。


 確認したところ、ちゃんと人数分、それもそれぞれの体型たいけい、戦闘スタイルに合わせてぴったりに作ってある。これが一流の職人というものかと、改めて尊敬の念を抱いた。


「勇者とやらが役に立たん以上、儂等の命運はお前さん方にかかっておる。せいぜい途中でおっちなないよう気をつけるんじゃな」


 最後までぶっきらぼうなじいさんだったが、これ以上の支援はない。俺達はありがたくその新装備を受け取り、工房を後にした。


 次に目指すのは北の大陸。いよいよ魔王の眼前に迫ることになる。戦いはより凄惨なものになるだろう。それでも行かないという手はない。人類の命運が、そこにかかっているのだから。


 カイマール王国軍の大将と話し合った結果、侵攻開始は三日後。それまでに本国から船を手配するとのことだ。ここからは真の総力戦。西の大陸の北部を奪還したという噂は瞬く間に広がるだろうし、より多くの冒険者達が集まるのは目に見えている。もしかしたら他の七天の面々もやって来るかも知れない。


 とにかく、だ。俺達はこの三日間で念密な計画を立てる必要がある。上陸に始まり、大陸内部への侵攻、魔王軍の中心である拠点――仮称魔王城の探索と攻略。考えることは山積みだ。どれほどの脅威が待ち受けているかわからないのだから、準備を重ねるのは無駄にはならない。情報が少ない中、出来ることは限られているが、それでも可能な限りの準備を進め、俺達はその時を迎えた。目標は魔王の討伐。人類の反撃の時がついにやって来たのだ。

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